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道化師の思惑  作者: 水嶋つばき
6.記憶の誘惑
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6.記憶の誘惑-3

手が震える。

死ぬ確率なんて、無いに等しいのに。

不安で仕方なかった。

ここを離れたら、孝太郎がいなくなってしまうんじゃないかという不安が。


(…孝太郎…頑張れ…)


途中、全日本やISNのチームメンバーも駆け付けてくれて。

それをすべておばさんに任せて、ベンチで祈り続けた。


「…夏目くん。…大丈夫?」

「……………」

「浅野くん、きっと元気に復帰するから。ね?」

「うるせぇな…俺に触るな…」


こんなときも、女を出して俺に近付く広岡の気が知れない。

マジでイラつく。

それでも、孝太郎のことで頭がいっぱいで。


「…おばさん…孝太郎…遅くない?」

「大丈夫。もう少しで出てくると思う。颯ちゃん。ここに座ってゆっくり深呼吸して。そんな顔で、そこから出てきた孝太郎に顔向けしたらおばさん許さないよ?」


看護師のおばさんの言葉を聞いて落ち着いて。

深呼吸を繰り返して。

また手術中のランプに向かって


(早く消えてくれ)

(頑張れ。孝太郎)

(負けるな!)


と祈りを捧げる。

そして、ランプが消える。

出てきた孝太郎は、真っ青な顔色で。


「孝太郎!俺だ!孝太郎!」

「颯ちゃん落ち着いて。」

「おばさん!真っ青…孝太郎が…」

「大丈夫。全身麻酔してるとそうなるの。」

「……ほ…本当?大丈夫?」

「大丈夫。」


笑ったおばさんを見て安心する。

回復室に運ばれた孝太郎の傍で手を握り、少しずつ顔色が戻っていく様子を観察すること2時間。

孝太郎が目を覚ました。


「……おう。…情けねぇツラすんな。」

「孝太郎…良かった…」

「…大丈夫だって。」


弱々しいが力を込められた手に応える。


「孝太郎。母さんの言うことよく聞いて。」

「……ああ……」

「下半身麻酔と部分麻酔が取れたら、いままで経験したことがないほどの激痛が起こる。母さん、ずっとここにいるから、頑張って乗り越えよう。いいね?」

「……ああ……」


…経験したことがないほどの激痛?

一体どれ程のものなのか?

…俺もそれを支えていかなければ。


「…颯ちゃんはもう帰りなさい。おばさんがついてるから。」

「俺も泊まる。」

「ダメよ。帰りなさい。ちゃんとご飯食べて眠って。明日ここに来てちょうだい。」

「……………」

「…お願いだから。」


俺の肩を掴みながら言ったおばさんの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

なぜ帰したがるのか。

理由が分かって大人しく帰路についた。

経験したことがないほどの激痛

涙が浮かんでいた

おばさんは看護師だ。脛骨骨折した人も看てきただろう。

その人が術後、どんな状態になるかも知っているはずだ。

多分……

本当に多分。

泣き叫ぶほどになるんじゃないか…?

通常の骨折の痛みじゃない?


(……孝太郎!!)


