第7話:完璧な秘書の「不完全な休日」
「——ヴェロニカ。お前、今日から三日間、全業務を停止しろ。これは『プロデューサー命令』だ」
九条が端末から目を離さずに告げると、ヴェロニカは手に持っていたスケジュール帳をピシャリと閉じた。
「……九条様。私の辞書に『停止』という言葉はありません。ルル様の食餌管理、ダンジョン内の魔力循環の最適化、そして配信データの分析……これらを誰がやるというのですか?」
「オレ様がやるぞ! ヴェロニカ、いつもオレ様の世話で大変そうだからな!」
横からルルが、鼻の穴を膨らませて身を乗り出した。その頭には、なぜかヴェロニカの予備の眼鏡がずり落ちそうな角度で乗っている。
「……ルル様。お気持ちは嬉しいですが、昨日もイチゴのヘタを詰まらせて掃除機(魔導機)を壊したのはどなたでしたか?」
「うっ……。そ、それは、掃除機がオレ様のイチゴを盗もうとしたからで……」
結局、九条の「休んでいる姿も最高のコンテンツになる」という、なかば強引な理屈により、ヴェロニカの「強制休日」が始まった。
午後。魔王城の中庭。 最高級の寝椅子に腰掛け、無理やり読書をさせられているヴェロニカだったが、その指先は数秒おきにピクピクと動いていた。
「……九条様。あちらでルル様が、花壇の土を『発掘調査』と称して口に入れています。……あ、今、飲み込みました」
「放っておけ。それも経験だ。……ほら、ヴェロニカ。お前は今、休んでいる『画』として完璧だ。もっと肩の力を抜け」
九条は遠くからカメラを構え、美しい庭園と、そこで優雅にくつろぐ(ように見える)美女のコントラストを記録している。しかし、当のヴェロニカにとっては、ルルの行動すべてが「不純物」に見えて仕方がなかった。
「ヴェロニカ! 見てろよ、オレ様がとっておきの『おもてなし』をしてやるぞ!」
ルルがトコトコと駆け寄り、ヴェロニカに一枚の羊皮紙を差し出した。そこには、ルルの短い指で一生懸命に書かれた、歪な文字の羅列があった。
「……これは? 『べろにか、ごほうび、けん』?」
「そうだ! オレ様が肩を叩いてやったり、イチゴを半分分けてやったりする券だぞ! 九条に教わって作ったんだ!」
ヴェロニカは、その拙い「手書きチケット」を見つめたまま、数秒間フリーズした。 完璧なスケジュール管理、徹底した効率化、それらがすべて、この小さな紙切れ一枚によって「無効化」された瞬間だった。
「……ルル様。この券の有効期限は?」
「えーっと……オレ様が寝るまで!」
「承知いたしました。では……今すぐ、肩を叩いていただけますか。……少し、凝っているようですので」
ヴェロニカが少しだけ椅子を低くすると、ルルは「まかせとけ!」と張り切り、ヴェロニカの背中にしがみついた。 ペチペチ、と二頭身の小さな手が、ヴェロニカの背中を叩く。マッサージというよりは、ただの「戯れ」に近かったが、ヴェロニカの眼鏡が少しだけ曇った。
その様子を、九条は逃さず配信に乗せていた。
【秘書さんの肩を叩くルルちゃん……尊死する……】 【ヴェロニカさんの表情が、今までにないくらい柔らかい……!】
コメント欄の最前線には、もちろんエルナがいた。 『……ヴェロニカさん、お疲れ様です。ルルちゃんの愛を、独占しちゃってください……!(血涙)』
結局、ヴェロニカの膝の上でルルが先に力尽き、小さな寝息を立て始めた。 ヴェロニカは結局、最後まで「休日」の過ごし方がわからなかったが、自分の腕の中で丸まっている小さな重みを感じながら、静かに目を閉じた。
「九条様。……明日からは、業務を倍にします。この『充電』の分、徹底的に働かせていただきますので」
「……フン。好きにしろ。今の画は、100年先までアーカイブに残してやる」
夕暮れの魔王城に、穏やかな時間が流れていた。




