第二十五話
「予想以上の収穫になりそうだ。エレーヌ・ギヨからの手紙を見たら、退散しよう」
「そうだな。箱庭に戻って、作戦会議だ。フィーネさん、いい?」
「はい」
私の家を会議室として使うことは、既に了解している。それでも確認してくれるレナード様は、とても常識人だ。
短く言葉を交わし合ったところで、クラリス様とアルフレッドさんが一緒に戻って来た。
「お待たせいたしました」
「いいえ。むしろ早くて驚きました。何年も前の手紙がそんなにすぐ見つかるなんて、管理がしっかりしていらっしゃる」
レナード様が愛想よく応じる。確かに、予想よりずっと早かった。
「顧客の情報を整理しておくのは、商売人の基本ですわ」
生まれながらの貴族ではないという謙遜も含まれているのだろう。それでも事業を円滑に回してきた経営者としての矜持も滲ませ、クラリス様は一通の手紙を取り出した。
「中身は私信ですので、お見せするようなものではありませんの。エレーヌの居住地だけでよろしいでしょうか?」
「ええ、構いません。書き写させていただきます」
ジュリアン様はエレーヌ・ギヨの住所をノートに書き写す。
私はその間、アルフレッドさんが新しく煎れて来てくれた紅茶に口を付けた。
「ありがとうございました。それではそろそろ失礼しようと思います。我々は秘密を守りますので、クラリス様も我々がお邪魔したことはどうぞご内密に」
ノートを閉じ、ジュリアン様が手紙を返しながらクラリス様に釘を刺す。その気持ちはわかる。クラリス様は、ホホホと笑いながら、今日の私たちの訪問をうっかり誰かに喋ってしまいそうな雰囲気がある。
「ええ、誰にも話しませんわ。ただ、もしエレーヌにお会いになるのでしたら……、元気でいるかどうかだけ、私が気に掛けていたとお伝えいただけますか?」
「わかりました」
「お時間をいただき、ありがとうございました」
挨拶を交わし、箱庭に戻る。私の住むボロ別荘のソファに、慣れた様子で腰掛けたジュリアン様は、変装のために一つに結んでいた長い髪をするりと解いた。
「この愛想の無い服を着替えたいのですが、どこか部屋を借りてもいいだろうか?」
「お前、本当に厚かましすぎる」
「部屋は余ってますから。こちらにどうぞ」
私はジュリアン様を使っていない部屋に通し、客間へ戻る。
「本当にごめん、ジュリアンの図々しさを止められなくて」
レナード様が私に謝るので、ちょっと笑ってしまう。ジュリアン様と一緒にいると、レナード様は謝ってばかりになりそうだ。
「本当にいいんです。レナード様も、よろしければお着替えをどうぞ」
「俺はこちらの方がいいので。……フィーネさんは? 男の服は着心地が悪いのでは?」
「そう、ですね……」
自分の服装を忘れていた。男装したままだ。こちらの方が動きやすいし、前世の記憶ではパンツスタイルも当たり前だったから、違和感が無いのだ。確かに、見た目としては着替えた方がいいのかもしれない。でも、レナード様をお一人にするのも気が引ける。そんなことを考えながら煮え切らない返事をすると、レナード様が慌てたように口を開く。
「いや、ごめん、女性に着替えをさせようとするのは……深い意味は無いんだ、取り消させてくれる?」
「いえいえ、ご親切なのはわかっています。……お言葉に甘えて、着替えて来ますので、しばらく失礼します」
変な空気になってしまい、逃げるように着替えに向かう。寝室に入って鍵をかけると、ふうっと肩の力が抜けた。
一応、私も女子なので。しかも、今でもギリギリ、未婚なので。急に、女性であることを意識されると、こちらもドキドキしてしまう。
手早く、普段着に着替える。平常心に戻って客間へ戻ると、ジュリアン様は先に着替えを終えて戻っていた。
「おかえり。早速、情報を整理しよう」
私がソファに腰掛けるのを待って、ジュリアン様はさらさらと紙にペンを走らせ、今日得た情報を箇条書きにしていく。
・アルフレッドは解雇後モンタン家へ
・シスター・ベアトリクスは元従業員
・呪いはアルフレッドの怒りと目覚め
・シスター・ベアトリクス=童話の登場人物?
・エレーヌ・ギヨとの交流あり
ジュリアン様のペン先を見ながら、レナード様が口を開く。
「フィーネさんは、シスター・ベアトリクスの出て来る童話を知っていましたね。『止まらない王様』でしたか?」
「はい、私も偶然、昨夜見つけたので……クラリス様とのお話が終わってから、お伝えしようと思っていました」
私は本棚から出しておいた童話集を差し出した。
「古い本ですね」
ジュリアン様は本に触れず、表紙をしげしげと見ながら言う。
「他に収録されているお話も、私の知らないものばかりでした」
「中を見ても?」
「はい、どうぞ」
レナード様は本を引き寄せ、テーブルに置いたまま慎重にページを繰る。
「……知らない話ばかりだ。俺の母も『止まらない王様』は知らなかったのだと思います。シスター・ベアトリクスという名前に心当たりがあったら、日記に書いていたと思いますから」
「君のお母様とクラリス・モンタンは年も離れているし、育った社会階層も違うからな。数十年前、どちらかと言えば平民の間で言い伝えられていた童話だとしたら、何ら不思議ではない」
確かに、不実な王様が失脚してお妃様が女王になるという話は、言ってしまえば権力構造の変化のストーリーだ。貴族よりも平民の間で流行りそうな話ではある。
「ここから名前を取ったのであれば、シスター・ベアトリクスは偽名。しかも、作中で王様を呪う人物の名だ。人を呪う能力を持った魔法士であると、自分から明かしているようなものだな」
「……」
私は一つの考えを思いつき、黙り込んでいた。証拠は何も無い。でも、私が見た不可解な光景は、その思いつきで説明がつく。
「フィーネさん? 何か気になることでも?」
レナード様が目敏く私の様子に気付く。
「……バルタザール様の、最期の様子なのですが」
私がそう切り出すと、レナード様の表情が曇る。
「大丈夫ですか? 無理に思い出すと、また気分が悪くなるかもしれない」
「大丈夫です。あることを思いついてしまって……、それを胸に仕舞っておく方がつらいので、聞いていただけますか?」
「あること、とは?」
先を促すジュリアン様に向き直り、私は口を開く。




