ペリーの希望
翌日。
小栗に促され、重厚な木枠扉をくぐり抜けたペリーたちは、その光景に息をのんだ。
『こちらが今後予定される、留学生たちの第一講堂、ならびに実習工房でございます』
広々とした講堂に整然と並ぶ木製の机、壁一面の巨大な黒板。
そこには、見たこともないほど複雑な幾何学の製図と、微分積分を用いた流体力学の数式が描かれている。
『ご覧ください。こちらが我が国で使われている基礎教材——最新機構学並びに機関製図です』
小栗が机の上に置かれた一冊の分厚い和洋折衷の書籍を開いて見せる。
上質な紙に極めて精緻な銅版画で印刷されていたのは、ボイラーの圧力計算、歯車の歯形曲線、金属の引張強度データが網羅された、圧倒的な情報量の専門書だった。
『な……ッ!? 蒸気圧の損失計算を、これほど精密に数式化しているというのか……!?』
側近の砲術長が、食い入るようにページをのぞき込む。
『ここではまず、この教材で徹底的に理論を叩き込みます。勘や経験だけに頼る職人を排し、誰もが同じ精度で設計・計算できるようにするためです』
さらに小栗は彼らを隣の敷地にある巨大な実践実習室へと案内した。
そこは激しい金属音と、蒸気機関とは明らかに異なる高音のモーター音が交錯する、整然とした巨大工房だった。
天井からは張り巡らされた配線を通じ、初期の電気照明が眩いばかりの純白の光を放ち、作業する手元を明るく照らしている。
作業服を着た若者たちが扱っているのは、電動ベルト駆動の大型高精度旋盤や精密測定器だった。
彼らは細心の注意を払い旋盤を操作し、鏡のように磨き上げられ旋盤加工された鋼鉄砲身や複気筒内燃機関のシリンダーを削り出している。
『この金属の削り出しの滑らかさは何だ……!?それになぜ黒煙が出ていない?』
ペリーは鼻をひくつかせ、周囲を見回した。
『電磁の力で刃を回す電気旋盤を使っておりますゆえ。石炭を燃やすボイラーも要らねば、黒煙も出ませぬ』
小栗は事もなげにそう言って微笑んだ。
石炭の黒煙で煤けるはずの工房内は清々しく、作業台の上には、1/100ミリ単位で管理されたノギスやマイクロメーターが整然と置かれていた。
『実技では、まず自分の手で100分の1ミリの誤差もない部品を作ることから始めます。アメリカからの留学生には、ここで我が国の若者と二人一組で組ませます』
小栗は組み立て作業中の卓を指した。
『こちらの学生が図面を引き、貴国の学生が旋盤で部品を削る。あるいはその逆です。互いに切磋琢磨しながら、標準化された規格に沿って組み立てる技術を身体に叩き込みます』
ペリーは、若い技師の手元をじっと見つめた。
彼らが何気なく削り出しているボルトや歯車一つですら、完全な互換性を持っていた。
(量産と規格化の概念が、我が国より何十年も先を行っている……!)
『そしてあちらが、完成した試作品の負荷試験を行う試射・計測場です』
小栗が重厚な防音壁の向こうを指す。
そこでは、若者たちが組み立てたばかりの機構に、圧力計や回転数計を取り付け、客観的な数値データとして限界値を記録していた。
感覚ではなく、数値とデータで製品の品質を保証しているのだ。
ある種の完成形を目の当たりにし、ペリーは背中に冷たい汗が流れるのを止められなかった。
『いかがでしょうか、ペリー提督。これが、我が幕府が想定している学びの場の全貌でございます』
小栗の静かな声に、ペリーはしばらく言葉を失っていたが、やがて深く、重く頷いた。
『……完璧だ。これほどの実戦的な現場を見せられては、ぐうの音も出ん。我が国の若者は、ここで自らの無知を知り、真の技術者として叩き直されることになるだろう』




