6.記憶の誘惑-2
日本帰化した元・外国人選手がいるために、孝太郎はCのポジションから外されてSGに移行した。
俺は、基本的にSFのままだが、時にはPGも兼任することが多くなった全日本の試合。
物怖じすることなく、言われたポジションを軽々こなしていく俺たちは、監督からも好評価を得られていた。
それもすべて、幼い頃から二人で練習していた公園のブース特訓の賜物なんだろう。
「なぁ。颯汰。」
「ん。」
「…勇ちゃん…今ごろ何してるかな?」
「……さぁな。」
「たまにさ、夢に出てくるよ。あの子。おちゃらけた笑顔でお待ちどーって言って帰ってくるの。」
「プッ!…言いそう。」
「だろ?……自分に負けるなよ。」
「……………」
「綺羅から解放されて、手に入れた彼女を忘れるな。…それと、俺の苦労の日々も忘れるな。俺がいたから綺羅と別れられたんだよな?な?」
「…ソウデス。」
「その恩は、勇ちゃんとくっつくことで俺に返せよ。分かったな?」
「……あいつ次第だよ。」
「分かったな!?」
「…分かった。」
どうにも弱気になっている俺を、懸命に励ましてくれる孝太郎。
3年間、武来のことをしゃべらない日はないというくらい。
逆にそれで、武来を忘れるなと言っている。
だから、俺もよく武来と過ごした日々を毎日のように思い出す。
夢で見るあいつは、いつだってごめんなさいと泣いているけど。
起きてる時分に繰り返される記憶の言葉は、常に俺のためにある言葉。
前向きで。直向きで。
心を打つような言葉を思い出す。
そして、恋人になった時間の中で甘く囁く言葉。
あの日、たくさん語った。
ほぼ、バスケのことばっかりだったけど。
たくさんした約束の中の一つを思い出す。
『先輩。…メダル、返さなきゃ。』
『いいよ。お前の首に掛けると約束したのは俺だろ?お前にやるよ。』
『こんな貴重なもの!いただけません!』
『いいって。やるよ。』
『ダメですよ!』
やるといっては拒否する武来。
ちょっと間をおいて考えを言った。
『…じゃあさ、これはお前に預ける。』
『……え?』
『次に会ったとき、お前が俺の首に掛けて。』
『……………』
『それまでお前が持ってて。』
そう言うと、少し考えて。
直ぐにフニャッと顔を崩して。
『……持ってていいの?』
『……いいよ。』
『ありがとうございます…嬉しい…
先輩の大事なものを託してくれるって、これ以上ないプレゼントですね。』
そう言って大人びた笑顔を見せた。
それも可愛くて。何度もキスしたんだ。
「…孝太郎。」
「ん?」
「俺…まだ好きみたい。」
「ああ。それでいい。」
記憶を手繰り寄せて、好きだと確認して。
そして、まだ諦めてないことを再認識し、見付けると言った自分の言葉を実行するために、勇気とやる気を奮い立たせていく。
俺は、孝太郎がいなければ、何度挫折してきたか知れない。
こいつの明るさに救われた。
いつだって支えてくれる心の友。
こいつが落ち込んだら俺が。
俺が落ち込んだらこいつが。
子供の頃からそうやって生きてきた。
どんな友が出来たとしてもこいつには敵わない。
親友と呼ぶに相応しい。
だから、俺に突然訪れたトラブルに、目の前が真っ暗になった。
ある意味、こいつに甘えすぎていたのかもしれない。
情けない自分。バカな俺。
それに気付いた翌日のキューバ戦、第四ピリオド中盤だった。
ピィィィィ!!!
身体同士がぶつかり合う。
衝突音。
そして、大きな悲鳴。
「…こ………孝太郎ーーー!!!」
どうして?
これが人生ってやつなのか?
