5.別の誘惑-2
開幕式を終え、注目校の俺たちを見るために、ギャラリーの数が減らない会場内。
耳障りな黄色い歓声。
観客のざわめき。
ボールを床に叩き付ける音。
バッシュが床に擦り付けられる音。
いつもの雰囲気。いつもの感覚。
ゆっくり目を開けて、一つボールを取りコート内に入った。
「…うわっ!スゲー歓声。」
「…ん?何が?」
「お前さ、自分がコートに立っただけでこれほどの歓声だぞ。」
「いつものことじゃん。俺とお前が一緒にいれば、会場の9割俺たちのファンだろ。」
「ハハ!…さて。今日の調子はいかがかな?」
練習中にも関わらず、俺がボールを手にシュート体勢に入れば、みんながゴールを開けていく。
いつものように、あらゆる角度、あらゆる距離からシュートを打つ。
「…孝太郎。」
「ん?」
「俺、今日は邪魔をされようが入るっぽい。」
「あら。100%ってこと?」
「いや、200%。シュート打てば落ちないな。成功率100%キープできるぜ。」
「アハハ!スゲー自信だな!」
「ああ。自分でも恐い。」
「…勇ちゃんは来てるかな?」
「いや。まだ来てないよ。」
「分かるの?」
「分かる。あいつが来たら、風が吹く。」
「何それ?」
「俺だって分からない。でも分かるんだよ。」
「両チーム!試合を始めます!選手は前へ!」
孝太郎は、意味が分からないと言った感じだったが、多分これは、俺だけが分かる感覚。
試合に集中しすぎるとたまに消えてしまうけど。
「ティップオフ!!!」
場内を揺り動かすような歓声と共に、最後の全国大会が始まった。
第一試合目の相手は、秋田で名高い常連校。
夏のインターハイでも、ベスト8に残った実力。
「4番!OK!!」
だが、どうやら俺へのマークは2人。
今大会では、夏以上に厳しいチェックを予想してたがそうでもない。
俺と孝太郎は、有名な企業への就職が決まっている。そこのバスケット部で、春からプロとして活動する。
その俺たちを舐めきってる。
相手チームがスリーポイントシュートを放った。
(…浅い!外れる!)
シュート軌道を読むと、逆方向に振り向く。
「孝太郎!いくぞ!」
「おう!…よーいドン!!!」
リバウンドは、必ず孝太郎が取ってくれる。
それを信じてなければ、ボールが落ちる前から走ることなど出来ない。
案の定、しっかりとリバウンドを制した孝太郎は、俺のところまでロングパスで繋ぐ。
ボールを受け取り、付いてこれなかったディフェンスを嘲笑うようにダンクを決めた。
相手だって、そこで考える。
俺へのマークがワンパターンってそんなはずはなく、手を変え俺を全力で止めに来るのは分かってる。
でも、俺は負けるわけにはいかない。
武来が来るまで、勝ち続けなければ。
「第一クウォーター!試合を決めるぞ!全力で攻撃に徹しろ!狙え!」
「おう!」
「リバウンドは孝太郎に任せろ!必ずボールは俺たちのものになるから信じていけ!」
3年レギュラー全員で後輩に魅せるのは第一Q。
残りは、状況を見て交代していくと決めていた。
爆発した攻撃。
10分で39点を叩き出した俺たちは、第二Qはベンチで試合を見守った。
「「「「「っしゃぁあ!!!」」」」」
第一、第二ピリオド間のハーフタイム、5人でハイタッチしながらベンチに戻った。
俺たちにたった2点しか得点を入れられず、悔しそうにベンチに下がっていく相手チーム。
「よし。ここで全員下がるぞ。1,2年!俺たちを安心させるプレーしてこい!キャプテン、お前が仕切れ。これからどうやってメイクしていく?」
「…先輩たちと同じように!」
「そうか。じゃ、行ってこい!」
