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第10話 大地のサーバント

◇◇◇◇


 浮島に足を踏み入れると、まるで別の世界に迷い込んだような光景が広がっていた。


 小川が透き通った水をさらさらと流し、岸辺には名も知らない草花が群れ咲いている。頭上をうっそうと覆う木々の葉が揺れ、こぼれた光が水面にきらきらと散っていた。小鳥のさえずりが洞窟の静寂に溶け込み、ここが地の底であることを忘れさせるほどだ。


 細い流れに沿って奥へと分け入ると——先頭を歩くカリオンが、不意に足を止めた。


「……! 誰かいるぞ」


 声をひそめて後ろに手をやる。耳を澄ませると、パシャリと水の跳ねる音と、鼻歌が聞こえてきた。


 木々の合間から覗くのは、小さな水場。そこで、二十代ほどの女性が水浴びをしていた。


「……な……なんだ?……女神か?」


 カリオンが呆然と目を細める。


「……いや、たぶん死神だ」


 俺は静かに剣へと手を伸ばす。じりじりと間合いを詰めようとした瞬間、シェリーの指が俺の頬をきゅっとつまんだ。


「覗き見なんて、趣味が悪いわよ! 何者か知らないけど、私が様子を見てくる」

「気をつけろよ、シェリー」


 シェリーは単独で水場のほとりへ近づいていった。鮮やかな緑色の長い髪、きりっとした眼差し、整った顔立ち——神秘的な美しさをまとった女性だった。物音に気づいた彼女は、ゆっくりとシェリーへ視線を向ける。


「……お客さんね」


 ばしゃん、と水の跳ねる音とともに、その右手が高く掲げられた。指の隙間から水がこぼれ落ちていく。


「この水のように——ぜんぶ、手からこぼれ落ちてしまうのよ」


「誰だ、お前は」


 シェリーが剣を構える。


「私の名前はガイア。大地のサーバント。会いたかったわ——グリーンフィールドの守り人たち」


 ガイアはそっと目を閉じ、ゆっくりと再び開いた。その瞳の周囲に、邪悪な黒いオーラがとぐろを巻いている。


「シェリー! 逃げろ!」


 俺は咄嗟に叫んだ。


「ガイア・レイジ」


 ガイアが低く、重く呟いた瞬間——彼女の肩口にステータス画面が浮かび上がる。


 大地のサーバント——レベル80。


 こんな序盤で出会うなんて!


 次の瞬間、浮島が小刻みに揺れ始めた。地面の一部が突然、シェリーの足元から鋭い土の刃となって突き出る。


「きゃああああっ!」


 間一髪、横っ飛びでかわす。その直後、第二波、第三波が連続で地面を割って噴き出した。


「うおおおおっ!」

「な……なんだあっ!?」


 次々と地面が割れ、尖った岩が突き上がる。転がりながら必死で躱し続ける。さらに土と岩の混じった瓦礫が舞い上がり、頭上から一斉に降り注いできた。轟音と粉塵の中、カリオンの叫びが聞こえる。


「ちょ……めちゃくちゃじゃねーか!」


 レベルの差は歴然だ。こちらの攻撃が届く気がしない。


「シェリー!」


 俺はがれきの雨をかいくぐり、なんとかシェリーの横に辿り着いて耳打ちする。彼女は一瞬だけ目を閉じ、頷いた。


「……そうするしかないか……無茶しないでね!」


 水場の中央でガイアは両手を天高く掲げ、光に包まれながら詠唱を続けている。


「わが創造神オブリビオンの名において——グリーンフィールドの守り人を殲滅する……!」


「……あいつ……イカれてやがる……!」


 浮島が更に激しく揺れ始め、もはや立っていることすらままならなかった。


「ガイア・フォース……!」


 ざらついた地鳴りとともに、拳大の岩のつぶてが嵐のように降り注ぐ。HPがみるみる削られていく。


「いて……いてえ!」


 そのとき、シェリーとカリオンは波打つ大地を這うように進みながら、浮島から離脱を始めていた。


「カリオン! 急いで!」


 二人は浮島と岸とを繋ぐ細い岬を渡り切ると、その根元にファイアドレイクの肉片を数個、素早くばら撒いた。


「フレア・ソード!」


 カリオンが炎魔法をまとわせた剣を一閃し、肉片に着火する。


 ドォン! ドォン!


 激しい爆発音とともに炎が岬を飲み込み、繋がりを失った浮島が、ゆっくりと岸から離れていった。


「すまない、リュウジ! あとは頼んだぞ!」


 これが合図だ。浮島は完全に洞窟から切り離され——今この島にいるのは、俺とガイアだけだ。


 ——ここなら、バーサーカーが暴走しても、仲間を襲うことはない。危険な賭けだが……これしかない。


 ピピ……ピピ……


 コンソール画面が赤く明滅し、警告音が鳴り響く。HPは残り3。降り注ぐ岩のつぶては容赦なく、わずかな体力を削り続ける。買い込んだポーションを立て続けに飲み干すが——それも底をついた。


(しかし……俺には、もう一つの切り札がある!)


「フラウ・デル・ソル!」

「ファイア・ウォール!」


 その瞬間、聞き覚えのある声が浮島の対岸から響き渡った。


 光と炎の防御魔法が体を包み込み、降り注ぐガイアの攻撃を弾き始める。


(——そうだ。俺には、仲間がいる!)


 浮島の外周を迂回したシェリーとカリオンが、岸壁にへばりつきながら、魔力を振り絞って俺を援護していた。


「リュウジを守るのよ!」

「やっちまえ、リュウジ!」


 声が枯れるほどの叫びが、洞窟全体に響き渡る。


(防御力も体力もガイアにはるかに及ばない——でも、仲間の力でカバーする!)


 頭上から巨大な岩の塊が迫る。その瞬間——


 ヒュン、と鋭い風切り音が鳴り、岩がぱかりと真っ二つに割れた。


「STRマックス、バーサーカーの力——今、解放する!」


 剣を振るうたびに、迫り来る岩のつぶてが次々と消し飛んでいく。圧倒的な破壊力。意識の端が霞みはじめる。それでも足を止めない。ひたすら剣を振り続けながら、ガイアへと向かって突き進んでいく。


「おおおおおおっ!」


 その鬼気迫る様に、ガイアがわずかに後退した。瞳に初めて動揺の色が滲む。


「……何なの……あいつ……きしょっ!」


 両手を頭上高く振りかぶり、ガイアが叫ぶ。


「……これで終わり!」


「モノリス・ドラゴン!」


 浮島の背後に広がる巨大な岩盤が——轟音とともに動き始めた。岩と岩が組み上がり、ぎしぎしと軋みながら形を成していく。茶褐色の巨体、鱗のように連なる岩の板。それは紛れもなく、ドラゴンの形だった。


「うお……お……お……」


 意識が遠のきながらも、俺は空気ごとなぎ払うように剣を振り続ける。


 そして——岩の鱗をまとった巨大なドラゴンが、咆哮とともに俺へと襲いかかった。


 防御魔法を送り続けていたシェリーとカリオンが、突如出現した岩竜の姿に目を奪われる。


「な……なんなの!?」

「岩でできたドラゴンだ……! あんなものが、どうして動けるんだ」



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