5.別の誘惑-3
(…来てない…)
武来の風を感じない。
あの日の約束は、俺の妄想だったのか?
ここまで頑張って練習できたのも、あいつに会えると信じて疑わなかったから。
それがどうだ。
ずっと探している風を感じない。
俺自身の身体も本調子じゃない。
すべてがボロボロと崩れていく感覚に陥りそうになっていく。
「…颯汰。大丈夫か?」
「…ああ。」
「大丈夫そうには見えないな。…お前の分まで俺が頑張るから。どんどんローポストにパスくれ。絶対外さない。」
「…分かった。頼んだぞ。」
「勝とう。そして優勝しよう。」
「ああ。」
俺だけじゃない。
3年は明日で高校生活最後の試合になる。
チームで頑張ってきた仲間と、全国制覇して喜びを分かち合いたい。
それが俺の夢だった。
その夢を叶えられる一歩手前。
試練なんて吹き飛ばしてやる。
だから、武来。
その力を俺にくれ。
お前に会いたい。
「両校、コートへ!試合を始めます!」
「っしゃああ!行くぞ!」
「「「「おう!!」」」」
顔を数回叩いて気合いを入れ、レギュラーがコート内に整列する。
「ティップオフ!」
試合開始のジャンプボールと共に走り出す。
「行け!颯汰!」
「っしゃ!!」
狙ったのは、前と同じ奇襲。
それを成功させると、ゲームの流れを作ると同時に、ディフェンスに体制を整えるための時間が稼げる。
俺が左サイドに行ける時間。
同じ奇襲でも、今回の場合二つの意味があった。
「ナイスダンク!颯汰!」
「ナイスパス!」
それが成功すると、それぞれのポジションにつきディフェンスを徹底。
相手の攻撃を見て、些細な隙を見付けると
「…あっ!!」
「サンキュ!」
「ナイスカット!速攻!」
「颯汰!こっちだ!」
「行ってこい!」
カットと同時に俺と孝太郎が走り出す。
ワイドオープンになった孝太郎にパスを繋げると、3Pシュートを放った。
孝太郎はCというポジション。
ゴール下が仕事場だ。
大抵Cは、ローポスト内で得点をするため、2Pの得点が主な攻撃。
だが孝太郎は、昔から3Pを得意としていた。
それを知る人間はごく僅か。公式戦や練習試合でも見せたことはないのだから、会場全員度肝を抜かれているだろう。
それを真横から見ていた俺。
(…よし。綺麗なフォームだ…入る!)
軌道を読みきると、チームに叫ぶ。
「戻れ!ディフェンス!」
孝太郎は着地と同時に走り出す。
俺たちの背後からパシュッ!とネットとボールの摩擦音が響いた。
※ワイドオープン→完全ノーマークという意。
※ローポスト→ゴールの真下周辺
俺の奇襲より、孝太郎の一発が流れを変えた。
そこからは終始俺たちのペースで試合が運び、終わってみれば124対75という圧勝だった。
残るは決勝戦のみ。
宿に戻ると、レギュラーメンバーを集めた。
「俺らは明日で本当に最後だ。悔いの残らない試合にするぞ。自分の3年間を出しきろう。」
「おう。絶対勝とうぜ!」
「それより颯汰、明日はどうすんの?」
「夏と同じカードだぜ。負けらんねぇ。」
「夏のリベンジだ!」
決勝に勝ち進んだのは、夏のインターハイ決勝、俺たちが13点差で敗北を喫した相手。
こうなる予感はしていた。
「向こうの弱味、今日の準決勝の試合を見ててちょっと分かった。」
「なんだ?」
「…新体制の壁がまだ薄い。夏に優勝した3年は、今回一人しか残ってないんだ。逆に俺たちは全員残ってる。それだけでもラッキーだな。」
「でも、それを相殺しているのがお前の不調だろ。どうするの。」
「明日、俺がPGをやる。」
「「「「はぁ!?」」」」
「もちろん、狙えるときはしっかり狙う。だが、PGだと、攻撃時に俺の後ろにディフェンスはいなくなる。」
「…あっ!そっか!お前の負担が消えるんだ!」
「じゃ、俺はどうすんの?」
「お前はSG。ちょっと待て。紙に書くから。」
ポジションと動きの指示を具体的に紙に書きながら教え、それを数パターン作って万全の体制を整える。
俺たちのミーティングは、その日、深夜まで続いた。
ミーティングが終わると、部屋に戻る。
俺と孝太郎は同じ部屋。
二人きりになった途端トイレに駆け込み、胃の中のものを全部吐き出した。
「颯汰!…薬は?どこ?」
「…鞄……ポケット…!!ゲホッ!」
「あった!…ほら、飲んで。」
渡された吐き気止めを飲み、しばらくすると吐き気が治まってきた。
ゆっくりとベッドに横になり、大きく息を吐いた。
「…颯汰…大丈夫か?」
「ああ。…メチャクチャ痛ぇ…クソ…」
「痛い?」
「痛いのと、なんか工事現場の爆音がずっと響いてる感じ。」
「最悪だな…医者はなんて?」
「2,3週間もすれば完治するって。」
「…そうか。」
「…なぁ、孝太郎。」
「ん?」
「明日…武来来るかな?」
「来るよ。絶対来る。約束したんだろ?あの子は約束破るような子じゃないよ。」
「…ああ。」
思い出すのは、自分が惚れたと自覚したあの日。
俺のボールをあげると約束して、翌日、大雨の中びしょ濡れで俺を待っていた。
一人で、暗い大雨の中、俺との約束を信じて待っていた。
だから分かる。
あいつは逆でも必ず守る。
俺も信じて待ってるから、必ず来て。
それを願うだけ。
「大丈夫。絶対来るから、俺たちも優勝しないと。勇ちゃんの首にメダルかけてやるんだろ?」
「うん。」
「明日、頑張ろう。」
「ああ。」
鳴り響く轟音に苦しみながら、薬で強制的に睡眠に入って身体と精神を休めた。
翌日、会場に着くと、医務室で吐き気止めの注射を打って、ベンチで目を閉じる。
(いない…信じてるぞ!武来!)
