第6話:純度100%の聖域(サンクチュアリ)
「——九条様。バルカスのあのような低俗な妨害、予測の範疇内です」
公式バトル『魔王祭』当日。会場はバルカスが放った禁じ手の広域魔術『汚濁の霧』に包まれていた。 視界は最悪。配信映像は砂嵐のようなノイズにまみれ、会場の観客からは「何も見えないぞ!」「金返せ!」と罵声が飛び交う。バルカスの支持率が「恐怖」によって強引に引き上げられる中、ヴェロニカは冷静に魔導帳を弾いた。
「ルル様、右へ三歩。マントの裾を五センチ引き上げてください」 「えっ!? あ、こうか?」
ヴェロニカの指示通り、ルルが短い足を必死に動かす。その瞬間、霧の向こうから放たれたバルカスの魔力弾が、ルルの髪一筋をかすめて背後の岩を粉砕した。
「な……!? なぜオレ様の攻撃が見える!」 「貴方の攻撃パターンは過去100戦のデータを解析済みです。それに九条様、ノイズ対策の魔導ドローンを全方位に展開。霧の中でも『ルル様の尊さ』は1ピクセルも損なわれません」
九条が不敵に笑い、端末のシャッターを切る。 「上出来だヴェロニカ。……霧の中に差し込むわずかな逆光。泥にまみれながらも、必死に胸を張るルルの影。完璧な『孤独な王』の構図だ。これを全世界に高画質で叩き込め」
一方、暗い自室で端末を握りしめていたエルナは、震える手で画面を凝視していた。 ノイズの向こう、泥に足を取られながらも、九条との約束を守ろうと必死に「魔王の立ち振る舞い」を続けようとするルルの姿。
「……ルルちゃんが、笑ってない」
かつて勇者に裏切られた自分の孤独を、ルルの小さな背中に重ねる。 「もう、あんな悲しい顔は見たくない……っ!」
エルナは、ヴェロニカが事前に配信画面に仕込んでいた『特殊応援コマンド』を、完璧なタイミングで入力した。彼女が送り込んだのは、かつて命懸けで手に入れた伝説の魔力触媒『女神の涙』。
『ルルちゃん! 私が見てるよ! 汚れたって、ルルちゃんは世界一の魔王様だよ!!』
エルナの支援をトリガーに、世界中のファンからのギフトが『光の奔流』となって会場に降り注ぐ。ヴェロニカのドローンがその光を集約し、ルルの背後に巨大な、光り輝く後輪を作り出した。
「な、なんだこの光はぁぁ!?」
バルカスが光に焼かれ、戦意を喪失する。 霧が晴れたステージに現れたのは、泥だらけなのに誰よりも神々しく微笑むルルの姿だった。
「……おじさん。雨、止んだぞ! 一緒にイチゴ食べようぜ!」
その圧倒的な「尊さ」の前に、会場の支持率はカウンターストップを記録した。
「……よし、カットだ。歴史に刻まれる最高の画が撮れたぞ」
九条が端末を閉じると、それまで『威厳ある王』を演じていたルルは、一気にただのちびっこに戻った。
「クジョー! ヴェロニカ! 見たか、今のオレ様! かっこよかっただろ!」
トコトコと駆け寄ってこようとしたルルだったが、足元の泥に滑って、そのまま九条のブーツに向かってダイブした。
「むぎゅうっ……!」
九条はため息をつきながら、ルルの首根っこをひょいと持ち上げた。 「最後で画を壊すなと言っただろう。……まあ、今の『滑り』も、隙だらけの造形美としては悪くないが」
「もう、落とすなよ! ……えへへ、でも、みんながオレ様の名前を呼んでたぞ。あれ、すっごくポカポカした!」
吊り下げられたまま、ルルは満足げに短い足をぶらぶらさせて笑う。 そこへ、ヴェロニカが最高級のふかふかタオルを手に、音もなく歩み寄った。
「ルル様、お疲れ様でした。九条様、見てください。この、タオルに包まれて鼻だけ出しているルル様のシルエット。不純物、ゼロですね」
画面の隅、ギフトランキング1位には、誇らしげに『エルナ』の名前が刻まれていた。




