6.記憶の誘惑-1
『…で?結局お前どこにしたんだよ?』
『愛知のチーム。』
『もしかして…ISN?』
『ああ。』
『ハハッ!やっぱり俺たちってさ、切っても切れねぇ関係なんだな。』
『…お前も?』
『そ。またチームメイト。』
『ハハッ!やった!』
卒業前に内定したオファー企業の一つ、ISN。
俺と孝太郎は揃って就職が内定した。
卒業すると、直ぐにプロテストのトライアウトを受け、一発合格。
プロプレイヤーとしての参入が決定した。
全日本ジュニアとしての試合も練習もやっていた俺たちは、卒業してプロになると、直ぐに全日本として本格的な練習参加を認められた。
何もかも順風満帆。
高校時代もそうだった。
ただ、武来がいない。
心にポッカリと穴が開いた感じが3年以上も続く。
武来の帰りを信じた1年目。
ネットを見ては、サーカス団の活動を調べ、帰国していることを知っては問い合わせてみた。
『…勇は……もうサーカスを辞めたんだよ。』
『どこにいるか…ご存知ですか?』
『…さぁ…たまに連絡をくれるが、どこにいるかは教えてくれなくてな。
…すまないね。力になれなくて…』
何が起こっているのか分からなかった。
武来が……約束を破った。
それだけは理解できた。
何で?
どうして?
何度自分に問いかけて。武来に問いかける。
分かっているのは、あいつが帰って来ないことと、約束を破ったこと、そして、無事で生きているということ。
「…颯汰。そろそろ行こうぜ。」
「ああ、そうだな。」
風などもう吹かないと思い始めた3年目。
俺は21歳になって、全日本でもISNでもエースになっていた。
帰国したら直ぐに俺を見つけられるように。
少しでも有名になって。
傍にいてくれという願いから。
「そういやシーズンオフ、どっか行くの?」
「…アメリカ行ってこようかな。」
「マジで?俺も行こうかな。」
「行くか?…どうせそのまま自主トレに入るし、全日本の試合もアメリカであるし。強化合宿前に見ておくのもいいかなって思ってさ。」
「…でもいいのか?日本離れて。」
「…なんで?」
「なんでって…お前…忘れてないんだろ?」
「…来ねぇからな。」
「信じてるくせに。」
「…信じてる。…けど。もう3年だぞ。あいつはもう忘れてるかもしれねぇだろ?」
「だから捜しだして聞いてみねぇと分からないだろ?らしくねぇこというなよ。」
武来の声も。
どんな姿で。どんな背格好で。
どんな笑顔かさえ忘れた。
思い出すように、忘れないように。
繰り返されるように見る夢は、いつだって最後の別れたときの泣き顔。
ごめんなさいと言った涙の顔。
俺たちの所属するチームは、ナショナルバスケットボールリーグ(以下、NBL)といって、日本のバスケットチームではトップリーグに所属する企業。
9月、10月頃に開幕し、レギュラーシーズンは開幕~翌年3月、4月まで。
上位4チームの総当たり戦で行われるプレーオフはレギュラーシーズン後行われ、その他に、12月下旬に行われるオールスター戦等がある。
シーズンオフは、プレーオフ終了後1ヶ月。
5月、6月は自主トレ期間に入り、7月からチーム練習が始まる。
シーズン中は土、日曜日が試合日。
平日は練習日で、月曜日が休み。
企業チームの契約選手の場合、午前中は仕事をして午後から練習が始まる。
プロの場合、午前中は自主トレ等自由に行動出来、午後からのチーム練習に参加する。
俺や孝太郎がそのパターンだ。
それが年間通しての流れになる。
俺や孝太郎の場合、全日本の選手でもあるので、年間通して国際試合があり、休みという休みはないのだが。
「夏目くん。浅野くん。」
呼ばれて振り向けば、チームマネージャーの広岡が立っていた。
「これ、今後の練習の日程表。」
「ああ、ありがとう。…6/25?早いな。…颯汰、どうする?」
「何が。」
「全日本の参加。」
「…適当で。」
「適当って!…コーチに連絡するから、一度東京に行こうぜ。」
「…試合で会うじゃん?」
「だから、シーズンオフの話だよ!」
「それならそうと言え。」
「アハハ!…本当に二人は仲がいいのね。」
「……邪魔。」
「颯汰!…ごめんな?広岡さん。…おい!颯汰!ちょっと待てよ!」
広岡の横を通り過ぎて、会社のチームルームへ向かう。
俺を追い掛けて来た孝太郎が、肩を掴む。
「颯汰。何イライラしてんだ。」
「…あいつ、嫌い。」
「は?」
「しつこい。」
「…しつこいって…お前な…しつこい女に落ちたくせに。」
「うるさい。あいつは別。」
「何だよ?コクられた?」
「…お前もだろ。」
「………………」
「お前がダメなら俺。アホ丸出し。」
マネージャーとしては申し分ないほどの働き。
学生時代のマネージャーとは違い、企業のマネージャーはやることが多い。
選手一人一人の管理、チームの管理、試合の組み立てや戦略、交流試合のセッティング等、企業の仕事をしながらそのすべてを一人で行う。
こいつはその能力に秀でている。
美人だし、人気者。
誰からも好かれ、男の好きそうな女。
ただ、俺や孝太郎が自分に靡かないのを根に持っている節がある。
孝太郎は、今年に入ってずっと付き合ってきた彼女と婚約した。
ただ、今年中の結婚はお互い都合が合わないらしく、来年のシーズンオフに式をすることになった。
そういう相手がいると知らずに近づいたバカ女。
婚約者がいると知れば、俺に尻尾を振ってきた。
『彼女がいる』と断れば『奪ってみせるわ』と意気揚々と宣言した。
綺羅のような外見。
綺羅のような人気。
そのくせに、あいつのようなことを言う。
ただし、その心は全く違う。
あいつは純粋そのものだった。
こいつはただの腹いせ。
……もう、うんざりだ。
イライラする。
(俺に纒わり付くな!)
