ペリーの感銘
やがて磁気軌道車は滑らかに減速し、海岸沿いに佇む白亜の建造物の前で静かに停車した。
神妙な面持ちで地に足をつけたペリーたちは、小栗に導かれて建物内部に足を踏み入れた。
そこは壁一面に見たこともない計器や精密なガラス管が並ぶ空間だった。
部屋の中央には、壁に埋め込まれた鈍く光る小さな金属製の箱がある。
小栗は落ち着いた足取りでその正面まで歩むと、静かに振り返り、ペリーたちに向かって切り出した。
『さて、ペリー提督。昨日から手当てを受けている貴艦の乗組員の方々のご様子、知りたくありませんか?』
『……知る、とは?どういう意味だ?』
『これを使います』
小栗が小さなボタンを押すと、金属箱の表面が明るく光り、そこに日本の施設で手当てを受け、ベッドに休んでいる部下たちの姿がリアルタイムの映像として鮮明に映し出された。
『ひぃっ……!? 鏡の中に……うちの兵士たちが……!?』
副官が思わず腰を抜かして床にへたり込んだ。ペリーもまた、言葉を失って画面を凝視した。
その中では、リラックスした表情の部下たちが飲み物を手に、日本の軍医となごやかに言葉を交わしている様子が手に取るように分かる。
我が国では、モールス信号による有線電信の実用化が始まったばかりだ。最先端の技術だと誇っていたというのに、この国は「離れた場所の映像と声を届ける」という魔法のような事を実現している。
『これは遠視電信といいます。電波を用い、音声だけでなく視覚情報も即座に遠方へ届けます。……さあ提督、画面の向こうの方々に話しかけてみてください』
小栗が手元で何かしらの操作をする。
ペリーは震える声で画面の中の部下に呼びかけた。
『……こちらペリー。聞こえるか……?』
画面の中の兵士が驚いて跳ね起き、こちらに向かって叫び返してきた。
『て、提督!? なぜそのような箱の中におられるのですか!?』
一連の光景を目の当たりにし、将校たちは言葉を失い、ただ息を呑んで絶句するしかなかった。
衝撃冷めやらぬペリーたちは、再び港の広場へと戻ってきた。小栗が『どうぞ。あちらをご覧ください』と静かに沖合を示す。
そこには日本の巨大な黒船の姿があった。
陸の上から改めてその光景を目にしたペリーと将校たちは、息をのんだ。
沖を行く巨大な鉄の船体。
そこからは、黒煙はおろか白い蒸気すら一切上がっていない。まるで巨大な海の怪物のように、静寂を保ったまま、信じられない速さで海面を滑っていく。
『……信じられん』
将校の一人が呆然と呟いた、その時だった。
遥か沖合に浮かべられていた巨大な廃船に向かって、日本の黒船から筋状の光が走った。
一瞬にして標的艦は、眩い光の柱に包まれーー熱と衝撃の余波で海面が大きく爆ぜ、蒸気が立ち上がった。
『な……ッ!?』
ペリーの喉から、掠れた声が漏れた。
全員飛び出さんばかりに目を見開き、言葉を失って沖合の海原を凝視した。
『あれは一体!? 火薬も破裂音もなく、一瞬で標的を蒸発させた……!?』
『……もしあの船と戦うことになったら』
撃ち合うことすら許されない。
姿を認識した瞬間に、一方的に消滅させられる。
圧倒的な性能差が叩きつける冷酷な現実を前に、将校たちの額に冷や汗が吹き出していた。
ペリーは帽子を深くかぶり直し、静かに息を吐いた。
『……小栗殿。我が国が貴国に突きつけていたのは、赤子の玩具に過ぎなかったのだな』
小栗は威張るでもなく、静かに告げた。
『技術とは、他国を威圧するためのものではなく、民を豊かにし、無駄な争いを避けるためのもの。そう私は思います』
その言葉は、ペリーの胸に強く刺さった。
武力でも、技術でも、そして思想の深さでも、自分たちは完全に敗北していたのだ。
だが、ペリーの胸を満たしていたのは屈辱ではなかった。
それは、この圧倒的な力を持つ国が、武力ではなく対話と友好を選んでくれたことに対する深い感銘であった。