喜びより苦しみが先行する。
「孝太郎!!孝太郎!!」
「……颯汰…大丈夫だから!試合終わってない!」
「…孝太郎…!」
「あと4分だろ。…待ってるから、俺を病院に連れていってくれ。…大丈夫。集中しろ。」
笑顔でベンチに下がった孝太郎。
滝のような汗をかきながら。
シュートポジションに入った孝太郎。
フェイド・ア・ウェイ。
ディフェンダー2人を避けるため、斜め後方に飛びながらシュートを放った。
それに釣られるように、斜めに飛んだキューバ選手。
孝太郎は、その二人に押し潰されながら床に倒れた。
試合が終わり、急いで病院へ車を走らせた。
異常なほどの腫れ。
汗も、息遣いも、すべてが俺の不安を煽る。
診断結果は、脛骨骨折。
「…そんな…嘘だろ…」
「やっちまったな…ハハ…」
病室のベッドに横たえられた孝太郎。
空元気。
無理して笑っているのが目に見えて分かる。
落ち込んでいるのは、俺より孝太郎の方だ。
俺が支えてやる番だ。
「…孝太郎。…おばさんに電話するから。」
「…ああ。頼んだ。」
「一時間待ってろ。服とかタオル持ってくる。」
「サンキュ!…あ、監督たちにも連絡してくれるか?それと…充電器と…」
「待て待て!必要なもの書いてて。とりあえず、連絡と服が先。」
「そうだよな。…あ、これ持っていけ。入院の計画書みたいなやつ。」
病室を出ると、その計画書を見て絶句した。
(…今期は…ダメだ…孝太郎…!)
全治まで約1年
完治までに1年半の予定…
(なぜ…孝太郎なんだ…!)
思いっきりハンドルを殴り。
血が出るまで何度も殴り。
浅い呼吸を繰り返して、冷静な自分に戻す。
今までたくさん孝太郎に支えてもらった。
今度は俺の番。
俺がしっかりしていなければ。
『 …相手の大きさも温かさも分かります。それを忘れないで下さいね?親友だから。一番大事。分かり合ってるからこそ、傍にある温もりを当たり前にしちゃダメですよ? 』
(そうだろ?武来…)
傍にいて、支えるのは俺しかいない。
武来の言葉を反芻し、会社へ向かった。
「そうか。分かった。」
「監督。お願いがあります。」
「なんだ。」
「今季は絶望的ですが、来季は復活します。どうか長い目で見てください。お願いします。」
「…それは上が決めることだ。」
「どうか監督からもお口添え下さい!お願いします。」
バスケット選手に怪我は付き物だ。
だが、アメリカのNBAのように、選手層が多くない日本のプロチームは、使い物にならない選手を早々に切り捨ててしまう。
何度も頭を下げてお願いし、「分かった。言うだけ言ってみる。浅野は確かにいい選手だからな」と言ってくれて少し安堵した。
それから全日本の監督にも詳細を報告。
既に選手として外されていたが、それは問題ない。頑張れば必ず召集されると知っているから。
今季、全日本選手でなくとも、チャンスはいくらでもある。
そして、孝太郎の母親の病院に電話。
『颯ちゃん?どうしたの?』
「おばさん。…孝太郎が大怪我しました。」
『…え?どういうこと?』
「脛骨骨折で、明日手術です。出来れば名古屋まで出てこれませんか。」
『分かったわ。直ぐに向かう。孝太郎は大丈夫なの?意識は?』
「ハッキリしています。…あと、和華ちゃんにも連絡してもらえますか。」
『そうね。分かった。…颯ちゃん、ゴメンだけど、私が行くまで孝太郎をよろしくね。』
「当たり前です。待ってます。何かあったら、俺の携帯に連絡してください。」
これでおじさんにも婚約者の和華にも、孝太郎の怪我が伝わっただろう。
その後、孝太郎の部屋に行って荷物を纏め、直ぐに病院に向かった。
病室の前で深呼吸。
そして、ノックをして。
「颯汰!遅かったな!」
