第十三話
私の予想通り、ロザリー様の表情が明るくなることはなかった。
「罪には問われないとしても、私の望んだことが呪いによって叶ったのだとしたら、私はそれを背負うべきです」
その言葉は重い。私は是も否も言えず、別の質問をした。
「……術者として思い当たるのは、ご友人なのですよね?どのような人物だったのか、お聞かせいただけますか?」
「友人と言っても、私よりずっと年上の方です。銀色の髪に青い瞳の、綺麗な方で、他に言い表す言葉が無いから友人と呼びますが、お母様……いいえ、お祖母様のように思っておりました」
祖父母世代ということは、かなり年上だ。確かに友人という呼び方から勝手に抱いていたイメージとは違う。
「お名前はおわかりですか?」
「シスター・ベアトリクス」
ロザリー様はその名前だけを口にして、懐かしむように微笑む。
「偽名なのかもしれません。彼女は聞き上手で、気がつけばいつも私ばかり話を聞いてもらっていましたから、振り返ってみると私は彼女のことをよく知らないんです」
「シスターということは、どこか修道院に?」
「それもわかりません。本人がそう名乗って、それが彼女の雰囲気に合っていたので疑問にも思いませんでした」
ロザリー様は肩をすくめる。そして、壁の時計を見ると、スッと背筋を伸ばした。
「話し込んでしまいましたね。あまりジュリアン様たちをお待たせしても良くないので、そろそろ戻りましょうか」
「はい」
聞きたかったことは聞けた。話を終わらせるには良い頃合いだ。そう思いながらも、私には最後に一つだけ言いたいことがあった。
「聞かせていただいて、ありがとうございました。私も、もう少し前向きにこれからのことを考えてみようと思います」
立ち上がってからお礼を言うと、既に移動しようとしていたロザリー様は向き直ってにっこりと笑う。
「アデルファという花は、とても綺麗で強い花です。安心して咲ける場所が、きっと見つかりますよ」
その毒の花の名前を、面と向かって言われたのは初めてだった。
こそこそと陰でそう呼ばれているのを知った時と違って、悪い気分ではなかった。綺麗で強くて猛毒だなんて、ある種の理想かもしれないとさえ思う。
ジュリアン様とレナード様の元へ戻ると、お二人は教室にある本を開いて、何事か話し合っていた。
「お待たせいたしました。こちらも何か、お話が盛り上がっていたようですね?」
ロザリー様が声をかけると、ジュリアン様はパッと顔を上げた。
「この本の結末について、十数年来の議論を」
「ああ、その本は今の子供たちも解釈が分かれますね。だからこそ読み継がれる名作なのだと思います」
「子供たちの意見もお聞かせ願いたいところですが、今日はもう時間が無い。そろそろ失礼しようか、ジュリアン」
レナード様が本を片付けながら言う。それを受けて、ジュリアン様も立ち上がり、机と椅子を元の位置に戻してから、ロザリー様に礼をする。
「今日は貴重な時間を割いてくださってありがとうございました。またお話を聞かせてください、ロザリー先生」
「こちらこそ、フィーネ様に色々とお話しできて、胸のつかえが取れました。フィーネ様、私でお力になれることがあれば、お声がけくださいね」
「ありがとうございます」
外へ出ると、空はすっかり暗くなっていた。また転送ゲートを通り、私の住まいへと戻る。
「この時間になると、人がいないのが安心よりも怖くなりませんか?」
箱庭装置を通ってから家へと歩く道すがら、レナード様が誰もいない別荘地を見渡しながら言う。
「レナード、君はそういうのを信じるタイプだったか?」
「俺の話じゃなくて、フィーネさんが、だよ。こんなに建物があるのに、人の気配すら無い。静か過ぎて怖いというのも自然な感情じゃないか?」
「私なら、ある程度は慣れました。暗くなったら外には出ずに、家の中で煌々と灯りを点けて過ごします」
最初は確かに怖かった。バルタザール氏の最期を見てしまった直後でもあったから、ちょっとした物音にビクッとするくらい、怖がりだった。でも、何事も起きない日を繰り返していれば、慣れてくるのだ。
「動物を飼うのはどうかな?私は子供の時に犬を飼っていたよ。犬はいい」
「犬は好きです。でも、自分の食べる分だけで精一杯ですから」
「そうか。俺も、番犬でもいればいいと思ったけど……フィーネさんの方が俺たちより思慮深いな」
「そんな。ただ、実際にこのような場所に暮らした経験の有無だけだと思います」
そう言って首を振ってから、ふと思い出す。
「犬ではなくて、フクロウならいます。箱庭装置は空まで全部覆っているわけではないようで、鳥は出入りしています」
「へえ、フクロウか」
「そろそろ来ているかもしれません」
私がそう言うと、それに答えるように、ホー、ホーとフクロウの鳴き声が聞こえてきた。
「自分の話をしているのが理解できているようですね」
「まさか。でも賢いとは聞くから、下手なことは言えないな」
そんな話をしながら家へ入る。
「またキッチンを借りるよ。次はフレーバーティーだ」
ジュリアン様は当然のようにキッチンへ行く。いいのだろうか。
「……ごめん、人の家を我が物顔で」
レナード様が代わりに謝るので、私は勢い良く首を振る。
「いえいえ。そうではなくて、一応家主の私がおもてなしするべきかと」
「あいつが好んでやっていることだから。こうして何度も押し掛けて、もてなしてもらおうなんて考えていないから、そこは気にしないで」
そう言い合っている間に、ジュリアン様がいい香りを漂わせるティーポットを持って来る。
「さて。早速だけど、ロザリー嬢から聞き出した情報を、共有してもらおうか」
全員分のお茶を注ぎ、セッティングを終えてから、ジュリアン様は私にそう言った。
「まずは、ロザリー様が愚痴を零したというご友人について。シスター・ベアトリクスと名乗っていたそうです」
「シスター……どこかの修道院の人?」
「私もそう思ったのですが、ロザリー様はわからないと。振り返ってみると、ロザリー様が話をするばかりで、シスター・ベアトリクスのことについては何も聞いていないそうです」
「ベアトリクス……」
レナード様が何か記憶を掘り起こそうとするように呟くのが聞こえた。
「君、その名前に心当たりが?」
「いや。何か引っ掛かるけど……すまない、続けて」
思い出せなかったのか、レナード様は私に先を促した。
「はい。ロザリー様がシスター・ベアトリクスに言ったのは、『バルタザール氏が再び若い女性に手を出したら、これまでの悪事の全てを思い出せ』ということだったそうです」
「ふうん。思ったより手ぬるいな。あのバルタザールが、過去の悪事を思い出したくらいで怯えるとも思えないし、その程度なら、その言葉通りの呪いをかけたとしても、大した罪にはならない」
ジュリアン様がつまらなそうに言う。その隣で、レナード様は何か考え込んでいる。




