第三話
「こちらの身分も明かさずに喚き散らして、女性が出て来てくれると思うのか?」
落ち着いた声の人が、呆れたように言う。そうだそうだと心の中で同意していると、続けてその人が名乗った。
「驚かせて申し訳ない。俺はレナード・ローウェルといいます。同行しているのはジュリアン・ヴァイス。彼は魔導典礼省の調査官として、あなたに話を聞きたがっています。バルタザール・ボルドーの件です」
ローウェル?ヴァイス?私はその家名に窓を睨む。どちらも、セリジエ家とは比べ物にならない名家だ。確かにそれぞれ、レナード様、ジュリアン様というご子息がいる。私より五歳上だったはず。
「本当にいるのか?窓が開いているだけだぞ。君、虚無に向かって話しかけているのかもしれん」
「先に話しかけたのはお前だろう。お前が先走るから、聞こえていると仮定して怖がらせないようにしているんだ」
レナード様を名乗る低い声の方は、比較的常識人のようだ。でもその発言を簡単には信じられなかった。証拠が何も無いし、名家の方がこんな所に来る理由も無い。しかも、レナード様は確か他国へ留学に行って、何年も戻られていないのではなかったか。
偽者かもしれない。でも、偽者だとしたらわざわざレナード様とジュリアン様を名乗る意味が無い。面識の無い両者を名乗られても私が気を許すわけでもなく、何も言わずに押し入って来た方が、話が早い。
「ここへ立ち入る許可は、セリジエ卿からいただきました。直筆の手紙も預かっています。怪しまれるのは仕方がありませんので、無理にとは言いませんが……できれば出て来て、話を聞かせていただけませんか」
レナード様を名乗る声は、嘘をついているようには聞こえない。
私はゆっくりと窓へ近づく。悪意を持った偽者だとしても、今から私が逃げたり、彼らを追い出したりすることは無理だろう。それなら、話をしてみた方がいい。どうせ私にはもう、失う物など無いのだ。
窓の外には声の通り、男性が二人。あちらにも私が見えたのか、二人とも真っ直ぐにこちらに向き直る。私は久しぶりに膝を折り、目を伏せた。
「フィーネ・セリジエです。今、ドアを開けますので、玄関へお回りください」
「ありがとう」
私が顔を上げるより早く、二人は歩き出していた。私も解錠をするべく玄関へ向かう。
(正反対の見た目だったな)
一人は黒の短髪、一人は金色の長髪。服装も、髪色に合わせたように、黒髪の方は暗い色を、金髪の方は白を纏っていた。「ありがとう」と言った声から、黒髪の方がレナード様を名乗っている。
玄関のドアを開けると、二人は既にそこにいた。私はドアを開け放したまま一歩外に出て、改めて挨拶の姿勢をとる。
「フィーネ・セリジエです。お客様がいらっしゃるとは思わず、普段着で失礼いたします。……どのようなご用件でしょうか」
本来なら、天気やら何やらの話から入るのが礼儀だけれど、使用人もおらず自分でドアを開けて出て来た女が貴族の振る舞いをしても、おかしいだけだ。
「突然の訪問に快く対応してくれて、ありがとう。俺の友人、こちらのジュリアン・ヴァイスは魔導典礼省の役人としてあなたにお伺いしたいことがあるそうです。それから俺は、何と言うかな……バルタザール・ボルドーの五人目の妻であるカトリーヌの子供として、あなたと話がしたい」
「では、あなたはバルタザール様のご子息でいらっしゃるのですね」
やはり本物のレナード・ローウェル様ではなかったのか。なるほど、バルタザール氏の息子だと明かせば私も警戒して玄関を開けなかっただろう。
「いや。母は三年ほどでバルタザール・ボルドーと離婚し、俺の父と再婚しました。俺の父はローウェル家の現当主で間違いありません。親族がうるさくて鑑定もしっかり受けたので、そこは断言できます」
「そのへんのゴタゴタのせいで、君は長子なのにローウェル家の継承権を持っていないのだものな!」
ジュリアン様を名乗る方が、笑いながら言い放つ。その内容は決して笑いながら言っていいことではなく、聞いたこちらが狼狽えてしまう。
「……申し訳ありません、何も存じ上げず。不勉強を恥じるばかりです」
「いえ、昔の話ですから」
さらりと言うレナード様の声に被せるように、ジュリアン様が喋り始める。
「私は身分証があります。こちらです。込み入った話で、資料を広げる必要もあるので、できれば家の中で話を聞かせてもらいたい」
彼は胸元から手帳のような物を出し、開いてこちらへ向ける。確かに魔導典礼省の職員であるらしい。
ということは、このジュリアン様は本物のジュリアン・ヴァイス様、彼の連れである男性も本物のレナード・ローウェル様である可能性が高い。
「ジュリアン、女性が一人で住む家にこちらから入れろとは……」
「どうぞ、お入りください」
レナード様はジュリアン様の図々しさに苦言を呈したが、私はそれを制してドアの中へと促した。
「いいのですか?」
「箱庭装置を通過できたのですから、父に話が通っているのでしょう。お二方こそ、この『アデルファ』に関わってよろしいのですか?」
私は余裕の笑みを作った。服の下では冷や汗をかいている。
もしこの二人が私を襲ったとして、それが明らかになればダメージは彼らの方が大きい。卑劣な犯罪であることに加えて、「毒の花」に触れたこと、魔導典礼省の名を利用したことは、彼らの社会的立場を著しく低下させるだろう。
(私の命があって、告発できれば……だけど)
死人に口なし。そんな言葉も思い浮かぶけれど、彼らが私の命を奪うことまで考えているなら、こんなやり取りは必要ない。
それに、こんな風に人と話すこと自体が久しぶりで、もう少し話してみたいという欲求もあった。
なるようになれ。私は彼らを家の中へ招き入れた。




