第十一話
「いや、待て。俺としてはそんなに急な話のつもりではなかったが」
さすがにレナード様も、急展開に驚いた様子でジュリアン様を引き止める。
「だったら、いつならいいと言うんだ? 別にいつだって変わらないだろう。フィーネさん、何かあれば私とレナードが何とかしますので、行ってみましょう」
「俺の名前を勝手に出すなよ」
レナード様はジュリアン様に苦い表情を向けてから、私を見る。
「ジュリアンと俺があなたを守るというのは本当です。頼りないと思われるかもしれませんが、そもそもあなたはあの場に居合わせただけだと調査が済んでおり、ボルドー家側もそれを認めている。我々はあなたをそのように扱うだけです。おかしいのは、変なあだ名をつけて喜んでいる奴らの方だ」
きっぱりと言い切ってくれるレナード様は、頼りないどころか、これ以上の味方は現れないだろうと思うほど頼もしく見える。勇気づけられた私は、久しぶりに箱庭を出てみることを決めた。
「わかりました。ロザリー様に、お会いしてみます。今から行くのでしたら、用意がありますので十分ほどお時間をいただけますか?」
「ありがとう! 善は急げだ、十分後に出発できるよう、私たちも用意をします」
バタバタとテーブルの上の資料を片付け始めるジュリアン様に苦笑いをしながら、レナード様はのんびりとした雰囲気で紅茶を飲む。
「何も、きっかり十分後でなくてもいい。ゆっくり準備をしてください」
「はい」
私は略式の礼をして、部屋を出る。お二人が来るのはわかっていたから、一応、外にも出られる身なりをしてはいる。それでも、本当に外へ出るとなると、改めて身だしなみを整えておきたい。
化粧直し等を終えて戻ると、テーブルの上に広げてあったカップやお菓子の皿は片付けられていた。
「あっ……申し訳ありません、お客様に片付けをさせてしまって」
片付けてから行けば良かった。でも、さっきはレナード様がまだ紅茶を飲んでいたし――でもでも、自分の分だけでも下げて行けば良かったのでは? そんなことを考えて恐縮する私に、レナード様が笑顔を向ける。
「ただ待っているのも能がないでしょう。後片付けくらい子供でもできます」
「我々に付き合ってもらうのに、フィーネさんの家を汚したままでは悪いですからね。それでは、行きましょうか」
話の展開が早い。三人で家を出て歩き始めて、私はふと思った。具体的な行き先としては、どこに向かっているのだろう?
「あの……ロザリー様は、どちらに?」
肝心なことを聞き忘れていた。バルタザール氏との 離婚後、生家であるヴァシュロン家に戻ったのだろうか。
「今は王都を出て、平民として教師をしています」
「え……平民に?」
「やはり、貴族社会にいては人の目が気になるので、思い切って誰も知らない街へ行ってみたそうです。そこで出会った男性との結婚の際に、貴族の身分は捨てたと」
「だからロザリー嬢と呼ぶのは本当なら失礼なのですが、学生の頃から存在は知っていますので、当時からの呼び方はなかなか変えられません」
ジュリアン様が苦笑いをする。「名前+嬢」で呼ぶのは、通常は未婚の女性に限られる。今は結婚しているロザリー様には適さないが、学生時代の呼び方を変えられないという気持ちもわかる。
とにかく、話を聞く限り、バルタザール氏との離婚後は新たな幸せを手に入れたようだ。ほっとした。
「そちらとも位相接続門で繋がっていますので、移動時間についてはご心配無く」
ジュリアン様が事も無げに言う。一般人には見る機会もそうそう無い転送ゲートを、何個も使えるなんて、魔導典礼省の力が絶大なのか、それともバルタザール氏の件を王国としてそれだけ重く見ているのか。
昨日レナード様がしていたようなゲートへの登録を私も終えて、ロザリー様がいるという街へ出た。この時間、彼女は勤める学校で子供たちを帰した後、事務仕事などをしているはずだということで、学校へ向かう。
「初めまして。ロザリーです」
ジュリアン様とレナード様に紹介されて対面すると、ロザリー様はにこやかに名乗ってくれた。
「初めまして、フィーネと申します。突然の訪問をお許しください。ロザリー様にお聞きしたいことが」
私が事情を話そうとすると、ロザリー様はそれを制した。
「私も、フィーネ様とお話ししたいと思っていました。場所を変えましょう、ちょうどいいお部屋があります」
ロザリー様は私だけを連れて別室へ移動する。「相談室」と書かれた部屋で、向かい合って座ると、ロザリー様は大きく息を吐いた。
「ごめんなさい、こんな狭い部屋にお連れして」
「お仕事中に押し掛けて、追い返されないだけでも有り難いです。ご都合も確かめずに申し訳ありません」
私の謝罪に、ロザリー様はふふっと笑う。
「多分、ジュリアン様が強引に連れて来たのでしょう?」
名推理だ。まあ、何度かジュリアン様とお会いしたら、誰でもこの推測に辿り着くかもしれない。
否定も肯定もしない私に、もう一度ふふっと笑ってから、ロザリー様はじっと私を見た。
「バルタザールの最期については、私も少しだけ耳にしました。フィーネ様のことも……。大変でしたね。今は社交から身を引かれているとも聞きましたが、お元気そうで何よりです」
「皆様をお騒がせしてしまったので、しばらくは静かにしているつもりです」
私の返答に、ロザリー様は静かに頷いた。そして、少し考えてから、口を開く。
「ジュリアン様からお聞きになったと思いますが、私はバルタザールに……呪いを、かけてしまったのかもしれません。それが彼の死に繋がって、あなたを怖い目に遭わせた可能性があります。もしそうなら、本当に申し訳ないと思います。……でも私、フィーネ様のような未来ある女性があの男に汚されずに済んだのなら、私の言葉が呪いとなったとしても本望だと、思わずにいられないのです」
穏やかで理知的なロザリー様から発せられた、恨みのこもった言葉に、返す言葉が無い。私が相手だからこそ、ここまで感情を見せてくださっているのだ。それをただ、受け止める。
「……フィーネ様はどうしてバルタザールとの縁談に応じようと思ったのですか? 何か脅されたり、逃げられないような策略に嵌められたりしたのですか?」
ロザリー様は少し話の方向を変えた。
「恥ずかしながら、私の生家であるセリジエ家は経済的に困窮しておりまして……バルタザール様からの支援を目当てに、父が私の知らないうちに、縁談をほぼまとめて参りました」
本当に恥ずかしい。そう思いながら話したが、ロザリー様はそれを聞いてほっとしたような顔をした。
「そうですか。それでは、フィーネ様はバルタザールから、然程酷いことはされていないということですね」