おばさんはきっと、麻酔がさめた時の孝太郎を俺に見せたくなかったんだ。

その日、俺は眠れぬ夜を過ごした。

ただ、孝太郎のことだけを考えて。


翌日、面会時間が来るまで、一人でトレーニングをして。時間と同時に病院に入った。


「……お……颯汰……来てくれたのか?」


一日で窶れた感じ。

孝太郎もおばさんも、目の下にクマを作って。


「…よ!元気そうじゃん!」

「…大丈夫だって……言ってるだろ。」

「手術室から出てきたお前、真っ青だったからさ。今日は幾分マシ。」

「…そうか。……母さん…わり。ちょっと氷貰ってきてくれる?……暑い……」

「分かった。貰ってくる。」


おばさんが病室を出ると同時に、左腕に痛みを感じるほど強く掴まれた。

直ぐに肩を抱き、頭から包むように腕を回す。


「颯汰…!颯汰!…助けて……」

「孝太郎!頑張ろう!な!」

「マジでイテェ!洒落にならねぇよ!歩けんのかよ!俺は!バスケ…出来んのかよ!」

「出来る。必ず出来る!」

「…痛……どうにかなりそう…」


ボロボロ泣き出した孝太郎は、身体全体を震わせて、必死に痛みと戦っていた。

骨折した影響か?少し熱がある身体。

そして、痛みが酷いと理解できるほど、尋常じゃない汗が流れる。


「…ゴメ……颯汰……ゴメン……」

「いいよ。大丈夫。泣けよ。」


病室のドアの磨りガラスの向こう側。

おばさんの姿が見えていた。

多分、おばさんも泣いてるんだろう。

面会時間が過ぎ、病院を出たところで腕に痛みを感じた。

見ると、引っ掻き傷と共に血が滲んでいて。

その周りが痣になっていた。

…こんなの痛いに入らない。

その傷を握り締め、心の整理をつけていく。


術後、直ぐに始まったリハビリ。

折れた方の足をマッサージし、血流を促す。

最初は太股だけだった。

だが、折れた近辺の筋肉を揉み解すとき、孝太郎は口にタオルを含み、それを噛んで痛みに耐えた。


1週間ほど滞在したおばさんは、仕事の関係で東京に帰っていった。

週末になると、仕事が休みになった和華がお見舞いに来てくれたり、チームメンバーやおじさんも来てくれた。

その度に気丈に振る舞い、笑顔で接する孝太郎。

見てて、痛々しかった。


「…孝太郎。…悪い。明日と明後日召集。」

「……ああ、どこでやるんだっけ?」

「北海道。」

「そっか。お土産期待してるぜ。」


この状態のまま、孝太郎の傍から離れたくなかったが、全日本の試合があって離れなければならない。

それを告げると、寂しそうに笑った。


手術から1週間。

大分痛みに慣れてきた部分もあるらしい。

だが、リハビリの痛みは尋常じゃないらしく、時折涙を流すほど。

その涙は、痛さもあるが、大方不安の涙。

選手として生きていけるか?

バスケットがしたいのに出来ない悔しさ。

まともに動かない足は動くのか?

結婚は延期にした方がいい?

それともやめた方がいい?

誰が見てもパニックになっているって分かるほど、その表情は次第に沈んでいった。

相手の予定で金曜と土曜になった試合。

気合いを入れて挑むも、孝太郎のいないコートはなかなか楽しめなかった。

バスケットをするときは、必ず孝太郎がいた。

その姿が見えないだけで、ここまでシュートをするのが不安になるのだろうか?

どうしようもないほど疲れが溜まった。


「夏目。浅野は元気か。」

「…頑張ってリハビリしています。」

「お前、ずっと付いてるのか?」

「…はい。今、シーズンオフですし、全日本以外では試合がないので。」

「…必ず戻ってこいと伝えておけ。」

「……!!…はい!!ありがとうございます!」


二日間の試合後、帰るために急いで着替えていると、監督自ら次の試合日程表と調整表を持ってきた。


(監督だって諦めてない)


孝太郎の実力を認めてくれている一言に、自分の方が嬉しくなっていた。

約束通りたくさんお土産買って、飛行機に飛び乗る。

タクシーで病院まで行き、到着したのは面会時間終了15分前。

少しだけど会える。

お土産渡して。

話も出来る。

監督の言葉も伝えたい。

何より俺が会いたい。

エレベーターを待つのももどかしく、階段を駆け上がって病室に向かった。

ノックすると「どうぞ」と孝太郎の声。


「…颯汰!…試合は?」

「終わってダッシュで来た。お土産たくさんあるぜ。」

「……これ全部?…どんだけ買ってんだよ…」

「あとな。監督が必ず戻ってこいって。お前に伝えろと言われた。待ってくれてる。お前が必要だって。頑張ろうな。孝太郎!」

「……………」

「……孝太郎?」


俺を見て、驚いた表情をした。

そして、みるみる曇った表情になっていった。

次の瞬間、今まで経験がない状況になった。


「颯汰…お前さ…ちょっと無神経。」


初めての雰囲気。

初めて見る表情。

驚いて言葉が出ない。


「全日本のジャージ見せ付けて…自慢か?」


俺は試合後そのまま飛行機に乗ったから、私服ではなくジャージのまま。

それにはJapanと大きく書いていて。


「俺は!頑張ってんだよ!何だよ!頑張ろうって!ふざけんな!」

「孝太郎。ごめん、悪かった。分かってるよ。お前が一生懸命リハビリを」

「見せ付けかよ!当て付けかよ!何だよ!どうせ俺はメンバーから外された落ちこぼれだよ!」

「何言ってんだ。落ちこぼれなんかじゃない。」


痛さで悶え、動けない自分がもどかしい。

今までこんなに身体を動かしてないのは初めてだろう。

それが、この1週間で多大なストレスになって。

俺の一言で、それが溢れ出た。

それが八つ当たりだと分かっている。

ぶつけるならば、受け止めると思った。


「孝太郎。俺が無神経だった。ごめんな。」

「俺の痛みも分からねぇくせに!何だよ!」

「ごめんな。」

「お前も今すぐ同じところ骨折してみろよ!そうすれば俺の我慢も!俺の痛みも!俺の不安も!全部分かるだろ!」

「……………」

「そんなのも分からねぇくせに!健康な身体だって自慢してんなよ!もう、ここに来るなよ!お前見てるとムカつくんだよ!」

「……………」

「だから勇ちゃんだって消えたんだよ!勇ちゃんの病気だって、苦しみも不安も分からねぇお前だから…!!」


……息が止まる。……心臓が止まる。

そう思ってしまうほど心にグサッと来た。

そう…なのか…?…そうかもしれない…


「ちょっとあなた!患者さんを興奮させないで!ほら、面会時間過ぎてるわよ!もう帰りさい。」

「…あ……すみません……孝太郎…俺、帰るからな。無理すんなよ。」


……孝太郎の顔すら見れなかった。

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