20 決めた
「私、決めた」
「? ……姫様?」
大声で泣き、心のつっかえを全て吐き出した事で、落ち着きを取り戻したラリィ。そこへ急にリヴィア姫が声を上げる。その瞳には強い光が漲っているように見える。
「私、姫様辞める!」
「へ?」
「姫様を辞めるって言ったのよ!」
「……っええ! それはどういう……?」
姫を辞めるという宣言を高らかにするリヴィア姫。ラリィは突然の宣言に豆鉄砲を喰らった鳩のような顔になる。そしてなぜそんな事を言うのか尋ねた。
「この国は滅びた。……私が……滅ぼした。」
「姫……」
「でもねっ、貴方も父上もこんな私に生きろと言った! だから私は生きる。……この罪を背負って。」
「……」
「リヴィア・セラ・ルジュ・レーベンはこの国と一緒に眠る。だから、私は今からただのリヴィア。リヴィア・レーベンよっ!」
胸の前で手を合わせ、リヴィア姫いや、リヴィアは強く宣言する。その顔には決意に満ち溢れている。瞳には先程のような重く暗い影はなく、晴れ渡った空のように澄み渡る翡翠色の瞳と強く輝くピンクの瞳孔が眩しい。
「姫!」
つい嬉しくなって声を上げるラリィだが。
「リ、ヴィ、アっ!」
リヴィアは少し前屈みで腰に手を当て、もう片方の手で人差し指を、ラリィの顔の前で言葉に合わせて左右に振る。その顔はムゥっとして、片目を瞑っている。
ラリィの心は特攻する軍隊が起こす地鳴りのように騒がしくなり、ブオォォンブオォォオンと、ほら貝の音が脳内で鳴り響く。
「あ、は、ハイ。すみませんリヴィア様。」
「様もいらないっ! 私はただのリヴィアなんだからっ!」
「うっ……!」
数分前まで一国の姫様だったのだから、急に呼び方を変えるというのもなかなか難しいとラリィは心の中で一人愚痴る。
「り、りり、リヴィ…………ア」
「んーー!?」
なんとか口には出してみてたが、こそばゆい。しかし、リヴィアは満足していないようで、口を可愛らしく膨らませる。ラリィの顔の温度が急激に上がる。心の中では軍曹が衛生兵をしきりに呼んでいる。
「り、リヴィアーーっ!」
「うん、うん。それでよしっ!」
意を決して叫ぶラリィに、満足したリヴィアは、身体を起こして、両手を腰に当て笑顔で頷く。
その表情を見てラリィ一安心する。いつもの強引で無茶な事を要求するリヴィア姫に戻ったと。
リヴィアは小さな声で「責任もって守ってね」と呟くが、難聴系の男共には都合良く聞こえないのがお決まりである。そんな重大な責任をいつの間にか負わされるラリィであるが、今は幸せそうにしてるのでいいだろう。
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「さてと……そろそろ行動に移りましょ!」
「はい!」
悲しんだり、苦しんだり、覚悟を何度も決めさせられ、信じられない事の連続で瀕死状態だった心を、なんとか次の行動をしようと思えるまでには回復した二人。
「まずはここを出ましょう!」
「はい」
二人を包むシャボン玉に、リヴィアはそっと触れながら目を閉じ、ラリィもその横に静かに並び立つ。そして、リヴィアが目をゆっくり開けて笑顔で言う。
「行ってきますっ! お父さん!」
スっと手をシャボン玉に押し付ける。優しくその手を包むように波紋が広がっていく。二人は顔を合わせ、強く頷き合うと、共に一歩一歩ゆっくり進む。
シャボン玉の壁まで顔が近付き、目を閉じて進む。顔の表面を薄い水の膜が滑っていくように後ろへと流れていく。何処までも優しく、何処までも温かいその温もりを、リヴィアはきっと忘れないだろう。
身体全体が通過し、ゆっくりと目を開ける二人。目を開けた先には、さっきまで居なかったはずの人物がそこにいた。
「……随分遅かったな」
「! ーーあ、あなたは!?」
「れ、レッド殿!」
黒いローブに身を包む謎の人物、レッドがそこに立っていた。まさかの出迎えに驚愕する二人。
「よ、良かった、貴方生きていたのねっ! てっきりあの爆発に巻き込まれて死んでしまったかと思ったわ!」
「………………」
生きていた事に胸を撫で下ろすリヴィアに、生きていた事に驚くラリィ。レッドは沈黙のままリヴィア姫を見つめている。
よく見るとダボダボしていたローブは、身体に合わせたように破ってあるのだろうか、袖の部分はボロボロである。それと最初に見た時には被っていなかった、つばの大きなトンガリ帽子を被っている。
「一体どうやってあの爆発を生き延びたのですかっ!?」
「………………」
守護結界すらも破壊し、国丸ごと消滅させる程の威力を、どうやって生き延びたのか不思議で堪らないラリィ。しかし、チラッとラリィに視線を向けるが、すぐにリヴィアへとその視線を戻す。
ラリィはその行動に少しイラっとする。そんな事はお構いなしにレッドは告げる。
「……力を貸せ」
「えっ?」
