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島津斉彬に成り代わった歴史オタク〜余命7年でペリーを返り討ちにする爆速近代化計画発動中〜  作者: りどみ


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肩の温もり


江戸の薩摩藩邸


その廊下や台所、詰所の壁には、誰の目にも留まるような巨大な瓦版風の張り紙が、幾枚も貼り出されていた。


そこには、斉彬の命によって平仮名混じりの大きな文字と分かりやすい絵で、誰もが守るべき「理」が箇条書きで示されている。



【疫病退散・身体清潔の掟】


一、外より戻りし時は、必ず水と石鹸にて手を洗う


一、不浄の後も、同様に


一、飲む水は、一度沸騰させてから口にする


一、病人の着物・道具は湯にて煮洗い、日によく干す


一、時折部屋の窓を開け、風を通す



屋敷を行き交う下女や足軽たちも、毎日この大きな張り紙を目にし、自ずと実行するようになっていた。


史実では、島津斉彬の子供たちは麻疹や痘瘡、原因不明の疫病によって、皆ことごとく幼少期に早逝する。斉彬が息子たちを相次いで失った悪夢のような記憶が過ぎる。


だが、この壁いっぱいの張り紙と、奥を仕切る妻の手によって、幼い哲丸は幾度もの危機を退け、今もこうして息をしていた。


「……哲丸、お水をお飲み。煮沸かして冷ました、美味しいお水ですよ」


薄い障子一枚を隔てた奥から、穏やかな妻の声が聞こえてくる。


「……ケホッ、……はぁ……母上……」


「ええ、よくがんばりましたね。もう大丈夫ですよ。父上が下さった理が、あなたを守ってくださいますからね……」


背中をさする擦れる音と、愛おしそうに我が子を呼ぶ声。

何度も我が子を死送ってきた妻が、我が子の温もりに感謝し、慈しむ声だった。


(生きてくれた。それだけで感謝せねばならん……だが)


障子の向こうの母子の会話を胸に、斉彬は静かに目を閉じ歩き出す。


命こそ繋ぎ止めたものの、息子の心身は人一倍繊細でか弱かった。過酷な跡取り教育に身を置けば、あっという間に命の灯火は消えてしまうだろう。

















数日後、斉彬は弟の島津久光、そしてその長男である甥の茂久(後の忠義)を自室に呼び寄せていた。


重苦しい部屋の中で、斉彬は控える二人を見据え静かに切り出した。


「——久光、そして茂久。面を上げよ。折り入って頼みがある」


「ハッ……何なりとお命じください」


久光が静かに頭を上げた。その隣で若き茂久も緊張した面持ちで叔父である斉彬を見つめた。


「知っての通り、ワシは日ノ本公儀技術総括の座に就いておる。横須賀をはじめ全国の産業と技術を牽引し、幕府の中枢で指揮を執る身だ」


斉彬は静かに、しかし断固とした口調で言葉を重ねた。


「ワシは当面、公儀の指揮で江戸や横須賀を離れられん。かといって、薩摩の国元を長々と空席にしておくわけにもいかぬ」


斉彬の言葉に、久光と茂久は顔を見合わせた。斉彬は二人から視線をそらさず、静かに続ける。


「それにな。息子の哲丸は命こそ繋ぎ止めたが、心身ともに藩主という重荷に耐えられる体ではない。あやつには好きな芸術を修めさせ、静かに生きさせたい。……これは、一人の父親としてのワシの我儘でもある」


「あ、兄上……」


弟の驚く顔を見ながら、斉彬の脳裏を数日前の妻とのやり取りが過ぎる。





『哲丸を薩摩藩主の跡取りから外そうと思う……冷遇ではない。あの子を重圧から解き放ち、穏やかに長生きさせるための決断だ』


切り出した斉彬に対し、妻は一瞬だけ我が子の将来を想う母としての複雑な陰りを瞳に宿した。だが、何人もの我が子を失ってきた母親としての切実な祈りが、それを上回った。


『……分かりました、殿。哲丸が生きて……ただ生きていてくれさえすれば、私にはそれだけで十分でございます』


我が子が命を散らさずに済むかもしれないという想い。複雑に入り混じった妻の涙ぐむ顔を思い出し、斉彬の心も固まった。





「そこでだ。久光、薩摩の家督はお前に、そしてゆくゆくは茂久へ譲りたい。国元は任せる」


「っ……!?」


久光だけでなく若き茂久も息をのんだ。

固まる二人に対し、斉彬はどこか愉しげに目を細めた。


「たがな、藩主となったからとて安穏としておれると思うなよ。時代はもう待ってはくれん。死に物狂いで、この激動の時代と渡り合うしかないのだ」


斉彬は静かに腰を浮かせると、二人の前まで歩み寄った。

そして、久光と茂久——それぞれの肩へ手を置いた。


長年苦労を分かち合ってきた弟と、薩摩の未来を担う若い甥。斉彬は二人を交互に見つめ、静かに、しかし腹の底に響く声で一言だけ残した。


「——遅れるなよ。ワシはもう、先へ行く」


手を離した斉彬は振り返ることもなく、そのまま悠然と部屋を去っていった。


カタ、と静かに障子が閉まる。

残された久光と茂久は肩に残る確かな温もりに、開いた口が塞がらぬまま、ただただ呆然と顔を見合わせるのだった。


読んでいただきありがとうございます


作者の別作品です↓

『異世界転移したら、地球を所有してました。その裏で、地球では大騒動が始まっていた。』

※5話までは、ふーんこういう世界観ねと流し見てもらって19話くらいからタイトルに沿ってきます

今現在は作中の掲示板が大盛り上がりです

読んでくれると嬉しいです

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― 新着の感想 ―
主人公の手腕によってどんどん技術レベルが上がっていき、ついにはペリー相手にも優位に立ち回れた展開は凄くいいですね。テンポよく話が進んでいくのは、こういった物語ですよという分かりやすさがありますよね。 …
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