5.別の誘惑-6
「……ハァ!ハァ!ハァ!」
一瞬、会場内に静寂が訪れた。
審判が振り降ろした手を確認し、電光掲示板を見上げる。
パッと切り替わった数字は92対91
「うわぁあああ!!!颯汰ぁ!!!」
「キャプテン!!!」
「せんぱぁぁい!!優勝だぁあああ!!」
「やったぁああ!!先輩!!」
「ブザービート決まったぁああ!!」
「……………」
ベンチメンバーがコートに飛び出し、泣きながら俺に覆い被さってくる。
共に戦ったメンバーも孝太郎も。
包まれる大歓声と拍手に、やっと思考が追い付いた。
「颯汰!!やった…全国制覇!!」
「孝太郎!!」
「優勝だ!俺たちが勝ったんだ!」
「うわぁ!やったぁ!!!」
「マジかよ!信じらんねぇ!!」
「頬っぺたつねってやる!!痛いか!」
「イテェ!!ホントだ!!俺たちが優勝!!」
「孝太郎ーー!」
「颯汰ぁーー!」
コートの中央で揉みくちゃになり、頭を乱暴に撫で、叩いて、ジャンプして。
チーム全員で喜びを分かち合った。
そしてチラッと観客席を見上げると、彼女はやっぱり泣いていて。
「みんなーーー!カッコいいーー!!夏目先輩!孝太郎先輩!おめでとうーー!!
優勝だコラー!見たかコラーー!!
甘いんだよコラーー!ナメんなコラーー!」
「ブハッ!!」
「アハハ!!」
大きな声で優勝を祝い、そして敵に向かってドヤ顔していた姿に爆笑。
そして、整列し、互いの健闘を称えあった。
「負けたよ。夏目。お前、本当に耳聞こえないの?」
「ハハッ!聞こえることは聞こえる。でも、轟音が鳴り響いて回りの音は聞けないんだ。」
「その状態でよくまぁ動けるもんだ。完敗。」
「ありがとう。いい試合だった。」
「ああ。また機会あればやろうぜ。」
「おう。」
倉木は、バスケットは辞めると。
ちょっと寂しい気もするが、自分で決めた人生を、それぞれが歩もうとしている。
それを胸張って歩けたら、自分にとってこれ以上ない喜びになる。
表彰式、閉会式と進み、高校最後のバスケットは、夢だった全国制覇を成し遂げて最高の形で終えることができた。
これもみんなのお陰。
そして、決意させてくれた武来のお陰。
「みんな、今まで本当にありがとう。最高の形で、お前たちに俺たちの努力を目に見える形で残せたことは誇りだ。これからも頑張って練習して、来年の夏、インターハイの舞台での活躍を期待している。」
控え室に戻ると、3年を代表して俺が後輩たちに言葉を送る。
「全員起立!!先輩方!3年間お疲れさまでした!先輩方の後輩として恥じぬよう、これからも頑張ります!ありがとうございました!!」
これで、高校バスケットともお別れ。
でも、悔いはない。
すべて出しきることができた。
着替えたあと監督に礼を言い、部員たちと別れて、再度会場内に戻る。
「…これって…いつまでかな。」
「知らねぇ…行くぞ。」
待ち構えた雑誌、新聞記者。
全日本ユースの監督も来ていて、その監督が止めるまで続くであろう会見にゲンナリ。
15点差を追い付かれ、19点差からの逆転劇。
まさに、スポーツ関係の記者にとって、劇的とも言える試合だっただろう。
その会見は1時間続き、それから各社のインタビューと撮影を含め、2時間半ほど、それに付き合わされた。
「アチャー!勇ちゃんがいない!」
「大丈夫だ。」
「待ち合わせてんの?」
「待ってるって約束した。」
会場を出ると、既に暗くなっていて、会場周辺に武来の姿は見えなかった。
「どこにいるか分かる?」
「……多分学校にいる。インハイの時も学校で待ってた。」
「そっか。じゃあ急いで行けよ。俺は帰る。明日公園で会おうぜ。」
「ああ。孝太郎!サンキューな!」
「おう!」
そこで孝太郎と別れると、走って学校へ向かった。
閉ざされた門。そこに寄りかかり、手を息で暖めていた武来が待っていた。
「……武来!」
「あ!先輩!おめでとうござ……わっ!!」
傍に走り寄ると、その小さな身体を抱き締めた。
会いたくて堪らなかった愛しい存在を、自分に刻むように強く抱き締めた。
「……寒かったろ?ごめんな。」
「大丈夫です。……それより……」
「ん?」
「し…心臓が持ちそうにないので…いきなりこんなのダメですよ!もう!」
「ハハッ!ごめん。…マック行く?」
「行きます!今日は私が奢ります!優勝祝い!」
「マジ?いっぱい食わなきゃ。」
「……手加減してくださいよ?」
「ハハッ!行こう。」
冷たくなった手を包み、俺のポケットに突っ込んで。
いつものように歩くときは無言。
ただ、繋がれた手で会話して。
それだけで、心が穏やかになっていく。
「先輩、ポテトは?ナゲットは?」
「お前のちょっとちょうだい。」
「いいですよ!じゃあ、バーガーは?」
「ここからここまで一種類ずつ。単品。」
「……相変わらず店員泣かせのオーダーですね…分かりました!じゃあそれでお願いします。」
「畏まりました。お会計、4,027円です。」
