第十五話 バルタザールの結婚史
ジュリアン様は場所提供だけでも得られたことに一応の満足を見せ、レナード様は申し訳なさそうに目を伏せる。見た目が正反対なお二人が、態度まで正反対になるのは、見ていて少し面白い。
(こうなるとは思わなかったけれど……私の立場や、このボロ別荘が重宝される日が来るなんて。誰かの役に立てるのが、嬉しい)
前世の記憶を取り戻す前なら、そうは思わなかったかもしれない。箱入り令嬢である私は、男性と接することに慣れていなかった。相手が年上なのも萎縮してしまう要素だ。
しかし浅木遥花として、共学校に通い、何度かの恋愛もした記憶が残っている。二十五歳まで生きた遥花の感覚ではレナード様もジュリアン様も同い年だ。それほど緊張せずに話すことができる。
「調査協力の言質が取れたから、もういいだろう。これを見てくれ」
ジュリアン様は先程と同じページを開き、ノートをテーブルに置く。部外者は見てはいけない情報。それを見たら、私はもう部外者ではいられないということだ。
少しの迷いはありながら、好奇心にも背中を押されて、私はノートを見た。バルタザール氏の結婚歴と、お相手について簡単なメモ程度が書かれている。
①十八歳(父親の急逝により若くしてボルドー家当主に)
アリシア・クローデル⚫
五年後離縁 理由は「退屈」
アリシアはクローデル家へ帰され、後に病死
②二十五歳
リリーナ・ヴァロワ
男児を授かる
三年で破綻
③三十歳
クラリス・モンタン
大商家の愛娘
バルタザールは彼女を「金づる」と公言
二年で離縁
モンタン家は離縁と引き換えにボルドー家の遠縁である子爵家を得た
④三十五歳
ディアナ・フェレール⚫
騎士の未亡人
亡夫との間に一児あり
結婚二年で病に倒れる
三年目に病死
⑤四十歳
カトリーヌ・ベルナール⚫
前妻ディアナの闘病中からベルナール家に婚姻を持ちかけていた
三年で離縁
理由は「もっと若く、刺激的な娘が見つかった」
ローウェル家当主と再婚、後に病死
⑥四十五歳
ララ(祖国へ帰り消息不明)
異国の踊り子、結婚時十五歳
ララの不貞により一年で離縁(真偽不明)
⑦五十歳
エレーヌ・ギヨ(消息不明)
平民、生家は酒造を生業としている
二年で離縁
⑧五十五歳
イザベル・ロラン
イザベルが精神を病み三年で離縁
修道院へ
⑨六十歳
ジュリエット・バザン
「飽きた」を理由に約二年で離縁
⑩六十五歳
ロザリー・ヴァシュロン
同上
「丸付き数字は何度目の結婚かを表しています。年齢は結婚時のバルタザールの年齢、名前の横に黒丸があるのは故人です」
ジュリアン様の解説も込みでノートを見ると、改めて醜悪だと感じる。長くて五年の短い結婚を繰り返し、相手が病んでも構わず切り捨てたのがわかる。
故人が三人、ロザリー様には既に話を聞いたので、話を聞きたい相手はあと六人だ。消息不明の方は望み薄かもしれない。
「この、二人目の妻との間に生まれた子供が、ボルドー家の新当主となったランドルフ氏ですね」
ああ、と思った。階段下で倒れているバルタザール氏の脈を取ったりしていた方だ。
「消息のわかっている方に連絡を取るのと、所在のわからない方については消息を追うのと、同時進行がいいだろうな。俺がわかるのは、三人だ」
「私もおそらく同じ三人だな。貴族は基本的に嫌でも情報共有されるから」
そう言ってジュリアン様が指したのは、②③⑨。今も社交の場で名前を聞く方々だ。
「イザベル・ロランも修道院に問い合わせはできるな。ララ、エレーヌ・ギヨ……この二人は難しいかもしれない」
「やってみて無理なら仕方がない。調べてみる」
ジュリアン様はそう言うと、少し冷めた紅茶を一気に飲み干した。
「よし、戻ろう。フィーネさん、明日また来ます。欲しい物があったらレナードに申し付けてください」
「はっ、はい!」
考えるモードから一気に動き出すモードに切り替わった様子のジュリアン様に気圧されて、思わず背筋を伸ばして返事をしてしまった。バサバサと持ち物をまとめたジュリアン様は、足早に部屋を出て行く。
「申し訳ありません、フィーネさん……。せめて片付けを」
「いいえいいえ、そのままで!」
私がそう言った時には既に、レナード様はご自分とジュリアン様の使ったカップを手にキッチンへ向かっていた。私のカップにはまだ紅茶が入っているので、残しておいてくれたようだ。
「すみません、お客様にこんなことを」
「もう客扱いしなくていいですよ。こちらが場所をお借りするのです」
「……私、貴族の方がご自分でカップを下げるのを初めて見ました」
「ははは、格好悪いですか?」
「いいえ、そんなことは」
余計なことを言ってしまった。そう思ったが、レナード様が気分を害した様子は無い。
「しばらく身元を伏せて他国にいたせいで、身の周りのことは自分でやらないと気持ちが悪いのです。片付けをしないのは、家に入ってドアを閉めないようなものです」
留学をしていたのは知っていたが、お忍び留学だったのは初耳だ。へえ、と内心で感心していると、玄関の方からジュリアン様の焦れた声がした。
「レナード!いつまでレディの家に居座っているんだ、帰るぞ!」
……ジュリアン様がそれを言いますか?
レナード様と私は無言で視線を合わせた。お互いに同じことを思っているのがわかって、レナード様も私も声を抑えて笑ってしまった。
「うるさくてすみません。これ以上お騒がせする前に、帰りますね」
「はい。お気をつけて」
玄関先までお二人を見送ってから、残りの紅茶をゆっくりと飲む。冷めても美味しい。王都で煎れると、また味が違うのだろうか。
「それにしても……巻き込まれた、な」
静かな一人の部屋には、小さな呟きも響く。
こんなことになるなんて、想像もしていなかった。それならどんな未来を想像していたのかと考えてみると、答えは無い。考えられなかったのだ。それは私の役割ではなかった。
セリジエ家のために、私をどう使うか。それを決めるのは父の役割だった。バルタザール氏との縁談も、貴族なら初等部から入学するのが通例の王立学院に高等部の三年間だけ在籍することも、父が決めた。
そして、ようやく決まりかけたバルタザール氏との結婚が不幸な形で果たされずに終わってみると、私には、自分の未来を想像することさえできなくなっていた。
そんな状態で、誰もいない閉ざされた別荘地に一人きりで追いやられては、精神が崩壊してもおかしくない。自覚は無かったけれど、きっと自分で思うよりずっと、危険な状態だったのだ。前世の記憶なんてものを引っ張り出さないといけないくらいに。
おかげで私は、図太さを手に入れた。こうして協力していることが知られて、最悪の場合、男性を家に連れ込んでいるなんて噂が立ったとしても、アデルファと呼ばれた私には、遥か頭上に石でも投げられたような感覚だ。痛くも痒くもないぞ、下手くそ。




