5.別の誘惑-4
『選手交代です。』
第四ピリオドまで、ベンチに下がるしか方法はなかった。
(頑張ってくれ…頑張ってくれ!)
両手を握り締め、コート上にいる5人に託す。
どのチームにも、精神的支柱という存在がある。
それがエースであったり。
またはキャプテンであったり。
このチームでは、俺がその役割を果たしているのは、自分でも理解している。
その支柱が抜けただけで、ゲームの流れというものは一変する。
新キャプテンを投入したものの、3年の前で2年はたかが後輩なのだ。
孝太郎ですら、自分の動揺を隠すのに必死だと見て分かる。
「ディナイしっかり!!」
「チェックを早くしていけ!」
「ディフェン!ディフェン!」
ベンチから声を出すだけしかできない自分。
つけた点差が縮まり、苛立ちがピークに達していく。
そして、追い付かれ、逆転された。
「監督!俺を出してください!」
「ダメだ!」
「監督!お願いします!俺たちは最後なんだ!頼むから出してください!」
「だからだよ!今お前を出すことは出来ない!第四ピリオドまで耐えるんだ!」
俺がベンチに下がって得点がなくなった。
流れは完全に相手ペース。
相手だって、俺が第三ピリオドを捨てて、第四ピリオドに出てくることを分かっているだろう。
勝負は最終ピリオド。その前に、得点を稼いでおきたいはずで。
「…耐えろ!ディフェンス!」
息の上がったら5人に精一杯声を出す。
それも届いていないかのような焦りの表情。
(……見てられねぇ……!!)
タオルを頭からかけて俯き、爪が食い込むほど手を握った。
俺が集中してなかったから、こんなアクシデントに繋がった。
それをチームに迷惑かけて。俺はバカだ。
瞬間、会場内の歓声が消え、大好きな音もすべて消えた。
ガンガン鳴り響く轟音しか聞こえない。
耳が痛い。吐き気もする。
もう最悪だ。
残り1分半。
その時間が何時間にも感じる。
これ以上、離されないように、食らいつくだけでいい。
頑張ってくれ!頑張れ!頑張れ!
焦り。悔しさ。痛さ。
抑えて。抑えて。
「……………」
一瞬、身体がピクンと動いた。
風が揺らいだ。
いる。
感じる。
「………へ?」
頭に軽い衝撃。目の前に落ちてきたのは、バスケットボールの形をしたフェルトマスコット。
「…!!……!?」
ポコポコと俺の頭に直撃しては目の前に落ちてくるマスコット。
「………たぁ!!!」
「…!」
「夏目颯汰ぁ!!夏目颯汰ぁぁぁ!!!」
「!!」
「約束したでしょお!!そこで何してるのぉ!」
轟音の中、やっと聞こえた一つの声。
ずっと求めていた。ずっと待っていた。
一番欲しくて堪らなかった声援。
「夏目颯汰ぁぁぁ!立ちなさい!!優勝するんでしょお!このバカヤロー!嘘つきぃ!諦めたらダメでしょ!!夏目先輩ぃぃ!!!」
俺。孝太郎。その他、俺たちのチーム全員がユニフォーム着て笑顔のマスコット。
それをコントロールよく俺に当てて。
タオルを取って、真上の観客席を見上げる。
手摺によじ登り、泣きながら仁王立ちしている武来の姿。観客も武来の行動に釘付けで。
「なっ……なにしてんだ!危ないだろ!」
「先輩!よく聞いててくださいよ!コラァアア!!優勝するのはこっちだ!これから夏目颯汰が逆転してくれるんだあ!!
……は!言ってやった!スッキリ!さ、夏目先輩。これで優勝以外道はないですよ?」
「…ブハッ!!…アハハハハ!!」
「このバカタレがぁ!今すぐ降りろ!!」
「怒っちゃダメです!カッコ悪!」
まだ試合中なのに、コートから孝太郎の笑い声が聞こえ、それ以外は、呆気に取られた表情で俺と武来を見ていた。
そのとき、ちょうどホイッスルが鳴り、インターバルに入る合図を知らせた。
「武来!こっちに来い!」
「……へ!?」
「飛べ!」
両手を広げて叫ぶと、躊躇なく飛んだ武来。
受け止めると下ろさずに控え室にダッシュした。
「マジかよ!アハハハハ!必死!!」
「え!?なっ?…武来と先輩が?…えぇ!?」
「武来ちゃんが連れ去られたーー!!」
「きゃぁぁーー!!颯汰さまぁ!!」
孝太郎の笑い声と、部員たちの戸惑いの声、そしてうるさい女の叫び声を背にしながら。
控え室のドアを閉めると、武来を降ろして両頬を包む。
「武来…本物だよな…?」
「…はい?」
「触ってる…本物…武来…」
「…本物です。」
「無事で…よかった…よかった!」
死んでないよな?
生きてるよな?
会えるよな?
その問いに対して、何度も大丈夫と言い聞かせてきたこの約二ヶ月。
何度も夢に出てきた。
武来がどうにかなっている夢を。
心配で心配で。
「会いたかった…武来…会いたかった!」
「…私も。」
お互い抱き締めあって、温もりを確かめる。
「…でも。」
「え?」
「なにサボってるんですか!なに諦めてるんですか!約束はどうしたんですか!」
「ごめんなさい。」
「素直でヨロシイ!19点差でした。ゲンラインとやら、ギリギリでしたね。危ない。危ない。あと10分もあります!追い付けますよ!」
「アハハ!」
「なんですか?追い付かない気ですか?」
「追い付く。優勝する。」
「ほら!会場行かなきゃ!」
そうして手を引かれて。
「武来。」
「何ですか?」
「約束守ってくれてありがとう。」
「当たり前でしょ。約束は守るものです。だから、次は先輩の番ですよ。ちゃんと覚えてますか?」
「覚えてる。」
「…よかったです。」
「だから、試合終わったら、待ってて。」
「……………」
「ちゃんと待ってて。」
「はい。待ってます。」
握った手をさらに強く握る。
そうすると、応えてくれることを知っている。
ギュッと握り返された手の温もりに、目の前にいるのが本物だと実感出来た。
「……って!おいぃぃ!!アハハハハ!