爆発した攻撃力は、ゲームの流れを生む結果となった。
その流れに逆らわないのがベストの選択。
それをちゃんと理解している新キャプテンは、これからのバスケ部の柱として十分素質がある。
「孝太郎も調子いいじゃん。」
「うん。なんか冴えてるよ。」
「出来るだけ1,2年に任せるからな。俺たちは流れに乗らなかったときに出ていく。」
「おう。…勇ちゃん、来た?」
「いや。来てないよ。」
「……………」
「何?」
「俺、ゲームよりそっちの方が気になるんですけど!どうにかして!」
「アホか!どうにもならねぇよ!」
俺は、ここで待つことしか出来ない。
約束を信じて。武来を信じて。
「集中!集中!行けるぞ!」
「ディフェンス一本!!」
「ナイススチール!走れ!!」
ベンチから後輩たちに声を出して、戦意を高めていく。
その日、武来は会場内に来なかった。
第一ピリオドはチームに。
試合を決定付けるように、完膚なきまで得点を重ねる。
それ以降は武来の風を探すために。
試合を見ながら、思いの半分は会場に向ける。
順調に勝ち進む俺たちは、ベスト16に上がる。
だがここからは、今までのようにはいかなくなる。
「アウトサイド空いてるぞ!」
「逆サイ!!ボールから目を離すな!」
「4番!7番!マーク外すな!」
勝ち上がっていくチームほど強くなる。
ここは全国区。
油断が命取りになる。
集中したい武来の風を感じる時間が減っていく。
「よし!よくやった!いいディフェンスだったぞ!レギュラー、第四ピリオド出るぞ!」
「「「「おう!!」」」」
(武来?…どうした?)
(まだ入院中か?…来れない?)
(……それとも…来ない気か?)
自分の中で、少し焦り始めていた。
たった一週間しかないウィンターカップで、負けられない試合が続く中、武来への焦りも徐々に隠せなくなっていた。
「颯汰!走れ!行けぇ!!」
「スクリーン!?…クソ!!」
「俺にボール回せ!点数稼ぐぞ!時間がない!」
「当たれ当たれ!夏目に入れさせるな!!」
第四ピリオドにもなれば、どちらも時間との勝負になる。
わざとファールをしたりボールを外に出してゲームクロックを停止させ、僅かな時間を使ってゲームを組み立てなければならない。
「クソ!外れる!リバン!孝太郎!」
「任せろ!」
「取らせるか!!」
特にゴール下は戦場となる。
生傷が絶えないほど、激しくぶつかり合う身体の中、空中を制した者がボールを手に出来る。
着地後も下で待ち構える敵にボールを渡さず、味方へと繋げるスキルを要する。
「ゲームセット!整列!」
必死でボールを回すように指示を出し、俺がボールを手にした瞬間にゴールを狙う。
それでやっと手にした勝利。
「…ちょっと…危なかったな…」
「ベスト8…俺たちはフルで出た方がいいな。」
「ああ。他のメンバーだけでも休ませながら、これからの試合を組み立てる。」
「颯汰。お前は大丈夫か?ちょっと焦ってんじゃねぇの?」
「…何が。」
「結構外しただろ。久々に見たぞ?インサイドで外すお前を。」
「…大丈夫だ。…まだ。」
「必ず来てくれるから。試合に集中だ。負けたら終わる。すべて終わるんだ。」
「…分かってる。」
武来の風を感じない。武来が来てくれない。
その二つが、頭から離れないのも事実。
(大事な試合で…何やってるんだよ…)
切り替えようにも、100%バスケに集中することが出来ず、自分でも焦りと苛立ちを感じ始めていた。
そして、ふと過る過去の自分。
約束を守れなかった自分が、他人に強いて良いのだろうか?
「……颯汰!危ない!!」
「…!?」
ピピーーーッ!!!
