5.別の誘惑-8
「武来。…そろそろ寝る?」
「ーーーーーッッ!!!」
そう言ったら、またピキーーンって固まった。
どうやら、慣れてきたのは俺だけみたい。
「……って。なんで隅っこ行くの。」
「何となくです!」
「…観念しなさい。」
「わっ!」
ベッドギリギリに横になった武来を引っ張って、自分の傍に置く。
首の下に腕を通して。小さい身体を包み込んだ。
身体が硬直したように動かないし、目の前にある耳が真っ赤で。
「……煽ってんのか。お前。」
「どうしてそうなるんですか!」
「意識しすぎ。抱かないって言ったろ。」
「だって!私、男の人とこうするの初めてだし、泊まるのも初めてだし!」
「……やっぱり煽ってるだろ。」
「違います!」
「俺もドキドキしてるんだから。」
「だったら離れてくださいよぉ……」
「やだよ。俺たち、恋人同士だろ?こっち向けよ。」
「無理です!」
「約束が違う。」
「あれは約束じゃなくて強要と言うんです!」
「んー。確かに。…でもいいじゃん。数時間後にはまた離れるんだから。俺は覚悟した。お前を待ってるって。お前だって覚悟しろよ?求めたって俺はアメリカ行けないんだから会えねぇぞ?」
「……卑怯者……」
「こっち向けって。」
「……………」
「……勇。」
「……やっぱり卑怯者。」
時間を掛けてモゾモゾと動き出して、俺の前に武来の真っ赤な顔が飛び込んできた。
ゆっくりと頬を撫でて。
「…いひゃいでふ!」
「アハハ!」
頬をつねったら怒った。
当たり前だけど。
でも、これで少しは緊張が解けたらしく。
笑った俺を見て、大人びた笑顔を向けた。
この春からの、いろんな思い出を振り返りながら、また頬を撫でた。
「…先輩?」
「ん?」
「……泣きたいの?」
「…違う。いろいろ思い出してんの。」
「そっか。」
「…俺に…もっと洞察力があればな…」
「……え?」
「…お前の仮面を剥がせるのに。」
「……………」
「見せろよ。お前の全部。」
「……………何を言ってるんですか。全部」
「ほら。また嘘つく。」
「……!!」
「俺はお前の全部を見れてない。たまに思うよ。お前の隠してる顔ってどんなだろうって。」
武来は、俺から視線を逸らせて俯いた。
やっぱり…と思ってしまうほど、肯定的反応。
「…知りたい?」
「知りたい。」
「…じゃあ、今までの私は、すべて払拭してください。先輩の記憶にあるもの全部。」
「どういうこと?」
「本来の私は、大人しい女です。」
「……………」
「静かで控え目なの。」
「…嘘っぽい。」
「………………でしょ?冗談ですよ!」
「信じるよ。」
「え?」
「信じる。控え目な女。…多分、俺はずっとそう思ってた。たまに見せる大人びた笑顔が、本来のお前だって分かってた。」
「……………」
「明るいお前もお前だけど。ピエロの笑顔だ。その仮面の下は、なかなか見せない完璧さ。控え目な女が本来のお前だと言うなら、それが隠したい仮面だろ。」
次第に顔が歪んできて。
目に涙を溜めた。
「全部見せていいよ。自分を作らなくていい。明るいお前も好きだけど、素の笑顔は一番好きだから。」
「…何なんですか…今日の先輩は…」
「何。」
「優しく言わないでください。…いつもの口調でいてください。調子狂っちゃう。」
そう言って、泣きながら笑った。
「じゃ、ここは一つ賭けをしましょう。」と、武来。
「私、先輩の所へ必ず戻ってきます。でも、私は戻ってきたことを先輩に言いません。」
「……何でだよ。」
「賭けって言ってるじゃないですか。」
「……それで?」
「先輩は、私の道化師っぷりを見破ってください。見破れたら、全部お見せします。」
「……どうしてそんな賭けをすんだよ。」
「全部見せるって、私にとっては勇気が要ることなんです。誰にだって、打ち明けたくないことはある。言うだけで怖くて、嫌われたらどうしようって。そう思っちゃうくらいの臆病者です。譲歩してください。」
どこか寂しそうで、苦しそうな笑顔。
武来の抱えているものは、そこまで辛いものなんだろうか?と思うほど。
「いいよ。見破ってやる。…帰るのはいつ?」
「ここにいた期間と同じくらいです。」
「分かった。必ず戻れよ。」
「…はい。」
どこか決意を秘めて、深く頷いた武来を抱き締めた。
「先輩。」
「ん。」
「大好き。」
「………お前こそ卑怯者だな。」
そう言って笑うと、武来も笑って。
引き寄せると、唇を重ねた。
ただ鬱陶しい存在だった。
行動が気になり始めて。
目で追うようになった。
