第八話
「どなたにも、あんな風に気さくに接して懐に入る方なのかと」
「それは無い、絶対に。嫌いな相手にはニコリともしないし、名前も覚えないくらいです」
そんなに、あからさまに? と思うが、ジュリアン様が心にも無いお世辞を言ったり、愛想笑いをしたりする方が変な感じがする。まだお会いしたばかりだけれど。
まるで猫のようだ。ごく一部の気に入った人間にしか愛想良くしないところも、その好き勝手な態度を周りが許容してしまうほど、美しくて憎めないところも。
「下心は無いと思います。あいつには妹がいるので、多分フィーネさんを妹と重ねて……いや、これはこれで失礼ですね」
「いいえ、それなら少し納得です」
妹扱いと考えると、最後に手を振られたのもわかる。そう思った時、玄関の方からジュリアン様の声が聞こえてきた。
「レナード! 何をしている? 帰るぞ!」
思わず、レナード様と目を見合わせる。レナード様は困ったように笑い、立ち上がった。
「突然訪ねて来て、うるさくして申し訳ない。明日、また来ます」
「いいえ、久しぶりのお客様で……何もお出しできなくて、すみません」
ジュリアン様のいる玄関へと歩きながら、そんな会話をしていると、すぐに着いてしまった。
「ではここで」
「外まで、お見送りを」
「いいえ、堅苦しい礼儀は考えなくていい。明日また来るのですから、さよならも必要ありません。では、また」
ジュリアン様はそう言って自分でドアを開ける。
「また明日」
レナード様も続いて、さっきのジュリアン様を真似て軽く手を振る。
「……お気をつけてお帰りください」
手を振り返すのは躊躇われた。堅苦しいと言われそうな膝折礼を返すと、改めて略式のお辞儀が返って来て、お二人は出て行った。
足音が遠ざかる。それも聞こえなくなると、家の中の静寂に気付かされた。誰もいない静かな環境に、慣れてしまっていた。
突然の来訪者は、嵐のようだったと、過ぎ去った今は思う。特にジュリアン様は、今まであまり接したことの無いタイプの方だった。ある程度はレナード様が制御してくださったから、かなり助かった。
(明日も、いらっしゃるのよね)
お二人が聞きたいのは、バルタザール氏が亡くなった瞬間の詳細な情報だ。私がその瞬間の唯一の目撃者だから。
そんな話をしに来るお二人を待ち遠しく思うのは不謹慎なのだけれど、申し訳ないが楽しみに思ってしまっている。
(仕方がないじゃない、人と話すことが全然無いのだから)
誰にともなく弁解する。寂しいと思わないようにしていたけれど、一日の終わりに「今日は声を出すことすら無かった」と気付く日々は、やはり味気無い。
「庭の雑草でも、抜いておこうかな」
明日またお二人が来る。そう思うと、庭の雑草や、棚の上に何気なく置いておいた本が気になってきて、私は日が落ちるまで草むしりや片付けに精を出した。
翌日、お茶の時間を狙ったようなタイミングで、お二人は約束通りに箱庭を訪れた。
「キッチンを借りてもいいですか?お湯を沸かしたくて。最高に美味しい紅茶を淹れますので」
「お茶の用意でしたら私が」
「いや、私が淹れたものを振る舞いたいのです。ちょっとした拘りがあって」
「それでしたら、どうぞ」
ジュリアン様は相変わらずマイペースに要求してくる。何だか私も慣れてしまって、キッチンに案内してケトルやティーポットを提供する。
「すみません、フィーネさん。俺もお皿を借りていいかな」
レナード様もスイーツが入っていそうな箱を手にキッチンへ来る。元は家族連れが逗留するための別荘だから、キッチンは広い。それでも背の高い男性が二人も増えると、狭く感じる。
残念ながら、一人で隠れて暮らす家に、そんなに沢山の食器は無い。ありったけの、バラバラな色柄のお皿を総動員して、ようやくなんとか、お二人の持って来てくれたお菓子や果物を盛り付けることができた。昨日と同じ、元応接間のテーブルに並べると、そこだけ華やかだ。
「こんなにお持ちいただいて、申し訳ありません」
「いいえ、私は自分の食べたい物を持って来たようなものですから。それより紅茶を飲んでみてください、上手く淹れられたと思います」
勧められるままに紅茶を一口飲んでみる。話の流れ的に、美味しいと言う以外に無いけれど、それを抜きにしても、渋みは無く香り高くて後味がいい。
「美味しいです」
「良かった」
「お前の紅茶だけは認めざるを得ない。こちらもどうぞ、フィーネさん」
レナード様も持参したお菓子を勧めてくれる。約束通り、新しい本も持って来てくださって、本の話にも花が咲く。そうして、しばらく和やかなティータイムを過ごしていると、何だか落ち着かなくなってくる。
(普通にお茶を楽しんでいていいの? お二人は、バルタザール氏に呪いがかけられていたかもしれないと調査しているのに)
紅茶まで淹れていただいて、こんなの私だけが役得ではないか。居心地の悪くなった私は、自分から話を切り出すことにした。
「あの……昨日のお話は、まだ終わりではないのですよね? 私が覚えていることは、何でも話しますので、お聞きになりたいことがあれば何なりと」
私が言うと、ジュリアン様は大きなため息を吐いた。
「はあ……それはそうなんです。我々はフィーネさんに聞かなければならないことがある。折角の紅茶が台無しになるので気が進みませんが、ぼちぼち始めましょうか」
本当に嫌そうに、ジュリアン様は資料を取り出した。昨日も見た、間取り図だ。
「どうしても、嫌なことを思い出させてしまうと思います。気分の悪い時は遠慮なく言ってください」
レナード様が気遣わしげに言い添えてくれた。
「はい。心構えはできているので、大丈夫です」
私は深く頷く。レナード様はそれでも心配そうな目で私を見たが、ジュリアン様は資料を見ながら本題に入った。
「昨日はバルタザールが書斎から出て来たところまで確認したのでしたね。それでは……、その時、彼は悲鳴を上げていたとのことでしたが、フィーネさんから見て、悲鳴の原因はわかりましたか?」
「いいえ」
「それでは、その悲鳴はどのような感情から来たものだと感じましたか? フィーネさんの主観で構いません」
「……最初、お部屋から出ていらっしゃる前に、何かが割れるような音と悲鳴が聞こえました。その時の悲鳴は大声で、何か驚いたような感じがしました。その後、近くを通り過ぎて行く時は、驚きと言うか……走っていたのもあって、何か怖いものから逃げる時の細い悲鳴だと感じました」
ジュリアン様は私の言葉を書き留め、顔を上げた。
「それではひとまず、フィーネさんしか目撃者のいない場面については質問を終わります。ここからは、他の方もいた時の話になります」
ちょっと気が緩んだが、すぐに違う意味で緊張してきた。私の証言が全てではなくなるという安堵と、他の人と食い違うことは言えないという緊張だ。