颯汰!ここ、コートだから!連れて帰ってきてどうすんだ!アハハハハ!」
「「……あ。」」
そのまま手を繋いで戻って、孝太郎に爆笑されてしまった。
「あ。じゃあ、戻りますから。孝太郎先輩手伝ってください。」
「何する気?」
「飛んできたから。飛んで戻る気。」
「夏目先輩、正解!」
孝太郎と両手を組むと、そこに足をかけた武来。
息を合わせて、ジャンプと同時に放り投げる。
飛び上がった武来は、手摺に着地。
同時に観客から拍手が沸き起こる。
「なんだよ。一気に注目取られたな。」
「ハハッ。」
「…良かったな。颯汰。」
「ああ。」
「さてと?爆発しそうですなぁ?」
「………任せろ。」
俺の勝利の女神。
頭から水を被ると、髪をかき上げた。
気合い十分。
19点差がなんだ。
やってやる。
轟音が止まった。
痛さも吐き気もない。
かつてないほど集中している自分が分かる。
「第四ピリオド開始します!」
合図と同時に円陣を組む。
「颯汰。どうすんの?」
「ノープラン。」
「「「「はぁ!?」」」」
「追い付いて。追い越す。それだけ。ポジも元に戻す。今まで通り。」
「マジかよ。大丈夫か?」
「もうファールなんかしねぇよ。行くぞ!」
「「「「おう!!!」」」」
耳に頼ることはしない。
15,6年培ってきた経験と勘に頼る。
俺は知っているはずだ。
楽なとき。苦しいとき。
自分がどんな動きをするか。相手がどんな動きをするか。
たくさん試合をして、いろんな戦略も見てきた。その攻略だって試合中にやって来た。
だから、分かるはずだ。
弱点があるときの動き。
俺を封じるための動きは、この身体がしっかり覚えている。
「よぉ。お帰り夏目。可愛い女だな。」
「ただいま。…どーも。」
「PGじゃねぇの?逃げるんだ?」
「ハッ!まさか。」
「まぁ、逆転なんてさせねぇよ?」
「やってやるよ。よーいドン!」
「!!」
挑発に夢中になっていた倉木を置き去りにして、ゴール下に向かう。
着いたと同時に、ジャンプボールで弾かれたボールがドンピシャで俺の手元に吸い込まれる。
それをリングのど真ん中に叩き込んだ。
「…ほんの挨拶代わりだ。」
「……クッ!!」
「今度はお前を追い出してやるよ。」
ボールを投げ捨てるように渡すと、ディフェンスに戻った。
ディフェンスについたときは?
PGは何をしたい?
相手の動きを5人全部視角に捉え、チームのポジションを頭に入れる。
(…スクリーンさせて自分で突っ込む!)
それが一番いい選択と判断すると同時に、ペネレイト仕掛けた倉木。
直ぐに身を沈め、倉木の手とボールの間に手を入れ、マイボールにすると、一歩で倉木と肩を並べ、二歩で抜き去る。
(点数を稼ぐ!3P!)
3Pラインで急停止すると、リズムよくボールを放つ。
ゴールに吸い込まれたボールを見て、またディフェンスに戻る。
その途中で倉木とすれ違う。
PGはボールの運び屋。マイボールになったらPGにボールを託してゲームメイクをする。
そいつが腕を動かしたのと同時に、俺も倉木の胸元に手を伸ばす。
「…!!」
「ナイスパス!」
カットされたボールを手に、180度ターンするとシュート体勢に入る。
瞬間、バチッ!と音を立てて、俺の腕に倉木の手が当たる。
ピィィーー!!
「イリーガル・ユーズ・オブ・ハンズ!白4番!バスケットカウント、ワンスロー!」
俺の放ったボールは決まり、しかもオマケ付き。
フリースローレーンに立つと、ゴール下の近くにいる孝太郎と目を合わせる。
チラッと左方向を見て視線を戻すと、孝太郎は小さく頷いた。
ピィ!!
ゲーム開始の合図が鳴る。
ボールを構え、しっかりと狙いを定める。
ボールを放つと同時に、ゴール下にいる攻守が集中する。
俺は素早く左サイドに移動する。
ゴールを外れたボールは、狙い通り孝太郎の手元へ落ちていく。空かさず左のアウトサイドへ投げられたボールは、俺の手に戻ってくる。
それを掴むと、直ぐにリリース。
もちろん、3Pラインの外側から。
一つのプレイで6点を稼ぎ、孝太郎とハイタッチしてディフェンスに戻る。
「なぁ。颯汰。」
「なんだよ。」
「お前を動かしていっていいの?」
「いいよ。俺に合わせて。もしくは俺に行って欲しいと思うところにボール寄越せ。」
「頼もしいなぁ!」
微かに聞こえる武来の声。
目の端で見える。
ベンチ入り出来なかった部員たちと一緒になって、応援してくれてる。
それだけで、あんなに焦ってた自分が消えた。
「シュートなんて打たすか!」
「あっ!しまった!」
「取れ!ルーズ!」
「颯汰!走れぇ!」
「もう走ってるし。」




