災厄を越える報連相
越前福井城、藩主の執務室
静かな雨音が城下に響く朝、福井藩主・松平春嶽は文机に向かい、側近たちと今期の藩財政や年貢の書類を前に意見を交わしていた。
「……うむ、この足羽川の改修予算については概ね良し。あとは——」
春嶽が筆を走らせかけたその時、部屋の隅に据え付けられた木枠の端末『遠視電信』から、甲高い警告音が響き渡り、鏡面が青白く発光した。
突発の緊急割り込み通信だ。
側近の一人が弾かれたように立ち上がり、素早く端末の前へ駆け寄って回線を接続する。わずかな駆動音とともに、江戸城の幕府情報統制部の担当者の姿と声が、映し出された。
『越前局、聞こえますか! 幕府情報統制部より、近隣藩の緊急被害速報です!』
画面の向こうで幕府の役人が緊迫した面持ちで叫ぶ。側近はすぐさま身を乗り出した。
「こちら越前局、状況を知らせてくだされ!」
『東隣の美濃大垣藩にて、本日未明から集中豪雨が発生! 揖斐川が氾濫し、城下の一部が浸水。大規模な土砂崩れも起きております! 雨雲は現在、猛烈な勢いで貴藩の方向へ移動中!』
「何と、美濃が……!情報感謝いたします!」
側近は応答を終えると、すぐさま春嶽へ向かって叫ぶように報告をつなぐ。
「上様! 美濃にて集中豪雨による大氾濫が発生いたしました! 雨雲はこちらへ向かっております!」
春嶽は筆を置き、鋭い眼光で格子窓の外を見やった。福井城下でも、つい先ほどからぽつぽつと重い雨が降り始めていた。
今までは隣藩で何が起きようと知る由はなく、手遅れのまま同じ災厄に呑み込まれるのが常だった。
だが幕府から下賜された通信端末の配備により、情報の早期共有と迅速な先手が可能となった。
「……美濃を呑んだ雨雲が、山を越えてこの福井へ向かっている。時間がない! 即座に足羽川・九頭竜川沿いの治水工事を中断させ、作業員と沿岸住民を高台へ退避させよ! 同時に遊水地の水門を開放し、磁気排水ポンプの予備電源を入れろ!」
「ははっ! 美濃の報告を無駄にはいたしません。直ちに防災局へ指示を飛ばします!」
茜色の夕闇がゆっくりと城下を包み込む頃。
地面を猛烈に打ちつけていた大雨は上がり、薄暗い雲の切れ間からは夕映えのやわらかな光が差し込んでいた。
『遠視電信』の鏡面には、福井藩の防災局および足羽川沿いの陣屋の現場指揮官たちが映し出されている。
『上様! 早期退避指示により、治水工事の作業員および沿岸住民は全員高台への避難を完了! 人的被害、皆無にございます!』
『磁気排水ポンプ、全力で稼働! 水門の開放により遊水地へ濁流が正しく流入。城下への氾濫は完全に食い止められました!』
次々と飛び込む吉報に、執務室内の側近たちから「おお……!」と小さく歓声が上がった。
かつてなら城下を呑み込み、多くの命と田畑を奪い去っていたはずの絶望的な大洪水。それが幕府からの即座の報せ、そして現場の迅速な連携によって食い止められたのだ。
「よくやった。現場の者たちに労いの言葉を伝えよ」
春嶽は深く息を吐き、ようやく肩の力を抜いた。
陸奥会津藩、農政統括の陣屋
冷たい風が山々を吹き抜ける中、藩主・松平容保と農政奉行たちは、木枠の端末『遠視電信』を取り囲んでいた。
「『斉彬印』の原種が全国一斉に下賜されてから二か月。我が藩での生育状況はどうなっている?」
容保が問うと、農政奉行が身を乗り出して手元の記録用紙を開いた。
「はっ! 会津の厳しい冷え込みにもかかわらず、『斉彬印の耐寒芋』と『耐乾米』の活着率は九割を超えております! 従来の種子が半滅した寒波を、見事に耐え抜きました」
「そうか……! 斉彬公の生み出した原種の力、実に見事だ」
「はい。ですが上様、ただ耐えただけではございません。我が藩の技術陣が、会津特有の盆地気候に合わせて灰汁を混ぜた独自の温床土を試しましたところ、根の発育がさらに二割促進されました!」
「何、会津独自の工夫でさらに伸びたか!」
容保の目が輝いたその時、端末の印字装置がカタカタカタ……と小さな放電音を立てて作動し始めた。江戸の幕府情報統制部を経由して、全国各地で「斉彬印」を同時に育てている他藩からの最新報告がで吐き出されていく。
「他藩の情報が届きました! ……ほう、これは!」
側近が印字された用紙を素早く読み上げる。
「出羽米沢藩からは霜除けに燻煙を焚く際、特定の木炭粉を撒くことで葉の病気が激減したとの報告! 越後長岡藩からは雪解け水の珪素濃度に応じた水管理の手順が届いております!」
「なんと……! 我らと同じ『斉彬印』ながら、それぞれの土地の知恵を絞り、日々性能を高めているのだな」
「左様でございます! 幕府の統制部を通じて、我が藩の温床土の工夫も全国へ共有されております。我が藩の知恵が東北全体の飢饉を救い、他藩の工夫が我が藩の収穫量をさらに押し上げる……!」
容保は吐き出された情報用紙を指でなぞり、深い感嘆の吐息を漏らした。
「素晴らしいな……。ただ指示に従って育てるのではなく全国の藩が競い合い、工夫を重ね、その知見を持ち寄る」
「はっ! 試行錯誤の無駄が一切ございません。米沢や長岡の工夫を直ちに我が藩の圃場にも取り入れ、さらなる改善案を目指します!」
「頼むぞ。この全国の知恵の結集があれば、もはや天災や冷害に怯える必要はなくなる。次の冬、民を誰一人として飢えさせぬぞ!」
容保は力強く頷き、感謝を込めた眼差しで端末を見つめた。
お読みいただきありがとうございました
恥ずかしながらお願いがありまして
作者の他の小説↓
『異世界転移したら、地球を所有してました。その裏で、地球では大騒動が始まっていた。』
これが悲しいほど伸びなくてですね(泣)
確かに読んですぐ面白い!!ではないスロースタートなのですが、44話くらいからとてもとても面白くなるのです
少々?長いですが、そこまでは薄目で流し見ていただいて(汗)すみません
仕方ねーな、読んでやるよという方 どうか、お願いしますm(__)m
※追記、読んでいただき誠にありがとうございます




