第10話:【不純な正義】騎士の涙と魔王のパン
「——私は、脚本を壊した出来損ないなんです」
夜の謁見の間。ルルから差し出された蒸しパンを握りしめたまま、エルナは消え入りそうな声で告白を始めた。
かつて、エルナが所属していた勇者パーティー。彼らにとって、魔王討伐は「民衆を熱狂させるためのエンターテインメント」に過ぎなかった。 ある時、勇者はより劇的な「大逆転劇」を演出するため、ある村を見捨て、魔獣に襲わせるという計画を立てた。村が半壊した絶望的な瞬間に颯爽と現れる。それが彼らの描いた『最強の画』だった。
しかし、エルナだけはそれを許せなかった。 「……私は、独断で村人を避難させました。あいつらがカメラ(魔導録画石)を回し始める前に、魔獣を全部倒してしまったんです」
結果、村は救われた。だが、勇者は激怒した。 『エルナ、お前の勝手な正義はノイズだ。民衆が求めているのは、お前の地味な善行じゃない。我々の完璧な救世主伝説なんだよ』
脚本を汚した「不純物」として、エルナは裏切り者の汚名を着せられ、追放されたのだ。
「……だから、私は勇者失格なんです。九条さんの言う通り、私は最高の画を壊すノイズなんです……っ」
顔を伏せ、肩を震わせるエルナ。その横で、九条は冷めた目で壊れたカメラのレンズを磨いていた。
「……フン。勘違いするな」
九条の声が、静かに響く。 「俺が嫌うノイズとは、被写体の魅力を削ぐ余計な要素のことだ。……脚本通りにしか動けない役者。嘘で塗り固めた安い演出。そんなものは、造形物としてゴミ以下だ。……エルナ、お前が救った村人の笑顔に、嘘はあったか?」
「え……?」
「嘘がないなら、それは最高の『素材』だ。俺なら、その泥臭い善行すらもルルの魅力を引き立てる背景として使いこなしてみせる」
すると、ルルがエルナの膝の上にトコトコと乗り、エルナの口に強引にパンを押し込んだ。
「もぐもぐしろ、エルナ! 脚本ってのがなんだか知らないけど、おねーちゃんが助けた村の奴らは、みんな笑ってたんだろ? だったらそれが『大正解』だぞ!」
ルルは、お菓子の缶の中から例の秘宝『聖域の琥珀』を取り出し、エルナの手に握らせた。 「ほら、これもおねーちゃんが勇気をだした『ごほうび』だ! 石ころだって、今はこんなにキラキラしてるぞ!」
エルナが目を見開く。呪いの力を秘めているはずの琥珀が、ルルの魔力に当てられたせいか、今はただの温かく美しい光を放っていた。
「……ああ、そうか。私は、ただ、誰かに笑って欲しかったんだ……」
ルルの無自覚な肯定に、エルナの心にこびりついていた「罪悪感」という不純物が、涙と共に溶け出していく。
しかし、その温かな時間を切り裂くように、ヴェロニカが鋭い声を出した。
「——九条様。不純物の接近を確認。境界線上に、王都聖騎士団の旗。……そして、エルナ様を追放した『勇者』本人の魔力反応です」
「……来たか。脚本を書き換えた不届き者を、回収しに来たというわけだ」
九条は立ち上がり、銀色の端末を構えた。 「ルル、準備はいいか。……不純な『嘘の正義』を、本物の『尊さ』で上書きしてやる」
「おう! オレ様の家来をいじめる奴は、全員おしりぺんぺんだぞ!」