独特の緊張感。決戦の舞台。
これを征した者だけが獲られる称号を、必ず獲って見せる。
試合開始。
いつもとは違う攻撃パターンに、会場がざわめいた。
奇襲ではなく、俺に回ってきたボールをその場でドリブルし始めたから。
「楽しもうじゃねぇか。倉木。」
「夏目!お前…PG?何考えてるんだ?」
「勝つこと。」
相手チームのPGとのマッチアップ。
たった一人残った3年。
俺がPGをやると言ったもう一つの理由。
こいつを俺が封じれば、試合の流れは一気に変わる。
それは逆も言えること。
こいつに俺が止められたら、試合は相手チームの流れになっていく。
一か八かの賭けなんだ。
「…行くぞ!」
「来い!止めてやる!」
上体を起こし、ゆっくりボールを叩き付ける。
相手の呼吸を読みながら、仲間の居場所を確認。
(…隙のないディフェンスだな…それじゃ!)
腰を落とし片手を床に付けるくらいの低い体勢。
マイケル・ジョーダンのディフェンススタイル。
だが、それを抜くことに意義がある。
チェンジ・オブ・ペース
ゆっくりした動きから、突然急な動きに変えていく攻撃方法。
上体を前屈みにすると、その踏ん張った足で一気に加速する。
視線、左へのドライブ、足の溜め。
3つのフェイクをたて続けに入れると、3つめで引っ掛かった相手。
空かさず抜き去り、中にペネレイトして外へボールを出す。
それは綺麗なアーチを描き、ゴールへと吸い込まれた。
それが発起となり、第一ピリオドは俺たちのペースで試合が進み、20対11でタイムに入った。
「…颯汰!調子いいじゃん!」
「いや、それもここまでだ。何か仕掛けてくるぞ。油断するな。」
このまま行ければいいが、全国大会優勝の常連校が相手だ。一瞬の隙も見せられない。
チームの要、チームの監督、チームのマネージャー、その全員が弱点を探ってる視線が俺に当たる。
水分を十分に摂って、第二ピリオド開始。
ボールのキープも、カットインの鋭さも、ドリブルも、すべて俺の方が上だ。
それでも油断しないのは、第二ピリオド序盤からついたダブルチームのため。
俺に二人つけば、一人のマークがフリーになる。
相手も賭けに出た。
(俺は止まらねぇよ!)
メンバーを使って、得点を重ねていった第二ピリオド終盤。
「……夏目。弱点みーっけ!」
「……!!」
「思った以上に時間が掛かったぞ。上手いもんだな。」
「何のことだ。」
「じゃ、試すとしますか?付いてこいよ。」
挑発的な言葉にムッと来たが、ここで挑発に乗るようなバカな真似はしない。
ただ、ボールから目を離さないように、そして相手の動きを読むことに集中して…
ドンッ!!
ピィィィ!!
「…!!!」
激しい衝撃と、ホイッスルの音。
「プッシング!青、4番!」
同時に宣告された俺へのファール。
見上げると、ニヤリと笑みを浮かべた倉木の姿。
「…ほらな。……お前、耳がイカれてるだろ?左耳。聞こえてないんじゃねぇの?一昨日のアレで。お前の左側に誰か置いてれば、お前はファイブファールで退場決定。…コートから追い出してやるよ。優勝は俺たちのものだ!」
最悪事態。
ちょうど第二ピリオドが終わり、インターバルに入った瞬間、レギュラーを呼び寄せた。
「弱点がバレた。」
「何!?」
「ヤバいぞ。あいつのテクに引っ掛かった。注意しててもファールしてしまった。後半は俺が集中攻撃される。」
「どうする?」
「フォワードに戻った方がいいんじゃねぇの?」
「なんで?」
「動き回ってた方が、固定のポジに付けなくなる。」
「それより変則がいい。オフェンスの時はPGでディフェンスの時はSF。」
「それがいい。ディフェンスの相手も変わる。」
「やってくれるか?」
「「「「おう!」」」」
意見を言い合って、ベストな方法を選んでいく。
15点差リードで迎えた後半第三ピリオド。
ピィィィ!!!
「チャージング!青!4番!」
「……ッッ!!」
「立って手を上げて!」
続行されたダブルチーム。
左にボールを持ち変えて、相手の右から抜こうとした瞬間、今まで別の場所にいたはずの片割れが背後からスッと出てきてぶつかった。
相手もブロッキングを覚悟してのファール。
「大丈夫か。悪い。」
「いや。」
倒してしまった相手の手を引いて立たせると、自分の置かれた状況が最悪なものだという意識が芽生える。
相手も勝つために必死。
俺たちも同じだから文句は言えない。
気持ちを奮い立たせ、試合に集中する。
……が。
「…悪いな夏目。引っ込んでろ!」
「……!!!」
ピィィィ!!!
「ブロッキング!!青!4番!!」
第三ピリオド序盤。
3つめのファールを宣告された。
時間は残り17分。
まだ早すぎる。
リーチがかかる前に出なければ。
4つ目になれば、自分の精神的負担も半端ないはずだ。