「わりぃ。監督に説明するの時間かかって。計画書見せながらやっと理解してくれた。」
「そっか。…何だって?」
「……えっと……」
「颯汰。いいから正直に言え。お前が来るまで覚悟して心を整えてたから。」
「…全日本は…選手解除された。」
「…ISNは?」
「今から上に報告するって。監督が、残留出来るようにお願いしてくれると。」
「…ハハッ!お前がやったんだな?」
「俺は何もしてねぇよ。」
「頭下げてくれたんだろ?サンキュ!」
「…孝太郎…」
「…思った以上に…悪くなってない…良かった…ありがとう颯汰…
…俺…お前が解雇通知と一緒に来ると思ってた…首の皮一枚繋がった…」
孝太郎はそう言うと、俺の腕を握り締めて涙を流した。
安堵の涙。悔しい涙。
どちらとも取れる涙は、とても澄んでいた。
「おばさん、直ぐに来てくれるって。手術の時は付いててくれる。」
「…ああ。」
「俺、お前の分も頑張るから。お前もリハビリ頑張ろう?一緒にやるから。」
「アメリカは?」
「んなもん、いつだって行けるだろ。完治して孝太郎と一緒に行く。」
「…本気かよ…?」
「本気だ。試合とか練習以外はここにいるから、頑張ろうぜ。そんで、またバスケしよう。」
「…ああ。頑張るよ。ありがとう颯汰。」
何度も見た涙。
これは、俺だけしか知らない。
親や婚約者の和華の前で泣くことはない。
いつもはちょっと強気。
でも、俺だけに見せる弱気。
これが孝太郎。
これが俺たちの絆。
崩れるように泣いた孝太郎の肩を抱き、ただ傍にいた。
しばらくすれば嗚咽がなくなり、涙を袖で拭いた孝太郎が顔を上げた。
「ゴメン。颯汰。取り乱した!」
「謝んなよ。」
「じゃあ、サンキュ。」
「…ああ。」
「あ!そうだ。これ、持ってきて欲しいものリスト。退屈しそうだしな。」
「…たくさんありすぎだろ。これ。」
「いいじゃん。」
「分かったよ。取りに行ってくる。直ぐ戻るから。…一人で泣くなよ?」
「泣かねーよ!」
泣いたことで少しスッキリしたのか、孝太郎の表情が少し晴れていた。
今は一人で考えたい。
その気持ちが痛いほど伝わる。
だからこそのリストなんだろう。
直ぐに病室を出て、孝太郎の部屋に向かった。
ポータブルDVDやら、試合のDVDやら。
パワアンや、ボール。
孝太郎だってバスケバカ。
そして何より、諦めてないって分かった。
精神的強さは、感情で安定させるべきだ。
それを教えてくれたのは武来。
あいつの強さは、元々持っているもの。
感情ならば、俺が涙を受け止めないと。
あの日、武来がやってくれたように。
孝太郎を支える決意をしっかり抱く。
病院に戻ったのは、大分時間が経ってから。
面会時間ギリギリの時だった。
病室に入ると、孝太郎とおばさんが談笑していた。
「颯ちゃん!…あら、この大荷物。大変だったでしょ?…孝太郎!頼みすぎじゃない!」
「…だって暇だし。」
「まったく。ごめんなさいね。」
「気にしてないです。おばさんも気を使わないでください。出来ることがあれば何でもやりますから。」
孝太郎が安心している。
おばさんが来てくれて嬉しかったんだ。
それを見ると、自然と笑顔になれた。
「お前、随内釘すんの?」
「…いや。ギプスだけ。」
「そうか。頑張ってこい。ここで待ってる。」
手を固く握り締め、離すと動き出したストレッチャー。
手術中の赤いランプが灯り、なぜか不安になってくる。
「颯ちゃん。手術、まだ時間かかるから。病室行ってよう?ご飯食べて、ちょうどいい時間だよ。」
「…おばさん、行ってきて。俺、ここで待ってるって言ったからここにいる。」
「…ご飯は?」
「後でいい。ここを離れたくないんだ。」