「…はい。」
「10,030円お預かり致します。」
「って!タンマ!先輩!ちょっとおかしい!」
「うるさい。他の客の迷惑。」
「なんで!奢りますって」
「黙れ。ほら。席取ってろ。」
「後悔しますよ?」
「早く行け。」
元々、奢られる気はなかった。会計の時俺が払うと、プリプリ怒りながら席に着いた。
「意味分かんない。奢るって言ったのに。お祝いにもならないじゃないですか。」
「いいの。」
「信じらんない。」
「ポテトと競争しなくていいのか?」
「あっ!!ちょっと休戦です。ポテトが先。」
「ハイハイ。どーぞ。」
相変わらずの武来。
見るだけで人を笑わせる魅力は、幼い頃からの訓練の賜物だろう。
その背後にある苦しみをひた隠し、常に笑顔を振り撒く道化師。
「武来。体調はいいのか?」
「はい!元気いっぱいです!」
「そっか。良かった。」
間も開けず、即答した。
嘘ではない。……はずだ。
ただ、道化師の仮面をなかなか剥ぎ取れないから、多少の不安はある。
「…でも、あれですね。」
「ん?」
「マックで4,000円も使う私たちって、バカっぽく見られてますよ?」
「黙れ。単品は高いものなの。」
「本気で10個も買うからですよ。」
「戦いの後は腹が減るものなの。」
そう言ってクスクス笑った武来を見て。
俺も自然と笑みが溢れた。
「って言うか、早いです!食べるの。」
「そうか?」
「やっとポテト制覇したのに。」
「いいよ。ゆっくり食え。」
「ナゲット食べて下さい。これ半分こします?」
「それよりもう一個フィレオフィッシュ欲しい。…武来サン?」
そう言うと、パァ!と明るい笑顔を見せて、走ってカウンターへ向かった。
(やべ。可愛い)
にやつく顔が元に戻らねぇ。
そうしているうちに戻ってきて。
「はい!食べて下さい!」と、これまた満面の笑み。
「…ん。美味い。」
「……………そりゃ、私が作ってますから。」
「嘘つくな。」
「へへっ。」
他愛のない会話でさえ、今の俺には最高の気分にさせる。
食い終わると、また手を繋いで。
二人で時間を過ごした河原へ向かって散歩した。
「寒くない?」
「大丈夫です。」
そう言いながら、ギュッと手を握り締める武来が可愛くて。
「…お前さ、今、大阪にいるんだって?」
「え!何で知ってるんですか?」
「美作から聞いた。」
「そっか。…大阪に実家があるんです。その近くに、いつも行ってた病院があったので、そこにしばらくいました。」
「入院?」
「はい。」
「以前言ってた不整脈の?」
「……………はい。」
そして、階段のところで腰を降ろすと、武来も俺の隣に腰を降ろした。
「武来。そっちじゃない。」
「え?」
「こっちおいで。寒いだろ?」
「……………」
俺の前の段に指差して。少し迷いながらも俺の前に座った。
…足をちぢこませて、真っ正面を向いて。
「…あの…さ。さすがの俺も、それはレベル高すぎ!」
「……へ?」
「川を向け!川を!お前は俺に背中をくっつけてりゃいいの!」
「……!!……さ!先に言ってくださいよ!そういうことは!」
「悪かったな!」
急な展開に、お互いギクシャク。
武来の顔が真っ赤に見えるが、きっと俺だって真っ赤だろう。
背中を向けて座った武来を後ろから抱き締めて。
「…だ!……だから先輩!」
「なんだよ!」
「いきなりこんなのダメですよ!卑怯ですよ!」
「うるさいな!暖かいだろ!」
「暖かいけど、ドキドキしすぎて!」
「ドキドキとか言うな!俺だってそうなんだから!」
「だったら離してくださいよ!」
「…嫌だ。…俺も慣れるから、お前も慣れろ。」
「なんちゅー…俺様思考ですか!」
「うるさい!ずっと会いたかったんだよ!我慢して今日まで耐えた!だからいいだろ!」
「……………」
「お前がぶっ倒れて心停止して病院に運ばれて!それ以来だ!ずっと心配だった!
…生きてて良かったって…死ぬなって…ずっと祈ってて…」
「……先輩……」
自分の思いをぶちまけると、なぜか涙が出そうになった。
すごく怖かったというのが本音。
何度も思った。
もう二度と、武来と会えないんじゃないかって。
好きだとぶつけられて。
俺も好きになって。
俺だって思いをぶつけて。
でも、ずっと傷付けたままで。
「先輩…すみません。ご心配お掛けしました。」
「……っとだよ……」
「もう大丈夫です。」
「…調べたよ。ブルガダ症候群。…何がただの不整脈だ…嘘つきピエロめ。」
「あら。バレてたか。…でも、本当に大丈夫なんです。…ほら!パパたちも応急処置とか心得てるし。死んだりしません。嘘もつきません。」
「…大丈夫なんだな?」
「はい。ちゃんと入院したから、ここに来れたんです。私だって頑張ってました。」
「…そっか。…大阪に帰るの?」
「はい。」
「いつ?」
「明日の9時頃に帰ろうかと思ってます。」
「今日はどこにいるの?」
「駅の近くにホテルとってます。」
「そっか。…武来。こっち見て。」




