『お手伝いジョーキさん』
錦江湾の風が吹き抜ける磯の地に、レンガ造りの建物『集成館』が完成した。
鍛冶、硝子、製鉄、薬学を集約した我が藩の拠点だ。
俺は職人たちの更なる技術向上のため、スキル『等価万有工房』で呼び出した簡単な機械構造の設計図。見本として「精密なネジ(ボルト&ナット)」や「密閉シリンダー」を渡しておいた。
その際、従来の『寸・分』を廃し、世界標準である『ミリ(メートル法)』という単位を全員の共通認識として徹底的に叩き込んだ。
「一ミリの百分の一の狂いも許さぬ」という共通の尺度(規格)があってこそ、精密なパーツの互換性が生まれるからだ。
『見本と図面を元にミリ単位の精度を学び、精進せよ』——それが俺の意図だった。
だが俺は正直なところ、蒸気機関車や蒸気船を作るに至るはまだ暫く先のことと思っていた……薩摩の職人たちの「技術への情熱」をなめていたのだ。
「お館様! お教えいただいた図面と異国の部品を元に、職人一丸となって『お手伝いジョーキさん』を作り上げましたぞ!」
集成館の視察に訪れた俺と西郷たちを、職人たちがニヤニヤと不敵な笑みで迎え入れた。工房の中央に置かれていたのは、なんと人間とほぼ同じ大きさの「等身大のからくり人形」だった。
「新たに教わった『蒸気の理』我が国伝来の『からくり』そして殿に教わった『ミリ』の精度で削り出したネジとシリンダーを組み合わせてみました! 殿を驚かせるための『大人の遊び』にございます!」
職人が合図を出すと、等身大の人形の背中に組み込まれた真鍮製のボイラーに火がくべられた。
お湯が沸騰し——シューッ! カチカチカチ……ガタゴト!
蒸気機関のピストン運動が、精密なギアとネジを介して全身に動力を伝える。
そのまま等身大の人形は、重厚な音を立てながら滑らかに畳の上を歩き出し、俺の目の前でぴたりと停止すると、深々と頭を下げてトレイに乗ったお茶を差し出してきたのだ!
「お館様、どうぞお召し上がりくだされ! 蒸気仕掛けの『お手伝いジョーキさん』が運んだ茶にございます!」
隣では西郷たちが「火と水で人形が動いたぞ!?」と慄き騒いでいる。
俺自身、何食わぬ顔で差し出された茶碗を取りつつも内心絶句していた。
(からくり人形の駆動部を、完全密閉シリンダーの『蒸気エンジン』に置き換えただと……!? 見本と図面を渡しただけで、伝統工芸と最新工学を勝手に融合させて等身大の蒸気ロボットを作り上げやがった!!)
「……見事だ」
俺の言葉に「やったぞー!」「殿に褒められた!」と手を打ち鳴らして大はしゃぎする職人たち。
彼らにとっては純粋な「お遊び」の試作品なのだろう。だが、俺の頭の中では雷が落ちたような衝撃が走っていた。
(作れる……! 密閉シリンダーと精密ネジを自前で製造し、蒸気ピストンで動力を伝える技術が完成しているなら……蒸気機関車も、蒸気船も、今すぐに作れるぞ!!)
まだまだ先の話だと思っていた「日本の産業革命」が、職人たちの圧倒的な成長によって数年単位で前倒しされたのだ。
「機は熟したな」
「へ?」
ぽかんとする職人たちに、俺はニヤリと不敵な笑みを向けた。
「急いで紙と墨を持て! 私の頭の中にある『蒸気機関車』と『蒸気船』の構造をすべて叩き込んでやる!」
そこからの俺は、まさに憑依されたかのようだった。
運ばれてきた大きな紙を床一面に広げるやいなや、小筆を握り締め、凄まじい筆致で線を走らせていく。ボイラーの内部構造、ピストンの連動機構、蒸気機関車の車輪を動かすクランク軸、そして蒸気船の外輪とスクリュー——現代日本の記憶に刻まれた緻密な機械構造が、黒々とした墨線となって怒涛の勢いで描かれていく。
シュッシュッ、と紙を走る猛烈な筆音だけが工房に響き渡る。
あまりの速さと見たこともない精巧な図面に、西郷は口を開けて固まり、職人たちも息を殺して息をのむばかりだ。
一刻も無駄にすまいと息もつかずに書き殴るその背中を、一同はただただ息をのんで見つめるのだった。




