ペリーの謝恩
小栗は室内に漂う静かな覚悟を汲み取ったかのように、小さく笑みを浮かべた。
涼し気な柑橘類の冷やし菓子をそれぞれの前に配り、温かい茶を添えた。一礼し、ペリーの正面にある椅子へ静かに腰掛ける。
『どうぞ、お召し上がりください』
透き通ったギヤマンの器、つややかに輝く柑橘類が透明なジュレに包まれている。
ペリーたちは匙を取り、口に運ぶ。
つるんとした心地よい喉越しとともに、柑橘の甘酸っぱく爽やかな冷たさに、張り詰めていた脳の疲労が消えていく。
『……うまいな』
将校のひとりが漏らした呟きに、全員が静かに頷いた。
温かい茶で一息ついたペリーは、改めて正面に座る小栗に向き直った。
『小栗殿。まずは、貴国が見せてくれた圧倒的な技術力と、我々に対する誠実な歓待を心から感謝したい』
ペリーは一度言葉を切り、深く息を吐いた。
『……我々は、黒船の巨体と大砲の威圧をもってこの国を屈服させられると本気で信じていた。今となっては、それはあまりにも浅はかで、笑い話にもならないが』
ペリーは自嘲気味に口元を歪め、首を振った。
『だが悲しいことに本国の者たちは、私たちの言葉だけではこの現実を到底信じまい。それでは同じ過ちを犯すのは明らかだ。そこで、図々しいのは百も承知だが、彼らを一瞬で黙らせ、納得させられるだけの証の品を譲ってはいただけないだろうか。この国の技術力の凄まじさが、誰の目にも一目瞭然で理解できる品を』
小栗が静かに耳を傾けているのを確認し、ペリーはさらに身を乗り出して言葉を重ねた。
『そして許されるなら、我が国の若者たちを留学生として受け入れてほしい。彼らに貴国の技術と思想を学ばせてほしいのだ』
ペリーの真摯な申し出を聞き届けた小栗は、焦らすような真似はせず、深く頷いた。
『ペリー提督。貴方がたが心からそう仰っておられることは痛いほど伝わりました。……ですが、私は一介の目付格。留学生の受け入れや自国技術の供与といった国家の根幹に関わる事案を、私一人の裁量で決めるわけにはまいりません』
『……それでは』
落胆の表情を浮かべかけたペリーに対し、小栗は静かに立ち上がった。
応接室の脇に置かれた黒漆塗りの小さな台座へと歩み寄り、そこに鎮座していた手のひらほどの滑らかな漆黒の端末を取ると、再び席に戻り机へと置いた。
『ですので、これを用います。江戸城におられる幕府の最高責任者——老中首座・阿部伊勢守様に、裁量を仰ぎましょう』
小栗が机上の端末に指を滑らせると、部屋の壁面に薄青い光が走り豪華な一室と、そこに座す人物が浮かび上がった。
(な……ッ!? 江戸城のトップと、この場で直接話すというのか……!?)
先ほど見せられた技術が、実際に運用されている事に息を呑むペリー一行。
しかし、それ以上に彼らの意表を突いたのは、画面の向こうに現れた人物そのものだった。
「何事か、小栗」
画面の中に現れたのは威厳を纏いながらも、驚くほどに若い男だった。
(馬鹿な……!? これほどの国のトップがこんな若造だと……!?)
本国の老練な政治家たちを思い浮かべ、ペリーは背筋に冷や汗が流れるのを感じた。
小栗は一礼すると、ペリーからの申し出を簡潔に報告した。
全てを聞き終えた阿部はゆったりと頷くと、力強い流暢な英語で告げた。
『確かに、そなた達が覚悟を決めたところで、遠く離れた本国の者達が理を理解できねば意味はない。……良いだろう、その思いに応えようではないか』
阿部正弘はペリーの懸念を即座に理解し、何一つ出し惜しみすることなく決断を下した。
『当幕府は、アメリカからの留学生を受け入れよう。異国の脅威を排する最上の策は、武力でねじ伏せることではなく、理をもって共に学ぶことだ。我が国とともに未来を歩む意があるならば、喜んで門戸を開こう』
さらに阿部は、小栗に向かって堂々たる視線を送った。
『小栗よ、土産をペリー提督にお渡しせよ。我が国の技術力が一目で分かり、愚者が肝を冷やしつつも、我が国との友好に希望を持てる品をだ』
『ハッ。ただちに用意いたします』
『……ただただ感謝の言葉もございません。阿部閣下、ならびに日本国の寛大なる決断に、心より敬意を表します』
脇に置いていた軍帽を胸に抱え、ペリーは深く頭を下げた。将校たちもそれに続き、一斉に画面に向かって最敬礼を捧げた。




