第9話:【業務提携】秘書と騎士の「尊さ」防衛線
エルナが魔王城の別館に住み着いてから、一週間。 魔王城の朝は、かつてないほどの緊迫感に包まれていた。
「エルナ様。ルル様の起床後、まず行うべきは『毛並みのブラッシング』です。貴女のように、いきなり抱きついて頬ずりをするのは、被写体への暴力に等しい」
ヴェロニカが眼鏡の端を指で上げ、冷徹に告げる。対するエルナは、ルルの寝顔を拝みながら拝むような姿勢で反論した。
「ヴェロニカさん、分かってませんね……。寝起きのルルちゃんの、あの『ちょっと寝ぼけて自分の足を枕と間違えて噛んでる姿』こそが、全宇宙が求める究極の非日常なんです。ブラッシングで整えるなんて、天然記念物にペンキを塗るようなものですよ!」
二人の背後で、九条が黙々とカメラを回す。 「……フン。理論派の秘書と、感覚派の狂信者。この対立軸が、ルルの『無防備さ』をより際立たせる。いい画だ」
「クジョー、おはよー! ヴェロニカ、おなかすいたぞ! エルナ、今日もピカピカしてるな!」
ようやく起きてきたルルが、パジャマのボタンを掛け違えたままトコトコと歩いてくる。 その瞬間、ヴェロニカとエルナが同時に動いた。
「ルル様、ボタンが。……不純物を即座に修正します」 「待って! その掛け違えたボタンから覗く『お腹の丸み』こそが救済なんです! 修正は許可しません!」
「「…………っ!」」
火花を散らす二人。ルルは首を傾げながら、テーブルの上のイチゴに手を伸ばす。 「よくわかんないけど、今日も仲良しだな!」
そんな中、エルナの「モデレーター」としての本能が動いた。 「……あ、不純物検知。九条さん、配信のコメント欄に『バルカスの残党』と『勇者教会の偵察員』が紛れ込んでます」
エルナの瞳が、一瞬で元・勇者パーティーのエースのそれに切り替わる。彼女はルルの頭を優しく撫でながら、手元の魔導端末を音速で操作した。
「ルルちゃんへの誹謗中傷、および城の位置情報の特定試行を確認。……全員、物理的に回線を焼き切って(聖魔術で逆探知して)おきました。私のルルちゃんに、指一本、ピクセル一つ触れさせない……」
「……仕事(排除)が早いな、エルナ」 九条も思わず感心する手際だ。
ヴェロニカは、ルルの口元をタオルで丁寧に拭きながら、小さく溜息をついた。 「……認めざるを得ませんね。貴女の『狂気』は、実務において非常に効率的です」
「ふふ、ヴェロニカさんの『完璧なスケジュール管理』があってこそですよ。……あ、ルルちゃん! 今のイチゴの食べ方、最高に可愛かったです! もう一回、もう一回だけ……!」
平和(?)な日常の裏で、着実に強固になっていく魔王城の防衛網。 しかし、そんな彼女たちの働きをあざ笑うかのように、九条の端末に「不吉な通知」が届く。
それは、エルナがルルに託した秘宝『聖域の琥珀』の反応を追って、隣国の聖騎士団が動き出したという報せだった。
「……不純物の大掃除が必要になりそうだな」 九条はレンズを磨きながら、静かに、しかし愉悦を込めて呟いた。




