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道化師の思惑  作者: 水嶋つばき
5.別の誘惑
36/52

5.別の誘惑-8

「武来。…そろそろ寝る?」

「ーーーーーッッ!!!」


そう言ったら、またピキーーンって固まった。

どうやら、慣れてきたのは俺だけみたい。


「……って。なんで隅っこ行くの。」

「何となくです!」

「…観念しなさい。」

「わっ!」


ベッドギリギリに横になった武来を引っ張って、自分の傍に置く。

首の下に腕を通して。小さい身体を包み込んだ。

身体が硬直したように動かないし、目の前にある耳が真っ赤で。


「……煽ってんのか。お前。」

「どうしてそうなるんですか!」

「意識しすぎ。抱かないって言ったろ。」

「だって!私、男の人とこうするの初めてだし、泊まるのも初めてだし!」

「……やっぱり煽ってるだろ。」

「違います!」

「俺もドキドキしてるんだから。」

「だったら離れてくださいよぉ……」

「やだよ。俺たち、恋人同士だろ?こっち向けよ。」

「無理です!」

「約束が違う。」

「あれは約束じゃなくて強要と言うんです!」

「んー。確かに。…でもいいじゃん。数時間後にはまた離れるんだから。俺は覚悟した。お前を待ってるって。お前だって覚悟しろよ?求めたって俺はアメリカ行けないんだから会えねぇぞ?」

「……卑怯者……」

「こっち向けって。」

「……………」

「……勇。」

「……やっぱり卑怯者。」


時間を掛けてモゾモゾと動き出して、俺の前に武来の真っ赤な顔が飛び込んできた。

ゆっくりと頬を撫でて。


「…いひゃいでふ!」

「アハハ!」


頬をつねったら怒った。

当たり前だけど。

でも、これで少しは緊張が解けたらしく。

笑った俺を見て、大人びた笑顔を向けた。

この春からの、いろんな思い出を振り返りながら、また頬を撫でた。


「…先輩?」

「ん?」

「……泣きたいの?」

「…違う。いろいろ思い出してんの。」

「そっか。」

「…俺に…もっと洞察力があればな…」

「……え?」

「…お前の仮面を剥がせるのに。」

「……………」

「見せろよ。お前の全部。」

「……………何を言ってるんですか。全部」

「ほら。また嘘つく。」

「……!!」

「俺はお前の全部を見れてない。たまに思うよ。お前の隠してる顔ってどんなだろうって。」


武来は、俺から視線を逸らせて俯いた。

やっぱり…と思ってしまうほど、肯定的反応。


「…知りたい?」

「知りたい。」

「…じゃあ、今までの私は、すべて払拭してください。先輩の記憶にあるもの全部。」

「どういうこと?」

「本来の私は、大人しい女です。」

「……………」

「静かで控え目なの。」

「…嘘っぽい。」

「………………でしょ?冗談ですよ!」

「信じるよ。」

「え?」

「信じる。控え目な女。…多分、俺はずっとそう思ってた。たまに見せる大人びた笑顔が、本来のお前だって分かってた。」

「……………」

「明るいお前もお前だけど。ピエロの笑顔だ。その仮面の下は、なかなか見せない完璧さ。控え目な女が本来のお前だと言うなら、それが隠したい仮面だろ。」


次第に顔が歪んできて。

目に涙を溜めた。


「全部見せていいよ。自分を作らなくていい。明るいお前も好きだけど、素の笑顔は一番好きだから。」

「…何なんですか…今日の先輩は…」

「何。」

「優しく言わないでください。…いつもの口調でいてください。調子狂っちゃう。」


そう言って、泣きながら笑った。


「じゃ、ここは一つ賭けをしましょう。」と、武来。

「私、先輩の所へ必ず戻ってきます。でも、私は戻ってきたことを先輩に言いません。」

「……何でだよ。」

「賭けって言ってるじゃないですか。」

「……それで?」

「先輩は、私の道化師っぷりを見破ってください。見破れたら、全部お見せします。」

「……どうしてそんな賭けをすんだよ。」

「全部見せるって、私にとっては勇気が要ることなんです。誰にだって、打ち明けたくないことはある。言うだけで怖くて、嫌われたらどうしようって。そう思っちゃうくらいの臆病者です。譲歩してください。」