真紅の瞳が真っ直ぐとリヴィアを捉える。あまりに真っ直ぐな瞳と、重厚ある言葉に無意識に後退る。
「……俺は力の大部分を失った」
「あっ! ご、ごめんなさい!」
あまりに迫力があったので、何を言われるのかと思って緊張していたリヴィアだったが自分の仕出かしたことを思い出し飛び上がる。宝玉は暴発し、内包していたレッドの力は爆発、霧散してしまったのだから。高速で腰を直角に曲げて平謝りする。ラリィも一緒になって平謝りする。
「………………」
空気が重い。というよりも無言の視線が突き刺さり痛い。我慢出来ず、今まで聞きそびれていたけど、怖くて聞けなかったことをリヴィアは確認をする。
「あ、あの……もしかして、力を失ったせいで身体が小さくなったのでしょうか?」
「……そのようだな」
「! ーーゴメンなさァァァァい!」
ですよねぇぇぇえ! っという想いで、再び綺麗な直角を身体で表現するリヴィア。
「……そんな事はどうでもいい」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめん、な、さい?」
えっ! 今なんて言ったの!? っという表情でリヴィアとラリィが身体を直角にしたまま、器用に顔だけレッドに持ち上げる。洗練されたその動きはまさに芸術だった。
もし自分が力を封印されて身体まで小さくなったら、その原因の張本人に対して寛大な心でいられるだろうか……否! 断じて否だろう。
「……それより、力を貸すのか? 貸さないのか?」
「あっ、えっと、その、レッドさ……まは何をなさるおつもりでしょうか?」
「……世界を救う」
「「えっ!」」
スケールのデカさに一瞬ビックリするが、考えてみればあれ程の戦闘能力があれば、そんな大それた事でも可能なのもかもしれないと思うリヴィアとラリィ。
「……だが、今の力では不可能だ」
「「す、すみませんでしたっ!」」
世界の皆様ごめんなさい。私(俺)、リヴィア(ラリィ)は世界を救う人物を弱体化させたどうしようもない娘(男)です。という想いで高速水飲み鳥を二人で披露する。
「……もうすぐ世界が滅びる。だから手を貸せ。」
「「ーーーー!」」
(世界が……滅びる? もうすぐ? どういうこと?)
リヴィアはレッドの言葉に、目の前の光景が重なる。国が滅びる姿、それが今度は世界が滅びるというのだから。
「て、手を貸せと言われてーー」
「貴様には言っていない。」
「! なっ!」
動揺するリヴィアに代わり、ラリィが答えようとすると、レッドは冷たくその言葉を遮る。ラリィはまるで相手にされていない事に、段々と感情が高ぶってくる。
「ラリィ!」
「! すっ、すみません」
今にも飛び掛りそうなラリィの気持ちを察したリヴィアが制止する。ハッとなって気持ちを落ち着かせるラリィ。
「世界を救うって……一体どうするの?」
「簡単なことだ。魔王を倒す。それだけだ。」
魔王という言葉に、これはまたベタな奴が現れたと思うリヴィア。
「そ、その魔王とやらは……さっき倒した化け物よりも強いの!?」
リヴィアは人生に置ける魔王のような存在、強さを、ハーズェンドに感じていた。そのハーズェンドとレッドの言う魔王とやらが、どれ程の強さの差を持っているのか、物差し代わりに聞いてみた。
「アレはただの魔王の一部に過ぎない。」
「「!!!!!」」
驚愕の事実に二人とも固まる。
(あんな恐ろしい存在が魔王の……一部?)
「魔王を倒すために俺と来い」
「……」
(倒す? あの化け物よりもさらに強い化け物を? 私が?)
ハーズェンドとの戦いを思い出し、身体が震える。その存在はそこにいるだけで、周囲を圧倒し、恐怖をばら撒く権化であったのだから。
実際リヴィアは挑むことすら頭になかった。適わない敵というのが本能で分かっていたからだ。民を亡くし、臣下を亡くし、父を亡くし……。これ以上失いたくない気持ちが頭を過ぎる。
「……っく」
「姫……」
「………………」
歯を食いしばるリヴィア。辛そうなリヴィアをラリィが見つめ、レッドは無言で黒いローブから手を伸ばす。
「……?」
「お前が世界を救うんだ」
レッドは静かに、しかし、確かな力を言葉に込めてリヴィアに言った。リヴィアはその言葉に父を重ねた。最期の笑顔、父に託された想いを、もう戻れないあの頃を……。
「私……なんかが……救えるの?」
「……ああ」
涙を堪えながらリヴィアは尋ねた。それは罪を犯した自分に資格はないという気持ち、そんな罪を犯した自分を救って欲しい、でも、きちんと自分の犯した罪に立ち向かいたいという気持ちが折り重なりマーブル模様となる。
「……私、決めた」
そして出した答えーーーー。
「行くわ、世界を……救いに!」
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