第五話
「この家の近くに、位相接続門を設置させてほしいのです」
「いそうせつぞくもん……?」
魔導典礼省のお役人らしく、ジュリアン様は難解な言葉を口にした。
「簡単に言うと転送ゲートです。二つの門が同一の場所にあると『設定』することで、二者間の距離を無いものとできる」
「俺も難しいことはわかりません。要するに、この箱庭と王都に一つずつ設置すると、隣り合った部屋のように簡単に一瞬で行き来できるのです」
簡単にと言いながら難解になっていくジュリアン様の説明に、レナード様が機能面から噛み砕いて補足してくださった。
そういう物があると聞いたことはある。魔導典礼省の調査官であるジュリアン様なら、それを使えるというのもわかる。
「……箱庭装置の、内側に置くのですか?」
「内側の方が我々は楽ですが、フィーネさんの防犯のためには良くないでしょう。装置の外に設置しますよ。もちろん、王都側の門もきちんと施錠をして管理します」
「それでしたら、箱庭装置の外側はセリジエ家の管理外ですので……私からは是も否もありません」
我ながら煮え切らない返事だ。
本音を言えば、「毒の花」なんて呼ぶ人たちから離れたくて、誰の目も届かない遠い場所に逃げて来たのに、その距離を無効化されるのは嫌だ。
けれど、ジュリアン様の調査が進まなかったのは、私が協力できなかったせいだ。私に無理をさせず、時間をかけて聞き取りをしようという姿勢を見せてくれるお二人に、その距離の移動を強いるのは気が引ける。
「それなら決定だな。王都側には設置して来たのだ、こちら側も設置して来るから五分ほど待っていろ」
ジュリアン様はすぐに立ち上がり、誰の返事も待たずに出て行った。
「……本当にいいのですか?俺から見ると、不承不承頷いたように見えましたが」
勢いに気圧されて、ジュリアン様の出て行ったドアをぼんやりと見ていた私に、レナード様が話しかける。
「ジュリアン様の調査に、きちんと協力したい気持ちはありますので……調査が終わるまでなら」
「あいつの代わりに礼を言っておきます。ありがとう。それから、調査への協力がつらくなったら、いつでも言ってください」
「はい」
私が頷くのを見て、レナード様は軽く微笑んでから飲み物を口にした。大きな手が持つグラスは、いつもより何だか小さく見える。
(皮肉なものだなあ……婚活市場から転落した今になって、お父様の大好きな高位貴族の子息と、こうして話す機会があるなんて)
父が好きなのは地位と言うよりそれに付随するお金だが、そのために私にはお金のありそうな家の息子を狙えと言っていた。この光景を父が見たら、大興奮だろう。
(さすが、イケメンだし。……確か、他国へ留学した理由が、学院時代にモテてモテてどうにもならなかったからっていう、都市伝説みたいな人なのよね)
学院というのはこの国の学校の一つだ。正式名称はヴォルテンシア王立学院。私も一応、家が貴族の末端なので、高等部だけは行かせてもらった。レナード様、ジュリアン様は卒業した後だった。
「フィーネさんは、本が好きなのですか?」
私が昔聞いたゴシップを思い浮かべていると、レナード様が本棚を眺めながら私に問いかけた。
「はい」
「ざっと見た感じ、古い本が多いようですが、最近の本はあまり好きではない?」
「新しい本の方が好きです。ここに本を運び入れたのがずいぶん前で、それ以前の本が多いだけです」
私は苦笑しながら答える。古い本もいいのだけれど、言葉遣いが古くて感情移入が難しかったりすることはあるのだ。
「では、次に来る時には新刊を持って来ましょうか。どんな本がいいですか?」
「そんな、お気遣いなく」
「いや……遠慮なく、欲しい物があったら何でも言ってください。あなたがこんなところに閉じ込められているのは不当な扱いだと考えていますので、何かしらの罪滅ぼしができればと」
罪滅ぼし?
レナード様が私に?
そう思った時、ジュリアン様がギィィィとドアを軋ませて戻って来た。
「次は蝶番の潤滑油も持って来よう。あちこち軋んで、そのうち開かなくなりそうだ」
ジュリアン様はうるさいドアに閉口した様子だ。
「位相接続門の設置は?」
「終わった。箱庭装置を出てすぐのところにある。ああ、門を通るには私の身分証が必要なので、他の者に悪用される心配は要りません」
「……お前が悪用しないか心配だけどな」
「私が?」
「いや、俺はお前をそれなりに信用しているが。フィーネさんからしたら、初対面の男が家の近くを自由に行き来できるのは怖いだろう」
ジュリアン様からしたら、考えてもみなかったのだろう。レナード様の言葉に首を傾げた後で、ハッと思い至ったように表情を変えた。
「そうか……それでは、君にも何か登録してもらおう。君と私が揃わなければ位相接続門を通ることはできない――フィーネさん、それなら安心ですか?」
「は、はい」
信用と言うか、ジュリアン様がゲートを悪用するなんて、私も最初から考えていない。どんなに悪意があっても、無い物は奪われようがない。
(そうなると……この先も、このお二人は必ずセットで来るということ?)
それはそれで圧が強いな。そう思ったけれど、お二人はゲートの設定を変更して来ると言って立ち上がった。
「フィーネさんも、どのような物か一度見てみませんか?」
「そうですね、折角なので拝見します」
記憶にある前世の世界とは違って、魔法が存在する世界ではあるけれど、設置型の転送ゲートとなると滅多に見られるものではない。パソコンやスマホを持っていても、スーパーコンピューターとなると実際に見る機会はなかなか無い、というようなものかもしれない。
久しぶりに、箱庭装置の外に出る。本当に出てすぐのところに、見慣れない木が二本、絡み合ってアーチを形成している。
「あの木の間を通ると、王都に行けるのですか?」
見た目では、向こう側の景色が見えているだけだ。
「そうです。……ああ、そうだ。フィーネさんも行き来できるようにしておきましょうか?王都に行けたら、便利でしょう」
「私は結構です。ありがとうございます」
ジュリアン様の気遣いに感謝しつつも、王都に行きたいとは思わない。
「それではレナードだけ。君は身分証の類が無いだろうから、容貌での認証にしよう。顔を大きく怪我したり、極端に化粧をしていると認証されないから気をつけて」
「了解」
ジュリアン様が片方の木に手をかざすと、幹がぼんやりと光った。光の線がレナード様の顔を照らし、撫でるように何度か上下した後で、ふっと消えた。
「これで終わりだ」
「簡単だな」
「簡単だ。フィーネさんは本当に登録しなくていいのですか?」
「はい」
私が頷くと、ジュリアン様もレナード様もそれ以上は登録を勧めなかった。こうして実際に登録する様子を見せて、私の気が変わらないかを確かめたのだと気づいた。




