ペリーの恐慌
海の底から響くような地鳴りが、サスケハナ号の船体を激しく揺さぶる。
ペリーが慌てて望遠鏡を向けた先——霧の奥から現れたのは、サスケハナ号を遥かに凌駕する漆黒の巨大軍艦であった。
しかも、その巨躯が信じがたい速度で、一直線にサスケハナ号の側腹へと突き進んでくるのだ。黒煙など一切出さず、研ぎ澄まされた鋼鉄の船首が海面を鋭く切り裂いていく。
『ひ……ひぃッ!? ぶつける気か!!?激突するぞーッ!!』
ペリーは望遠鏡を取り落とし、なりふり構わず甲板に這いつくばった。将校たちも悲鳴を上げ、頭を抱えて平伏する。だが——
——キイィィィィン……!!
耳を刺す高音の制動音が響いた瞬間、激突直前の位置で、その巨大な船体は寸分の狂いもなくピタリと停止してみせた。
巨艦が起こした大波がサスケハナ号を激しく揺らすが、衝突は一切ない。
わずか数メートルの至近距離。サスケハナ号の視界を完全に塞ぐように、その「漆黒の壁」が真横に鎮座していた。
『は……!? 脅かしおって……砲撃準備! 砲手、この目障りなデカブツの横っ腹を撃ち抜け!!』
ペリーが怒号を上げ、砲手たちが導火線へ火をつけようと大砲へ群がりかけた——その刹那であった。
——バチチチチチッ!!!!
甲高い電撃の破裂音が響き渡る。
「ガァッ!?」
「ギャ!?」
大砲に取り付こうとしたアメリカ兵たちが、まるで目に見えない巨人に殴り倒されたかのように激しく痙攣し、白目を剥いて甲板へ崩れ落ちた。
血も流れず、銃声もせず、目に見える弾丸も飛んでこない。
ただ激しいショック音とともに、屈強な兵士たちが一瞬で全身の自由を奪われ、倒れていくのだ。
『な……なんだ!? 一体何が起きた……!?』
何が起きたのか理解できず、ペリーは狂ったように周囲を見回した。
その機を逃さず、電光石火の疾さで巨艦から渡された鋼鉄タラップから、サスケハナ号の甲板へとなだれ込んできたのは、洗練された暗紺色の軍服に身を包んだ、数百名の日本兵たち。
その手に握られているのは、異形の内火器(電気銃)であった。
「砲撃阻止、完了。……甲板全体を制圧せよ」
冷徹な号令とともに、日本兵たちが手際よく銃口を向ける。
バチッ!バチチッ!
引き金が引かれるたび、見えない衝撃に撃ち抜かれた将校や操舵手たちが、悲鳴を上げ次々と膝から崩れ落ちていく。
銃弾のような破壊痕もなく、何かが突き刺さる様子もない。ただ音とともに、触れてもいない兵士たちがバタバタと倒れていく異様な光景。
わずか十数秒。大砲の火縄を持つ手どころか、指一本動かせるアメリカ兵はペリー以外、誰一人としていなくなった。
同時進行で、巨艦の舷側から降りた特殊なアームが、下方の小舟を丸ごと固定する。乗っていた五名の役人と水夫は乱れた動作一つなくタラップを駆け上がり、まるで吸い込まれるように巨大軍艦へと回収されていった。
『……な……バカな……! 何も飛んできておらんのに……なぜ倒れる……!?』
見えざる脅威の前に言葉を失い、ガタガタと震えるペリー。
その刹那、サスケハナ号の甲板を制圧した日本兵の列が、すっと左右に割れる。
中央から歩み出てきたのは、先ほどまで小舟に乗っていたあの若い役人であった。
彼は冷や汗を流すペリーの目と鼻の先まで歩み寄ると、見下ろすのでも見上げられるのでもない、完全に「対等の視線」でペリーを射抜き、冷ややかに微笑んだ。
『——お待たせいたしました、ペリー提督。ご覧の通り、我が国の警備体制および防衛措置は完了いたしました』
洗練された完璧な英語が、静まり返った甲板に響く。
『無用な流血はお互い望むところではないでしょう。……足元にお気をつけて、我が国の旗艦へお越しください。
対話をはじめましょう』




