第二十二話
ジュリアン様からの問いかけに、クラリス様は「よくぞ聞いてくれました」と言わんばかりに身を乗り出して語り出す。
「この子は何もしていないのに、主人を助けなかったと責められて、八歳から仕えたボルドー家をクビになったのですよ。なんて酷い……。ですから私、ボルドー家の悪評を広めないためだと言って、この子をこの家に雇い入れることをランドルフ様に認めさせたんですの」
この子、と呼ばれた男性は居心地悪そうに身動ぎをする。それはそうだ、五十歳を過ぎて「この子」呼ばわりはないだろう。
「奥様、私はもう『子』という年齢では……」
「あら失礼。初めて会った時の感覚が今も抜けなくて。あれからもう四十年ですって!嫌になっちゃうわねえ」
クラリス様はホホホと笑う。
横に控えるのは、アルフレッドさん。バルタザール氏の従僕だった人だ。
クラリス様とアルフレッドさんが出会ったのは、クラリス様がバルタザール氏の三人目の妻としてボルドー家に入った時。当時の年齢は、クラリス様が十七歳、アルフレッドさんが十三歳。クラリス様にとって弟のような存在だったことが、その態度から伝わってくる。
「こちらの子爵家は、ボルドー家の遠縁ですから、我々の調査にご協力いただけるのは正直に申しますと意外でした。もしかして、アルフレッドさんの処遇が関係していますか?」
レナード様が落ち着いた声で言うと、クラリス様は扇子で口元を隠し、声を潜めた。
「絶対に内密にお願いしますわ」
「もちろんです。そのためにこのような格好で、フィーネさんに至っては男装までして来ているのですから」
ジュリアン様が深く頷いて言う。私は昨日用意していただいた男性用の服を着ているし、ジュリアン様はいつものヒラヒラとしたフリルもキラキラ光るビジューも無い質素なお召し物で、髪も一つにまとめている。レナード様も質素なのだが、いつもの服との落差がジュリアン様ほど無くて、自然に着こなせている。
「バルタザールは、私の生家であるモンタン家の財産目当てに私と結婚しました。いえ、それに文句はありませんの。こちらも、爵位が欲しくてボルドー家に嫁いだのですから」
クラリス様は、バルタザールとの結婚が百パーセントの政略結婚だったことを悪びれずに話す。いっそ清々しいほどだ。
「その結婚が短命に終わることも、予想通りでした。ただ、実際にボルドー家に嫁いでみると、私には一つだけ予想していなかったことがありました。それがこの、フレッドの存在です」
クラリス様は傍らに立つアルフレッドさんをちらりと見る。それに居心地悪そうに会釈を返すアルフレッドさんは、自分が話題に上がることに慣れていないのだろう。
「皆さんから見たらただのおじさんでしょうけど、四十年前は女の子と見間違うくらい華奢で可愛らしかったのですよ。ええ、それはもう……私だって、今よりずっと細くて儚げな少女でしたけどね」
クラリス様は自分の言葉にホホホホと高い声で笑う。一緒に笑っていいのだろうか、いや、やめておこう。
「私が予想通り離縁を言い渡された時、唯一の心残りがフレッドでした。可能であればその時に、私と一緒にボルドー家を連れ出したかったくらいです。でも、当時の私にそこまでの権力は無く、フレッドも……身寄りの無い自分を子供の頃から雇ってくれたバルタザールに、恩義があると言って」
「奥様のお気持ちは大変嬉しゅうございました。しかし、私はバルタザール様に拾われた身です。……私のような者を伴えば、まだ若かった奥様の将来まで閉ざされていたかもしれません」
「ま、失礼しちゃう。若かったですって?今はもう若くないかのような言い方ね」
「いえ、そのような……」
ホホホホホとクラリス様の笑い声が響く。
二人の会話を聞いていて、思ったことがある。私がバルタザール氏と会ったあの日、アルフレッドさんはそこまで忠誠心に溢れた従僕には見えなかった。八つ当たりの叱責に苛立ちを見せ、主人のカツラをふっ飛ばし、なかなか戻って来ない主人の様子を見に行こうともしなかった。けれどそれはいつもの姿ではなかったのかもしれない。
「ええとそれで、何でしたかしら?」
「ボルドー家と今も繋がりのあるクラリス様が、我々の調査にご協力いただけているのは意外だという話です」
「そうそう、そうでしたわ!ランドルフ様がフレッドをクビにして、腹立たしく思いながら我が家に招き入れたところでジュリアン様からのご依頼をいただきましたの!腹立ちついでに、全部打ち明けてしまおうと、お越しいただいた次第ですわ!」
そういう流れだったのか。そう納得してからも、クラリス様は話を続けていた。
「そもそも私はランドルフ様がボルドー家の当主になる前に、やるべきことがあると思いますわ」
「と、仰いますと?」
「ご自身の正統性の証明ですわ」
クラリス様は当たり前のように言い、説明を続ける。
「バルタザール様の子を産んだのは、私の前の奥様だったリリーナ様だけですが……十人と結婚して、一人だけですよ? 私だって子を授かろうと努力はしました、他の女性だってそうだと思います。ボルドー家を昔から知るフレッドを追い出して、ランドルフ様は何か、やましいことでもあるのかと思われても仕方がありませんわ」
遠回しに、ランドルフ様がバルタザール氏の実子かどうか怪しいと言っているのだ。私は否定も肯定もできず、ただ黙って聞くほかない。
「生前のバルタザール様がランドルフ様を後継者と認め、その死後、ボルドー家は恙無く代替わりを済ませた。後継が実子でなければならないという法もありませんので、私はそこに何ら疑義を挟む余地を見出だせませんね」
ジュリアン様があっさりと言い切る。論破しようという意気込みは感じない。風が吹いた、鳥が鳴いたと言う時と同じ口調で、本当にどうでも良さそうだ。私は呆気にとられてしまった。
私だけではない。クラリス様もアルフレッドさんも、ジュリアン様のあまりに無関心な様子と、切れ味の鋭い正論に、魂を抜かれたように目を見張って動かない。
おそらく、社交界では大いに盛り上がる話題だ。クラリス様もそのつもりで、絶好調で話していたのだろう。
「それでは、こちらからいくつかお尋ねしても?」
レナード様が微笑みを向けて、話を進める。
「え、ええ。何でもお訊きくださいませ」
その微笑みにハッと我に返った様子で、クラリス様が姿勢を正す。
さすがに学生時代からジュリアン様と付き合いがあるだけに、レナード様は動じていない。完璧なフォローだ。雑談をしている時はすぐに言い合いになるけれど、全然違うお二人なだけに、補い合うことができるのだろう。




