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箱庭に揺れる毒の花  作者: 北野凛夜


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第六話

 また家へと戻るために、箱庭装置を通過する。そういえば、このお二人が入って来る直前に、警報音が鳴っていた。しかし、お父様が装置を通る許可をお二人に出していたなら、警報音を鳴らさずに入ることができるはずだ。あれは何だったのだろう。


「お二人がいらっしゃった頃に、この装置の警報音が鳴りました。お着きになった時、何か野生の動物と鉢合わせになりませんでしたか?」


「ああ……あれは、ジュリアンが」


「随分と古い装置なので、点検も兼ねて故意に鳴らしてみました。断じて、油断してうっかり鳴らしてしまったわけではありません」


 レナード様の説明を遮るように、ジュリアン様が早口で言う。レナード様は、そんなジュリアン様を見てニヤニヤしている。もしかしたら、本当はミスだった?


「仰る通り、古い装置で、点検も怠っておりました。きちんと動作しているとジュリアン様に検めていただけたのなら、安心です」


 警報音がミスだったのかは深く考えないことにした。どちらにせよ、別荘地がちゃんと守られているようで良かった。


 室内へ戻ると、ジュリアン様は再び資料を取り出そうとした。私もさっきの続きであの日のことを話すつもりでいたけれど、レナード様はそれを制した。


「ジュリアン、今日はもう聞き取りはやめよう。他にも、やるべきことがある。たとえば、どうして俺たちがこうして押し掛けたのか、もっとフィーネさんに説明するべきじゃないか?」


「わかっている。ただ、さっき出鱈目に畳んでしまった資料を、畳み直そうとしただけだ。……それに、フィーネさんに説明が必要なのは私より君の方じゃないか?私は既に身分証をお見せしたからね」


 ジュリアン様はそう言いながら、さっき広げた間取り図を綺麗に畳み直す。


 確かに、ジュリアン様は身分証付きで魔導典礼省の調査官だと身元を明かし、バルタザール氏の件についての調査であると、目的もはっきりしている。


 一方で、レナード様は口頭で名乗っただけだ。ジュリアン様がいることで、その名乗りが本当だと担保されてはいるものの、その目的はわからない。


「その通りだ。フィーネさん、ここからは少し、俺に話をさせてもらえますか」


「お聞きしたいです」


「ありがとう。先程も言いましたが、俺の母はバルタザール・ボルドーの五人目の妻でした。……フィーネさんもお聞き及びかと思いますが、彼は若い女性と結婚し、数年後に離婚するということを繰り返していました。母も例外ではなく、三年間の短い婚姻期間の末に、バルタザール・ボルドーの心変わりが理由で離縁を」


「離縁のきっかけとなった六人目の妻は十五歳の異国の踊り子だったというから、節操が無いと言うか、呆れてしまうね」


「……」


 それはもうロリコンの域だ。鳥肌が立った。


 レナード様も何か言いたそうな気配を漂わせながらも、考えたことを振り払うようにゆっくりと瞬きをしてから口を開く。


「まあ、故人のことはとやかく言わないでおこう。俺の母は、その最初の結婚より前に、俺の父であるローウェル家の嫡男と出会い、互いに惹かれ合っていました。離婚を聞きつけた父は周囲の反対を押し切って母を妻として迎えました。……その後は、平穏な人生だったのではないかと思います。そこに生まれた子供として、そう思いたいという気持ちもありますが」


 レナード様の言い方に、引っ掛かるものを感じた。同時に、触れてはいけないような気もして黙っていると、ジュリアン様がため息混じりに呟く。


「ローウェル夫人がご存命のうちに、話を聞きたかったよ」


 予感は当たっていた。


 ローウェル夫人、つまりレナード様のお母様は、既に亡くなっているようだ。


「話が逸れてしまいました。そう、私から見た母は穏やかで、よく笑う人でした。しかし、バルタザール・ボルドーに対してはやはり、特に離縁直後は思うところがあったようで、一度だけ、気になることを言っていました」


「……どのようなことでしょう?」


 話が核心に近づいた気配を感じた。


「腹いせに、彼に呪いをかけたと」


「呪い……」


 その言葉に、背中がぞくりとした。


 魔法が存在するこの世界では、呪いも実際にある。と言うか、呪いも魔法の一種である。


 ただし、呪いを含めて、他者に危害を加える魔法というのは当然のように禁じられている。それをしてしまえば、恐ろしい罰を受けるらしい。


 魔法を使う能力というのは生まれ持った特殊技能で、このヴォルテンシア王国全体でも百人前後だと聞く。日本の社会階層で言えば医師や弁護士のようなエリート、いや、希少さで言えばもっと上だろう。その百人を、ジュリアン様が所属する魔導典礼省や、魔法の研究機関、王国軍の魔法部隊で取り合うのだから、魔法士は常に足りない。魔法士であれば生涯安泰なのだ。


 だから、禁じられている呪いに敢えて手を出す魔法士はなかなかいない。


「それが本当なのか、そのくらい憎かったという比喩のようなものだったのか、今となっては確かめる術はありません。しかし、バルタザール・ボルドーの亡くなる直前に、母の言った呪いと同じ状況があったと知って、もしかして、と……」


「……それで、その時の様子を直接見た私に、詳しい話を聞きにいらっしゃったのですね」


「はい」


 なるほど。自分の母親が呪った相手の死。彼が最期を迎える直前にその呪いが発動したようだと聞いたら、真相を確かめたくなるかもしれない。


「その言い方だと、君の母親がバルタザールを呪殺したように聞こえるが……君の母親は魔法士ではないし、かけた呪いもくだらなすぎることが、フィーネさんに正しく伝わっていないと思う」


 ジュリアン様がレナード様にそう言うのを聞いて、「え?」と思う。レナード様のお母様が魔法士で、バルタザール氏は彼女の呪いによって亡くなった。そんな重大な話だと思ったのに、違うのか。

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