どうにも出来ないストレスが蓄積していく。
「重ねてんなよ。」
「重なって見えるだろ。」
「まぁね。ちゃんと断ったんだろ?だったらそれでいいじゃん。」
「…彼女いるって言った。」
「ハハッ!それでいいじゃん。まだ勇ちゃん好きなんだろ?」
「…ああ。……でも…」
「信じてろよ。颯汰。あの子、きっと何か理由があるんだって。」
「…分かんねぇよ。」
「……颯汰……」
「情報しか入ってこない状況だろ。本当に生きてるのかさえ分からない。あいつは心臓病だぞ…ギリギリで生きてる!この目で見ないと信じられない!」
「生きてるよ!大丈夫だって!」
「その根拠はなんだよ?」
「お前が信じておかなきゃ、誰が信じるんだ。お前が待っておかなきゃ、帰ってくる場所さえ見つからないだろ。」
この3年、何度孝太郎に気持ちをぶつけて、その都度励まされてきたんだろう?
信じようと思う気持ち。
それに逆らう不安な気持ち。
このバランスを取れず、心が悲鳴を上げる。
「…夏目くん。私、その子知ってるわ。」
「「!!」」
「3年前のウィンターカップ。あなたたちが逆転優勝した奇跡のスコア。あの時、一番目立ってたある女の子が、あなたの彼女でしょ?」
「……何だよ。…失せろ!行くぞ孝太郎。」
「…私が捜してあげましょうか?」
「………!!!」
「断る!」
一瞬ぐらつく言葉。
だが直ぐに孝太郎が断った。
「君の助けは要らないよ。バスケ以外のことでは手は借りない。」
「…何?…勘付いてるって顔。」
……ハハッ……危ない。甘い言葉に惹かれてた。乗るところを助けてくれた孝太郎。
「…なるほど……見付ける代わりに…って奴か。」
「そういうこと。惑わされるな。」
「…本気で綺羅に見えてきた。」
「キラ?誰?」
「…俺の元カノ。……失せろって言ってるだろ!」
俺も孝太郎も睨みを利かせると、ビクッとしてルームを出ていった。
俺自身の不安定さ。
孝太郎に支えてもらってる情けなさ。
広岡への不信感と嫌悪感。
そのすべて、自分自身の弱さ。
「夏目!走れ!」
「はい!」
シーズンオフの今、発散できる全日本の試合。
ぶつけて。ぶつけて。
なんとか自分を立て直していく毎日。
「颯汰!7番ディフェンス!」
「はい!」
俺よりデカイ身体。当たりも強い。パワーもある。
存在すべてが俺を超越する外国選手。
それが楽しいと感じたのは、まだ全日本ジュニアの時だった。
強い相手を打ち破り、その上から叩き込むダンクが快感に思えてくる。
強ければ強いほど燃えてくる。
俺にそんな闘争心があったなんて自分でも分からなかった。
でも、その闘争心が自分を支えていることを知ったのは高1の冬だった。
高校の時は、綺羅からの束縛。
今は、武来の風が吹かない不安。
払拭するようにバスケに打ち込むのは、あの時から成長できていない俺の弱さを明らかにするものだろう。
分かっていても、どうやって成長できるのか、安定する自分になれるのか模索状態で。
中途半端のまま、歳だけとっていく。
「攻めろ!点を取っていけ!」
「ディフェンスは任せろ!」
「はい!…孝太郎!」
「おう!」
俺も孝太郎も、全日本ではスタメン起用されるほど、仲間から厚い信頼を得るほどまでになっているのに。
心だけがスカスカ状態。
「「「「叩き込めぇぇ!!!」」」」
…ガァァァァン!!!
チームメートが声を揃えて叫ぶ。
それに応えるように、ダンクを決めると同時に試合終了のブザーが鳴り響く。
試合が終わり、明日の試合のミーティングを済ませると、ホテルへ戻らず孝太郎と外へ出た。
「…明日もスタメンだったらいいなぁ。」
「なるだろ。」
「キューバか。なかなか強そうだ!気合い入れておこ。」




