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箱庭に揺れる毒の花  作者: 北野凛夜


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第十六話

 調査が一段落したら、レナード様のお言葉に甘えて、伝手を頼って他国へ行ってしまうのもいいかもしれない。そのためには、場所の提供と多少のお手伝いくらいはしておこう。


 ちゃっかりと自分の損得勘定をして、私は翌日も愛想良くお二人を迎えた。


 ジュリアン様はこの日もキッチンへ向かい、持参したお茶を煎れる。


「……今日は、フラワーティーを煎れます」


 その声は、何だかいつもの勢いが無い。


「お疲れですか?」


「昨夜、ちょっと」


 言葉少なに答えるジュリアン様に、それ以上は踏み込めない。茶葉がお湯の中で花開いていく様子を黙って見ていると、レナード様がキッチンの入り口に寄り掛かって苦笑いをする。


「珍しく媚を売ったら、相当体力を消耗したようですよ」


 何があったのだろう。媚を売るジュリアン様なんて、確かに想像がつかない。


「バルタザール・ボルドーの九人目の妻、ジュリエット・バザンがいるでしょう。昨夜ちょうど彼女が、とある邸宅のパーティーに参加するというので、知人を介して我々も参加させてもらったのです」


 そう説明してくれるレナード様は、それほど疲れた顔ではない。二人でパーティーに行ったのなら、この差は何だろう。


「ジュリエット様にはお会いできましたか?」


「ええ。あちらも俺たちをご存知で、楽しく歓談しましたよ」


「あれが楽しい歓談なら、私はもう一生歓談なんてしなくていい」


 ジュリアン様はうんざりした顔で言う。それにレナード様は堪えきれないという様子で吹き出した。


「悪かったな、お前一人に任せて。俺はお眼鏡に適わなかったようだから」


「な・ん・で!学生の時からお前の方がモテるのに、何でこういう時は私なんだ!」


「個人の好みはそれぞれだからだろう。それに、片や魔導典礼省のエリート、片や帰国したばかりの無職なら、今やお前の方がモテるんだよ。喜べ」


「嬉しくない!」


 ……何か、あったらしい。


 そういえばジュリエット・バザン様とは直接の面識は無いが、私も顔と名前は一致する程度には知っている。有名人だからだ。年齢は私より十歳程度上だと思う。華やかな美人で、「お盛ん」だと聞いている。特に金髪の年下男性が好みだと……。


 大体のことは察した。彼女とベッドを共にできたら、喜ぶ男性の方が多いと思うけれど、ジュリアン様は違うようだ。好みでない異性と一夜を過ごしたなら、それは疲れただろう。同情してしまう。


「ジュリアン様。お疲れのようなので、お茶の用意は私が」


「いや、大丈夫。精神的に疲れただけなので、ここで心を休ませてもらいます」


 ジュリアン様は私に力無く微笑む。疲労感を漂わせる美形というのは何だか艶かしくて、私は思わずパッと目を逸らした。


「……? あ、彼女とは寝ていませんよ。誤解を招く言い方でしたね、おべっかを使って酒を進ませて、話を聞き出しただけです。そんな気まずい顔をしないでください」


 私の様子に首を傾げたジュリアン様だったが、すぐに私の思い違いを見抜いて慌てたように言う。


「……ジュリアン。弁解したいのはわかるけど、もう少し遠回しに言えないのか?」


「君の言い方も悪かったんだ、反省してくれ。遠回しに言って新たな誤解を生むより、していないのだからしていないと明言した方がいいだろう」


「あのっ、私が勝手に深読みをしたのがいけませんでした。申し訳ありません」


 また言い合いになりそうなお二人に、無理矢理割り込む。勝手な妄想をした私が悪い。


「フィーネさん、これからは私に対する認識を改めていただけると助かります。私は仕事のためにそこまで自分を犠牲にしませんし、私の好みのタイプは黒髪ストレートの清純な女性です」


「は、はい」


 ジュリエット・バザン様は金髪巻き髪である。


「お前の好みまで言わなくていい。それはそれで失礼になりかねない」


 レナード様が呆れたように言う。銀髪である私に気を遣ってくださったのだろう。私は特に気にならなかったけれど。


 そんなこんなでお茶の用意を終え、いつもの部屋でテーブルを囲む。


「私が昨夜ジュリエット・バザンから得た情報を共有します。結論から言うと、彼女はシスター・ベアトリクスと接触し、呪いをかけていました」


「え!?」


 思いもしない結論をいきなり聞かされて、私は思わず声を上げた。


「驚きますよね」


 既に知っていたらしいレナード様が、共感してくれる。


「シスター・ベアトリクスが現れたのは、離婚直後。今から八年ほど前ですね。やはり六十代か七十代と思われる、銀色の髪と青い瞳の女性で、バルタザールへの恨みを聞き出そうとしたそうです」


 ロザリー様が友人と言い表したのと違い、距離を感じる言い方だ。


「年齢的にも外見も矛盾はしないから、一旦は同一人物と考えると……ロザリー嬢と俺の母に近付いて来たのも、偶然とは考えにくくなったな」


 バルタザール氏と結婚した経験のある十人のうち、三人が関わったということは、最初から元妻を狙って近付いた可能性が高い。


「目的は何なのでしょう?」


「復讐だとしたら、バルタザール・ボルドーの昔の恋人あたりを真っ先に疑ってしまうかな。結婚した女性以外にも、関係を持った女性はいるようだから」


「バルタザールの結婚相手は皆、十代で嫁いでいる。シスター・ベアトリクスも十代の時にバルタザールと付き合っていたとすると、何十年も前……最初の結婚より前の恋人かもしれない」


 暗雲の気配に、三人とも黙り込んでしまう。五十年以上昔のことを調べなくてはならないようだ。昔の話ほど、調べるのは難しい。


「……ああ、そうだ。ジュリエット・バザンから聞き出した内容をもっと、フィーネさんにも伝えておいた方が」


「そうだな」


 憂鬱な話題から目を逸らすように、ジュリアン様がメモを見ながら話し始める。


「ジュリエット・バザンはバルタザールとの離婚を機にバザン家へ戻り、次の結婚相手を見つけるため積極的に社交の場に顔を出していたそうです。その中には参加者が身元を隠し、気が合えば城下の酒場で夜を明かすような会もあったとか」


 ジュリアン様は遠回しに言うが、そのような酒場には連れ込み宿が併設されていて、夜を明かすというのはつまり、そういうことだ。本で得た知識で、この目で見たことは無いが。


「まあ、ジュリエット・バザンに接触しようと思ったら、それほど難しくはないということです」


 レナード様が少し気まずそうに言う。


「貴族の身分を隠して悪ぶっても、実のところ、丸腰で遊び歩いているわけではありませんからね。所在地こそ城下ですが、貴族の御用達になっている安全な酒場をいくつか使い回しているだけで、行き先を絞り込むのは容易い」

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