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道化師の思惑  作者: 水嶋つばき
5.別の誘惑
32/52

5.別の誘惑-4

『選手交代です。』


第四ピリオドまで、ベンチに下がるしか方法はなかった。


(頑張ってくれ…頑張ってくれ!)


両手を握り締め、コート上にいる5人に託す。

どのチームにも、精神的支柱という存在がある。

それがエースであったり。

またはキャプテンであったり。

このチームでは、俺がその役割を果たしているのは、自分でも理解している。

その支柱が抜けただけで、ゲームの流れというものは一変する。

新キャプテンを投入したものの、3年の前で2年はたかが後輩なのだ。

孝太郎ですら、自分の動揺を隠すのに必死だと見て分かる。


「ディナイしっかり!!」

「チェックを早くしていけ!」

「ディフェン!ディフェン!」


ベンチから声を出すだけしかできない自分。

つけた点差が縮まり、苛立ちがピークに達していく。

そして、追い付かれ、逆転された。


「監督!俺を出してください!」

「ダメだ!」

「監督!お願いします!俺たちは最後なんだ!頼むから出してください!」

「だからだよ!今お前を出すことは出来ない!第四ピリオドまで耐えるんだ!」


俺がベンチに下がって得点がなくなった。

流れは完全に相手ペース。

相手だって、俺が第三ピリオドを捨てて、第四ピリオドに出てくることを分かっているだろう。

勝負は最終ピリオド。その前に、得点を稼いでおきたいはずで。


「…耐えろ!ディフェンス!」


息の上がったら5人に精一杯声を出す。

それも届いていないかのような焦りの表情。


(……見てられねぇ……!!)


タオルを頭からかけて俯き、爪が食い込むほど手を握った。

俺が集中してなかったから、こんなアクシデントに繋がった。

それをチームに迷惑かけて。俺はバカだ。

瞬間、会場内の歓声が消え、大好きな音もすべて消えた。

ガンガン鳴り響く轟音しか聞こえない。

耳が痛い。吐き気もする。

もう最悪だ。

残り1分半。

その時間が何時間にも感じる。

これ以上、離されないように、食らいつくだけでいい。

頑張ってくれ!頑張れ!頑張れ!

焦り。悔しさ。痛さ。

抑えて。抑えて。


「……………」


一瞬、身体がピクンと動いた。

風が揺らいだ。

いる。

感じる。


「………へ?」


頭に軽い衝撃。目の前に落ちてきたのは、バスケットボールの形をしたフェルトマスコット。


「…!!……!?」


ポコポコと俺の頭に直撃しては目の前に落ちてくるマスコット。


「………たぁ!!!」

「…!」

「夏目颯汰ぁ!!夏目颯汰ぁぁぁ!!!」

「!!」

「約束したでしょお!!そこで何してるのぉ!」


轟音の中、やっと聞こえた一つの声。

ずっと求めていた。ずっと待っていた。

一番欲しくて堪らなかった声援。


「夏目颯汰ぁぁぁ!立ちなさい!!優勝するんでしょお!このバカヤロー!嘘つきぃ!諦めたらダメでしょ!!夏目先輩ぃぃ!!!」


俺。孝太郎。その他、俺たちのチーム全員がユニフォーム着て笑顔のマスコット。

それをコントロールよく俺に当てて。

タオルを取って、真上の観客席を見上げる。

手摺によじ登り、泣きながら仁王立ちしている武来の姿。観客も武来の行動に釘付けで。


「なっ……なにしてんだ!危ないだろ!」

「先輩!よく聞いててくださいよ!コラァアア!!優勝するのはこっちだ!これから夏目颯汰が逆転してくれるんだあ!!

……は!言ってやった!スッキリ!さ、夏目先輩。これで優勝以外道はないですよ?」

「…ブハッ!!…アハハハハ!!」

「このバカタレがぁ!今すぐ降りろ!!」

「怒っちゃダメです!カッコ悪!」


まだ試合中なのに、コートから孝太郎の笑い声が聞こえ、それ以外は、呆気に取られた表情で俺と武来を見ていた。

そのとき、ちょうどホイッスルが鳴り、インターバルに入る合図を知らせた。


「武来!こっちに来い!」

「……へ!?」

「飛べ!」


両手を広げて叫ぶと、躊躇なく飛んだ武来。

受け止めると下ろさずに控え室にダッシュした。


「マジかよ!アハハハハ!必死!!」

「え!?なっ?…武来と先輩が?…えぇ!?」

「武来ちゃんが連れ去られたーー!!」

「きゃぁぁーー!!颯汰さまぁ!!」


孝太郎の笑い声と、部員たちの戸惑いの声、そしてうるさい女の叫び声を背にしながら。

控え室のドアを閉めると、武来を降ろして両頬を包む。


「武来…本物だよな…?」

「…はい?」

「触ってる…本物…武来…」

「…本物です。」

「無事で…よかった…よかった!」


死んでないよな?

生きてるよな?

会えるよな?

その問いに対して、何度も大丈夫と言い聞かせてきたこの約二ヶ月。

何度も夢に出てきた。

武来がどうにかなっている夢を。

心配で心配で。


「会いたかった…武来…会いたかった!」

「…私も。」


お互い抱き締めあって、温もりを確かめる。


「…でも。」

「え?」

「なにサボってるんですか!なに諦めてるんですか!約束はどうしたんですか!」

「ごめんなさい。」

「素直でヨロシイ!19点差でした。ゲンラインとやら、ギリギリでしたね。危ない。危ない。あと10分もあります!追い付けますよ!」

「アハハ!」

「なんですか?追い付かない気ですか?」

「追い付く。優勝する。」

「ほら!会場行かなきゃ!」


そうして手を引かれて。


「武来。」

「何ですか?」

「約束守ってくれてありがとう。」

「当たり前でしょ。約束は守るものです。だから、次は先輩の番ですよ。ちゃんと覚えてますか?」

「覚えてる。」

「…よかったです。」

「だから、試合終わったら、待ってて。」

「……………」

「ちゃんと待ってて。」

「はい。待ってます。」


握った手をさらに強く握る。

そうすると、応えてくれることを知っている。

ギュッと握り返された手の温もりに、目の前にいるのが本物だと実感出来た。


「……って!おいぃぃ!!アハハハハ!


