第十話
「そう思うだけで終われば良かったが、女性は更にロザリーさんに問いかけました。もし、あなたの危惧する通りに、バルタザールが再び若い女性を歯牙にかけようとしたら――どんな罰を与えたら、それを阻止できると思いますか?」
聞き上手な友人とのお喋りでそう尋ねられたら、雑談として答えてしまう。私が今、それを危険な質問だと感じるのは、バルタザール氏が実際に亡くなり、魔導典礼省の調査官であるジュリアン様が動いていることを知っているからだ。
「ロザリー様は……何とお答えに?」
私は緊張しながら尋ねた。するとレナード様は、力無く首を振った。
「それは教えてもらえませんでした。取るに足らないことだと言っていましたが」
そこを教えてもらえなければ、ロザリー様が「おまじない」のつもりで願ったことが実際にバルタザール氏の身に起こったのか、判別ができない。そう思うのはジュリアン様も同じなのだろう、はあっとため息をついた。
「君がロザリー嬢と顔見知りだったから、ここまでの話が聞けたのだが……、その先が聞けなかったのは痛いな」
「仕方がない。彼女と繋がりがあったのは母で、俺はそこまで心を開いてもらえる関係じゃないからな」
お二人の会話から察するに、こうして私に聞き取り調査をしているのと同様に、ロザリー様のところにも話を聞きに行ったのだろう。レナード様とロザリー様は、レナード様のお母様を介しての顔見知り、という話だ。
頭の中でそんな情報を整理していると、ジュリアン様が何か決意したような表情になって私を見た。
「フィーネさん」
「何でしょうか?」
「あなたがロザリー嬢に、呪いについて聞き出してみてもらえませんか?」
「……私が、ですか?」
「はい。ロザリー嬢は、また誰か若い女性が、自分のようにバルタザールに傷つけられることを危惧していました。もしそれが禁じられた呪いに繋がったとしても、その呪いによって救われた女性がいる。あなたです」
そう言われてハッとした。もしあのお見合いの日に、バルタザール氏の身に何も起こらなかったら、私はあの老人の妻になっていただろう。とうの立った女と蔑まれながら、あの老人の慰み者となって、数年後には捨てられる。それよりは今の暮らしの方がましだ。
知らないうちに、私はロザリー様に救われていたのかもしれない。
「フィーネさんの立場で、バルタザールの死の真相を知りたいと言ったら、ロザリー嬢も自分の知る限りのことを話してくれるかもしれません。協力していただけませんか」
「……」
ジュリアン様の言い分はわかる。けれど、私はアデルファと呼ばれ忌み嫌われている。ロザリー様も関わりたくないのではないか。
「無理に、とは言いません。しかし手を貸していただけると助かります。異性である我々だけでは限界を感じている一方で、疑惑の性質上、誰彼となく協力を要請することも控えたい。その点、あなたはご自身にも秘密を守る動機がある」
「……」
どうしよう。何だかとても、関わりたくない。せっかくバルタザール氏との結婚を免れたのに、平穏な暮らしから抜け出さなくてはならないから?それもある。でも、それ以上に――
「もし、ロザリー様が仰ったことを、誰かが呪いとして実現させたとして……、ロザリー様も何かの罪に問われるのですか?」
「おそらく、そうはなりません。本当に雑談のつもりで言ったことを、他者が『呪い』という形にしたとしたら、罪に問われるのは呪いを実行した者です」
それなら、私が協力したことでロザリー様が罪に問われる心配は無いようだ。引っ掛かる部分が一つ解消された。
「迷っていますか?」
レナード様が私に問いかける。正直に「はい」と頷くと、レナード様も納得するように頷いた。
「嫌だとか、怖いとかいう気持ちがあるなら、無理はしない方がいいと思います。しかし一方で、勇気を出して一歩踏み出してほしい気持ちもあります」
レナード様がそう言ったことに、少なからず驚いた。ジュリアン様が無茶を言うのを止めるのが、レナード様の役割のようになっていたからだ。今回も、無理難題を言うなと、ジュリアン様を止めると思っていた。
「昨日も言った通り、無実のあなたがこのような境遇にいるのは理不尽だと思います。力になりたい気持ちはある。しかしそれは、フィーネさんにもここから踏み出したいという気持ちがあれば、の話です。もしそうであれば、我々にご協力いただくことを、その一歩として利用してみてはくれませんか。その後、またここに戻ることも、もっと遠くへ飛び出して行くこともできます。私の伝手で良ければ、国外へ出るお手伝いもできますよ」
レナード様は真っ直ぐに私を見ながら言った。
私は膝の上でぎゅっと手を握る。レナード様の言葉は、私が直視しないようにしていた現実を突きつけてきた。
バルタザール氏の最期を見た日から、一ヶ月近くが経った。いつまで、ここにいるのだろう。箱庭装置で守られた静かな別荘地に、私を傷付けるものは何も無い。しかし同時に、私を成長させるもの、私を驚かせてくれるものも無い。
いつかここから出る日を想像するのは、怖かった。毒の花であるアデルファという名で呼ばれ、また好奇の目にさらされるのはわかっている。そして永遠にここを出ない人生を想像するのもまた、とても怖い。
魔導典礼省の調査のためという大義名分、ジュリアン様とレナード様という大きな後ろ盾がある状態でここから出てみるというのは、二度とない好機だとわかっている。
「私でお役に立てるのならという気持ちもありますが、……人と話すのが、あまり得意ではありません。お二人が聞き出せなかったことを、ロザリー様からお聞きできるとは、とても」
「真相そのものを聞き出せなくても、フィーネさんが直接接触してくれるなら、何か変わることもあるかもしれません。行きましょう」
「え……今からですか?」
「うだうだしていると決心が鈍るでしょう」
まさに今からロザリー様と私を対面させようと、ジュリアン様が立ち上がる。




