第二十話
「フィーネさんも、明日お暇ですね?」
「……はい」
悔しいが、引きこもりの私に予定などあるはずもない。
「では明日、先方が午前中を希望しているので早くて申し訳ないが、八時頃に迎えに来ます」
「本当に早いな」
「お年寄りは朝が早い」
「失礼な奴だな。彼女、まだ六十前だろう」
バルタザール氏との結婚が四十年前。バルタザールのロリコン傾向から、彼女が当時十代だったのは間違いない。二十歳の私が、とうが立っていると言われたのだから。
「冗談だよ。人目を避けたいのだろう、目立たない格好で出入りの商人を装って入ってほしいと言われたから、明日は全員扮装をして臨むことになる」
商人のような服装。私の服は貴族とは思えない質素なものばかりだが、商人に見えるかと言われたら違う気がする。手持ちの服をあれこれと思い浮かべていると、ジュリアン様がごそごそと何か包みを取り出した。
「フィーネさんはこちらを。男性の服です。お嫌かと思いますが、調査のため我慢していただければ」
「いえ、嫌ではありませんが……わざわざ用意してくださったのですか」
「わざわざと言うほどの手間ではありません。女性調査員が男性を装うのはよくあることですから」
そういうものなのか。感心する私の前で、ジュリアン様が包みを解く。ロングパンツにフード付ケープ、髪も体型も隠せそうだ。
「違う意味でも、出入りの時は変装をした方がいい。俺たちと行動していることが知られたら、どんな勘繰りをされるかわかりませんから」
「特に君は熱心な女性たちに行動を把握されているようだからね。フィーネさんに累が及びかねない」
「……お前もだぞ。皆、魔導典礼省が怖くて騒がないだけだ。法の縛りが緩い場では昨夜のような目に遭うのだから、気を抜くな」
レナード様の言葉で昨夜のことを思い出したのか、ジュリアン様があからさまに嫌そうな顔をする。
「では、明日はこちらを着てお待ちします。朝八時、ですね」
モテるお二人は大変そうだ。私はジュリアン様の提供してくれた衣類を元通りに包み直し、手元に置いた。
「では明日のことはこれで終わりだ。ここからは未確定事項で、七人目のエレーヌ・ギヨと、八人目のイザベル・ロランについては、時間はかかるがおそらく居場所が判明すると思う。こちらについても、いずれ訪問するつもりでいてください」
「わかりました」
「この、六人目の妻であるララというのが……どうにも調べがつかない。一人くらいは仕方がないか」
ジュリアン様が⑥を指して呟く。すると、レナード様が口を開いた。
「ジュリアン。もう少しわかってから言おうと思っていたんだが、このララという女性は俺の方で調べられるかもしれない」
「本当か?」
「ああ。留学先の知人にダメ元で問い合わせてみたら、二十年くらい前にヴォルテンシアから移り住んだ女性がいると。同じヴォルテンシア出身ということで俺にも紹介しようとしたんだが、彼女の生まれは別の国だとわかって、やめたそうだ。年齢はおそらく三十代後半から四十代、今はヴォルテンシアの言葉とマナーを教えている」
ララという女性は二十五年前に十五歳の若さでバルタザール氏と結婚した。現在四十歳、生まれはここヴォルテンシア王国ではない。レナード様の知人が言う女性のプロフィールに合っている。ヴォルテンシアの言葉やマナーを他国で教えるくらいには知っているというのも、バルタザール氏と結婚していた間に教え込まれた可能性は充分にある。
「細い糸の端を掴めたな。そちらは続けて調べてもらおう、本人ではなかったとしても、ヴォルテンシアを知る同世代の女性同士、どこかで繋がっているかもしれない」
「より詳しく調べてもらうよう頼んである。報告を待とう」
「ありがとう、先方にも感謝を伝えてくれ。他に何か言っておくべきことはあるか?フィーネさんも、何かあれば」
「い……いいえ、私からは何も」
「俺もそれだけだな」
「それなら今日話し合うべきことは終わり。最後に気分が持ち直したよ、まだ時間も早いから、もう一杯おすすめの紅茶を煎れたい。キッチンを借りてもいいだろうか?」
「は、はい、どうぞ」
「厚かましいぞジュリアン」
「いえいえ、お手伝いします」
「厚かましいのは自覚しているから一人でやるよ。フィーネさんはレナードの相手をお願いします」
そう言われてしまうと、席を立つのはレナード様に失礼な気がしてしまう。ジュリアン様は足早にキッチンへ行ってしまった。
「……いつもすみません、フィーネさん」
「いいんです。今日はジュリアン様がお疲れの様子だったので、元気を取り戻したようで安心しました」
「ここにお邪魔することで癒されるのでしょう。あいつは目立つので、他に誰もいない、人の目を気にしなくていい場所でないと、知らず知らずに肩に力が入るのかもしれません」
確かにジュリアン様の長身と、風になびく長い髪はとても目立つ。声も通るし、雰囲気がキラキラで、周りの人がつい視線を向けてしまうのはわかる。
「こんな場所で良ければ、いつでも心を休めにお越しいただきたいです。元々別荘地なので、ここまでの道が悪い以外は景色もいいですし、水も空気も美味しいですから」
「そうですね。俺も、この件が片付いたらここに来る理由が無くなってしまうと思うと、今から残念です」
レナード様はそう言ってから、ハッとした表情になった。
「いや……失礼。フィーネさんは好きでここにいる訳ではないのでしたね」
「いいえ、お気になさらず。皆様が思うよりは、私も、ここが好きですよ」
私がここに来ることになった経緯が良くないだけで、箱庭と呼ばれる美しい場所である。それを気に入ってもらえるなら、素直に嬉しい。
「ジュリアン様の調査が終わってからも、気が向いたらいつでもお越しください」
半分社交辞令で言うと、レナード様はぽつりと呟く。
「もったいないな」
「え?」
「ここは確かにいい所です。あなたがここを気に入っているのも素敵なことだと思いますが、人知れずここに一人でいるのは……もったいないと思いました。あなたはまだ若いのに、あのジュリアンを受け入れる度量がある」
レナード様の言い方に、思わず笑ってしまう。ジュリアン様の、あの癖の強さに驚いてしまう人もいるのだろう。
「私、もしかしたらこのまま、ジュリアン様の助手として魔導典礼省に雇っていただけるでしょうか?」
「大歓迎だと思いますよ。もしご希望なら、俺からも推薦します」