颯汰!ここ、コートだから!連れて帰ってきてどうすんだ!アハハハハ!」


「「……あ。」」


そのまま手を繋いで戻って、孝太郎に爆笑されてしまった。


「あ。じゃあ、戻りますから。孝太郎先輩手伝ってください。」

「何する気?」

「飛んできたから。飛んで戻る気。」

「夏目先輩、正解!」


孝太郎と両手を組むと、そこに足をかけた武来。

息を合わせて、ジャンプと同時に放り投げる。

飛び上がった武来は、手摺に着地。

同時に観客から拍手が沸き起こる。


「なんだよ。一気に注目取られたな。」

「ハハッ。」

「…良かったな。颯汰。」

「ああ。」

「さてと?爆発しそうですなぁ?」

「………任せろ。」


俺の勝利の女神。

頭から水を被ると、髪をかき上げた。

気合い十分。

19点差がなんだ。

やってやる。

轟音が止まった。

痛さも吐き気もない。

かつてないほど集中している自分が分かる。


「第四ピリオド開始します!」


合図と同時に円陣を組む。


「颯汰。どうすんの?」

「ノープラン。」

「「「「はぁ!?」」」」

「追い付いて。追い越す。それだけ。ポジも元に戻す。今まで通り。」

「マジかよ。大丈夫か?」

「もうファールなんかしねぇよ。行くぞ!」

「「「「おう!!!」」」」


耳に頼ることはしない。

15,6年培ってきた経験と勘に頼る。

俺は知っているはずだ。

楽なとき。苦しいとき。

自分がどんな動きをするか。相手がどんな動きをするか。

たくさん試合をして、いろんな戦略も見てきた。その攻略だって試合中にやって来た。

だから、分かるはずだ。

弱点があるときの動き。

俺を封じるための動きは、この身体がしっかり覚えている。


「よぉ。お帰り夏目。可愛い女だな。」

「ただいま。…どーも。」

「PGじゃねぇの?逃げるんだ?」

「ハッ!まさか。」

「まぁ、逆転なんてさせねぇよ?」

「やってやるよ。よーいドン!」

「!!」


挑発に夢中になっていた倉木を置き去りにして、ゴール下に向かう。

着いたと同時に、ジャンプボールで弾かれたボールがドンピシャで俺の手元に吸い込まれる。

それをリングのど真ん中に叩き込んだ。


「…ほんの挨拶代わりだ。」


「……クッ!!」



「今度はお前を追い出してやるよ。」


ボールを投げ捨てるように渡すと、ディフェンスに戻った。

ディフェンスについたときは?

PGは何をしたい?

相手の動きを5人全部視角に捉え、チームのポジションを頭に入れる。


(…スクリーンさせて自分で突っ込む!)


それが一番いい選択と判断すると同時に、ペネレイト仕掛けた倉木。

直ぐに身を沈め、倉木の手とボールの間に手を入れ、マイボールにすると、一歩で倉木と肩を並べ、二歩で抜き去る。


(点数を稼ぐ!3P!)


3Pラインで急停止すると、リズムよくボールを放つ。

ゴールに吸い込まれたボールを見て、またディフェンスに戻る。

その途中で倉木とすれ違う。

PGはボールの運び屋。マイボールになったらPGにボールを託してゲームメイクをする。

そいつが腕を動かしたのと同時に、俺も倉木の胸元に手を伸ばす。


「…!!」

「ナイスパス!」


カットされたボールを手に、180度ターンするとシュート体勢に入る。

瞬間、バチッ!と音を立てて、俺の腕に倉木の手が当たる。

ピィィーー!!


「イリーガル・ユーズ・オブ・ハンズ!白4番!バスケットカウント、ワンスロー!」


俺の放ったボールは決まり、しかもオマケ付き。

フリースローレーンに立つと、ゴール下の近くにいる孝太郎と目を合わせる。

チラッと左方向を見て視線を戻すと、孝太郎は小さく頷いた。

ピィ!!

ゲーム開始の合図が鳴る。

ボールを構え、しっかりと狙いを定める。

ボールを放つと同時に、ゴール下にいる攻守が集中する。

俺は素早く左サイドに移動する。

ゴールを外れたボールは、狙い通り孝太郎の手元へ落ちていく。空かさず左のアウトサイドへ投げられたボールは、俺の手に戻ってくる。

それを掴むと、直ぐにリリース。

もちろん、3Pラインの外側から。

一つのプレイで6点を稼ぎ、孝太郎とハイタッチしてディフェンスに戻る。


「なぁ。颯汰。」

「なんだよ。」

「お前を動かしていっていいの?」

「いいよ。俺に合わせて。もしくは俺に行って欲しいと思うところにボール寄越せ。」

「頼もしいなぁ!」


微かに聞こえる武来の声。

目の端で見える。

ベンチ入り出来なかった部員たちと一緒になって、応援してくれてる。

それだけで、あんなに焦ってた自分が消えた。


「シュートなんて打たすか!」

「あっ!しまった!」

「取れ!ルーズ!」

「颯汰!走れぇ!」

「もう走ってるし。」

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