「レフェリータイム!……君!大丈夫か?」
「…っ!……大丈夫です。」
「止血しないと。代わりを出して!」
真横から来たボールを避けきれず、側頭部を打ってしまった。
衝撃で耳を切ったらしく、一旦ベンチに下がる。
「……っ!!……!!」
「先輩!!」
瞬間、激しい吐き気に襲われて、トイレに駆け込んだ。
ボールから目を離した自分のミス。
それは分かってる。
「……ハァ!……ハァ!!」
吐き出して、少しスッキリしたときに気付く違和感。
「…クソ…鼓膜…いってるな……」
側頭部に直撃した際、弾けるような大きな音が耳に響いた。
ボールが当たったからだと思ったが、左耳が全く聞こえない。
加えて、突然の嘔吐。
三半規管をやられたら起きる症状。
恐らくあの一瞬、ボールが耳にへばりつくように真空状態になったんだ。
ボールが重みで落ちていくとき、強制的に解除され、破裂したんだろう。
(…いよいよピンチだな…)
バスケットは、バランスも音も大事。
それが欠ければズレが生じるため、自分本来の動きが出来なくなる。
(…それでも負けられない!)
口をすすぎ、気合いをいれてコートに戻った。
ちょうどハーフタイムに入っていた。
「颯汰、大丈夫か?」
「悪い。俺のミスだ。なんか、集中せざるを得ない状況になった。…武来は考えない。」
「…何があった?」
「多分、鼓膜いってる。」
「マジで?病院に!」
「いや。どうせ何も出来ないって。鼓膜は自然に治るんだよ。…今はこの試合に勝つことだけだ。それ以外考えない。」
吐き気を抑え、ただ自分の身体に染み付いた感覚だけで動き回りシュートする。
だが、精神的疲労は半端ないほど。
相手の動きを見ながら、いつもは耳で確認していたものを目で確認する。
ファールをしないように、左側には特に注意して人との距離をチェックする。
それが、思った以上に自分の体力を奪い、やっと勝てた準々決勝。
(…クソ…ヤバい!…どうする?)
宿に戻っては、準決勝の戦略を必死に考えた。
「悪い。俺、鼓膜が破れてる。」
「ええっ!?先輩!大丈夫なんですか!」
「大丈夫だ。」
準決勝当日、朝一で病院に行くと、診断はやはり鼓膜が破れていると。
それを部員たちに伝えた。
「まず、今の俺は、いつもの動きが出来ないということだけ伝えておく。」
「どういう意味ですか?」
「昨日当たった左耳。そこの聴力を失っているため、通常のバランス感覚がない。加えて、左側の人の気配すら耳で確認できず、常に視覚に頼りながら動かないと、ファウルトラブルは免れない。最後に、吐き気が襲ってくる。三半規管をやられたら起きる症状だ。聞こえるようになったら治るが、今はそれを抑えるだけで必死の状態。」
「……そんな……」
「みんなをフォローしてやりたいんだが、俺がフォローされる側になりそうだ。悪い。」
「そこで、颯汰が考えた準決勝のフォーメーションをいくつか説明する。」
俺は基本的に左サイドにポジションを取る。
それだけで、自分の左にいる人数が少なくなるはずだ。
ボールを持てば、ペネレイトして中に入る。
スピードで抜き去れば、左側に人影を気にするのはシュートの時だけ。
激しいぶつかり合いで、ブロッキングやプッシングといったファールを誘い出す。
「いいか。俺は死角を作れない状態。コート内の10人すべてが見えていないと、誰彼に怪我をさせてしまうかもしれないんだ。耳で聞いていたものが聞こえないって、視覚で補う以外に成す術がない。昨日の…後半の動き。あれが俺の精一杯だ。無様で申し訳ないが、あとはお前たちがフォローしてくれ。」
その後、レギュラーメンバーで綿密な打ち合わせをして、会場に向かった。
会場に着くと、直ぐに医務室に行き、吐き気を止める注射を打ってもらった。
試合が終わるまで持てばいい。
それを願いつつ、自陣ベンチに座った。
準決勝になれば、超満員の観客席。
そこに意識を集中させて目を閉じた。




