第8話:【聖地巡礼】ガチ勢、境界線を越える
「——九条様。門の外に、極めて魔力密度の高い『不審者』が停滞しています。排除しますか?」
ヴェロニカが冷徹に告げると、九条は配信端末のモニターを指でスライドさせた。そこには、門の前でガタガタと震え、今にも過呼吸で倒れそうな女性——エルナが映っていた。
「……いや、通せ。我々の『筆頭信者』だ。彼女のリアクションは、ルルの魅力を証明する最高のベンチマークになる」
数分後。魔王城の謁見の間に、石のように固まったエルナが足を踏み入れた。 その視線の先には、ソファに座り、口の周りにイチゴジャムをつけたまま、ヴェロニカに髪を整えられている二頭身の魔王・ルルがいた。
「あ! おねーちゃん! いつもピカピカ(ギフト)を投げてくれる、エルナおねーちゃんだな!」 「ひっ……! 喋った……動いてる……実在……してる……っ!!」
ルルがトコトコと短い足で駆け寄り、エルナの膝に「むぎゅっ」としがみつく。その瞬間、エルナの鼻から一筋の血が流れ、彼女は膝から崩れ落ちた。
「エルナ様、あまりの尊さに意識を失われる場合は、当方で用意した回復魔法(別料金)を適用させていただきますが?」 ヴェロニカの事務的な問いかけに、エルナは虚ろな目で応える。 「……いらない……。このまま……ルルちゃんの重みで……土に還りたい……」
しかし、エルナは震える手で、懐から古びた琥珀色の宝石を取り出した。 「ルルちゃん……これ、お土産……。勇者パーティーにいた時、預かってたやつ……。私が持っていても呪われるだけだから、ルルちゃんにあげる……!」
「わーい! 綺麗な石だぞ! ヴェロニカ、これオレ様のお菓子の缶に入れていいか?」 ルルが雑に受け取ったその宝石は、伝説の秘宝『聖域の琥珀』。その瞬間、魔王城全体の魔力出力が跳ね上がり、九条が構えるカメラの画質が「神の領域」まで強制的に引き上げられた。
「……ほう。面白い素材を持ってきたな」 九条が口角を上げたその時。秘宝の波動を察知し、金目当ての盗賊ギルドの連中が、「ガキの魔王なら奪える」と謁見の間に乱入してきた。
「ぎゃはは! 運がいいぜ、お宝の山じゃねえか!」
「——不純物どもが。ルル様に、触れるな」
空気が凍りついた。 さっきまでヘナヘナだったエルナが、かつての勇者パーティーのエースとしての冷酷な瞳を解放する。彼女が指を弾いた瞬間、聖なる雷が奔り、盗賊たちは悲鳴を上げる暇もなく「塵」へと変わった。
「……エルナ。お前のその『重すぎる愛』は、ルルの魅力を守る最高の防壁になる」 九条は、返り血一つ浴びずにルルを抱きしめようとするエルナを見て、不敵に笑った。 「今日からお前を、このダンジョンの公式騎士兼、配信モデレーターに任命する。……住む場所は床でも天井でも好きにしろ」
「えっ……! 毎日、生でルルちゃんを拝めるんですか!? 私、今日からこの城の住人になります!」
こうして、魔王城には「完璧な秘書」と「狂信的な騎士」という、二大巨頭が揃うこととなった。
その頃、遠く離れた王都。 エルナが持ち出した秘宝の輝きを配信画面越しに確認した勇者パーティーのリーダーが、不快そうに舌打ちをした。 「……見つけたぞ、裏切り者のエルナ。我々の秘宝、返してもらおうか……」