どこか寂しそうで、苦しそうな笑顔。

武来の抱えているものは、そこまで辛いものなんだろうか?と思うほど。


「いいよ。見破ってやる。…帰るのはいつ?」

「ここにいた期間と同じくらいです。」

「分かった。必ず戻れよ。」

「…はい。」


どこか決意を秘めて、深く頷いた武来を抱き締めた。


「先輩。」

「ん。」

「大好き。」

「………お前こそ卑怯者だな。」


そう言って笑うと、武来も笑って。

引き寄せると、唇を重ねた。

ただ鬱陶しい存在だった。

行動が気になり始めて。

目で追うようになった。

好きだという感情に気付いて。

それからは夢中になった。


「……ン………先輩ッッ……」

「……勇……好きだよ……」

「……ハァ……ハァ……手加減して……ン!」


好きと愛しいが混じりあって。

俺をバスケ以外で夢中にさせた。

何度も唇を重ねた。

自分の思いを訴えるように。

息も続けられないほど長く。

そして、武来の中に入って深く。

隙間を開ける度に溢れる吐息が俺にかかると、拍車がかかったようにまた貪った。

潤ってきた瞳が、俺を見つめる。


「…待って……先輩ッ……ンン!」


その細い首筋に唇を這わせると同時に、左手を胸元に降ろす。

ちょうど手に収まるくらいの胸に触れて。

ピクッと揺れた身体が愛しさを増す。

微かな抵抗も、俺を煽って。

腕をベッドに縫い付けると、唇を進めて。


♪♪♪♪♪ ♪♪♪♪♪


「「!!!」」


鳴り響いた俺の携帯。

ガバッと起き上がって、理性が舞い戻る。

液晶を見て。直ぐに電話に出た。


「……ッッ……ナイスタイミング……」

『…あ。やっぱり?』

「危ねぇ…理性ブッ飛んだ…抱くとこだった…」

『アハハ!』

「ちょっと!誰ですか!何の話してるんですか!」

「お前が誘ってくるって話だよ…クソ。だから煽るなって言ったんだよ。」

「煽ってない!ケダモノ!嘘つき!バカ!」

『スゲー文句言われてんな。ケダモノ。』

「うるさい。枕で殴られてるんだぞ。今。」


孝太郎の電話で救われたが。

武来は相当ご立腹。…やべ。

頭に衝撃を感じながら、そのまま話を続けた。


「孝太郎。武来、明日帰るって。」

『何時?』

「9時。」

「先輩のバカ!バカ!」

『来いってこと?』

「ああ。」

『分かった。新幹線の駅でいいのか?』

「そう。」

「ケダモノ!ケダモノ!」

『…何したんだよ?』

「キスして、乳揉んだくらい。」

「嘘つき!もっとした!」

「は?何したって?」

「舌入れた!何あれ!」

「……おい。孝太郎。どうすりゃいいんだよ。キスすら分かってねぇよ。乳よりキスがヤバかったらしいぞ。」

『アハハハ!純だね。順番から言えば、そっちのが先だし。』

「じゃあ、乳揉みながら寝ようかな。」

「……!!ケダモノ!ケダモノ!」

『やめとけよ。本当のケダモノになるぞ。生殺しされんのはお前だから。俺はもう寝るからな。セーブしろよ。』

「分かってるよ。じゃ、明日な。」


電話を切って鞄に投げて武来を見ると、枕を振りかぶった状態で停止した。

涙目で真っ赤で。


「いい加減痛ぇよ。」

「先輩が悪い!」

「…でも、さっきみたいなキスはするよ。」

「…は!?……ンン!」

「こんなキス。」

「や…やだっ!」

「やだって。お前。」

「真っ白になる!苦しい!ドキドキする!」

「ーーーーッッ……もう!煽るなって!」

「ひゃっ!!」


武来を捕まえて、またキスして。


「やるって言ったらやるの。慣れろ。」

「またそれ!」


そしてもう一度、深くまで愛して。

ゆっくり唇を離した。

何度もキスして

抱き締めて

言えなかった好きを繰り返し言って


「…もう。……やり過ぎ……」

「足りないくらい。」


真っ赤な武来が俺のツボ

離したくないけど、離れないといけない

こいつの人生を、俺が取るわけにいかない

まだ責任も持てないし、その自信もない

だから決意したんだ

待っている間、少しでも大人になって、お前を迎え入れようと。


「先輩。」

「ん?」

「変なこと言っていい?」

「ん。」

「昔起きたハートブレイク事件。思い出しちゃった。」

「…こんなときに思い出すな。ムードねぇな。」

「綺羅先輩は嘘つきです。」

「……は?」

「下手くそって言った。私、先輩のキスしか知らないけど、多分下手じゃない。」

「煽ってる?抱くよ?本気で」

「ごめんなさい。」


綺羅との話題が出て、ドキッとしたけど。

それより、さっきから言われる『初めて』のすべてが俺だってことの方が嬉しくて。


「…略奪愛しちゃった。」

「またそんなこと言う。」

「へへ…先輩っ。再会したときは、先輩のすべても見せてくださいね?」

「……!!」

「先輩の隠してる闇も。全部です。ここに戻ってきたら、私だって先輩を見つけなきゃいけないんですから。そのご褒美に教えてね?」


……もう、こいつには一生敵わないって思った。

俺の全部を見てくれて。

全部を受け止めてくれようとしている。

愛しくならないはずがない。

「分かった」と約束して、キスして。

限界が来て目蓋が次第に落ちていく彼女を見て。

俺の腕の中で安心して眠る額にキスを落として。

今までで一番穏やかな心で眠れた。

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