好きだという感情に気付いて。
それからは夢中になった。
「……ン………先輩ッッ……」
「……勇……好きだよ……」
「……ハァ……ハァ……手加減して……ン!」
好きと愛しいが混じりあって。
俺をバスケ以外で夢中にさせた。
何度も唇を重ねた。
自分の思いを訴えるように。
息も続けられないほど長く。
そして、武来の中に入って深く。
隙間を開ける度に溢れる吐息が俺にかかると、拍車がかかったようにまた貪った。
潤ってきた瞳が、俺を見つめる。
「…待って……先輩ッ……ンン!」
その細い首筋に唇を這わせると同時に、左手を胸元に降ろす。
ちょうど手に収まるくらいの胸に触れて。
ピクッと揺れた身体が愛しさを増す。
微かな抵抗も、俺を煽って。
腕をベッドに縫い付けると、唇を進めて。
♪♪♪♪♪ ♪♪♪♪♪
「「!!!」」
鳴り響いた俺の携帯。
ガバッと起き上がって、理性が舞い戻る。
液晶を見て。直ぐに電話に出た。
「……ッッ……ナイスタイミング……」
『…あ。やっぱり?』
「危ねぇ…理性ブッ飛んだ…抱くとこだった…」
『アハハ!』
「ちょっと!誰ですか!何の話してるんですか!」
「お前が誘ってくるって話だよ…クソ。だから煽るなって言ったんだよ。」
「煽ってない!ケダモノ!嘘つき!バカ!」
『スゲー文句言われてんな。ケダモノ。』
「うるさい。枕で殴られてるんだぞ。今。」
孝太郎の電話で救われたが。
武来は相当ご立腹。…やべ。
頭に衝撃を感じながら、そのまま話を続けた。
「孝太郎。武来、明日帰るって。」
『何時?』
「9時。」
「先輩のバカ!バカ!」
『来いってこと?』
「ああ。」
『分かった。新幹線の駅でいいのか?』
「そう。」
「ケダモノ!ケダモノ!」
『…何したんだよ?』
「キスして、乳揉んだくらい。」
「嘘つき!もっとした!」
「は?何したって?」
「舌入れた!何あれ!」
「……おい。孝太郎。どうすりゃいいんだよ。キスすら分かってねぇよ。乳よりキスがヤバかったらしいぞ。」
『アハハハ!純だね。順番から言えば、そっちのが先だし。』
「じゃあ、乳揉みながら寝ようかな。」
「……!!ケダモノ!ケダモノ!」
『やめとけよ。本当のケダモノになるぞ。生殺しされんのはお前だから。俺はもう寝るからな。セーブしろよ。』
「分かってるよ。じゃ、明日な。」
電話を切って鞄に投げて武来を見ると、枕を振りかぶった状態で停止した。
涙目で真っ赤で。
「いい加減痛ぇよ。」
「先輩が悪い!」
「…でも、さっきみたいなキスはするよ。」
「…は!?……ンン!」
「こんなキス。」
「や…やだっ!」
「やだって。お前。」
「真っ白になる!苦しい!ドキドキする!」
「ーーーーッッ……もう!煽るなって!」
「ひゃっ!!」
武来を捕まえて、またキスして。
「やるって言ったらやるの。慣れろ。」
「またそれ!」
そしてもう一度、深くまで愛して。
ゆっくり唇を離した。
何度もキスして
抱き締めて
言えなかった好きを繰り返し言って
「…もう。……やり過ぎ……」
「足りないくらい。」
真っ赤な武来が俺のツボ
離したくないけど、離れないといけない
こいつの人生を、俺が取るわけにいかない
まだ責任も持てないし、その自信もない
だから決意したんだ
待っている間、少しでも大人になって、お前を迎え入れようと。
「先輩。」
「ん?」
「変なこと言っていい?」
「ん。」
「昔起きたハートブレイク事件。思い出しちゃった。」
「…こんなときに思い出すな。ムードねぇな。」
「綺羅先輩は嘘つきです。」
「……は?」
「下手くそって言った。私、先輩のキスしか知らないけど、多分下手じゃない。」
「煽ってる?抱くよ?本気で」
「ごめんなさい。」
綺羅との話題が出て、ドキッとしたけど。
それより、さっきから言われる『初めて』のすべてが俺だってことの方が嬉しくて。
「…略奪愛しちゃった。」
「またそんなこと言う。」
「へへ…先輩っ。再会したときは、先輩のすべても見せてくださいね?」
「……!!」
「先輩の隠してる闇も。全部です。ここに戻ってきたら、私だって先輩を見つけなきゃいけないんですから。そのご褒美に教えてね?」
……もう、こいつには一生敵わないって思った。
俺の全部を見てくれて。
全部を受け止めてくれようとしている。
愛しくならないはずがない。
「分かった」と約束して、キスして。
限界が来て目蓋が次第に落ちていく彼女を見て。
俺の腕の中で安心して眠る額にキスを落として。
今までで一番穏やかな心で眠れた。




