11 絶望の始まり
「ハーズェンド」
フェア神官を中心に吹き荒れていた風が、一気に周囲へ弾ける。あまりの風の威力に身体が飛ばされないようにと踏ん張る。風が通り過ぎたので恐る恐るフェア神官に視線を向ける人々。
するとそこには、壊れたラジオのように笑うフェア神官がいた。首元に浮かぶペンダントは黒い宝玉を中心に、八つの十字架が衛星のようにクルクルと回っており、赤黒い稲妻が迸っている。
「あは、あははは、あひゃひゃひゃぁぁ!」
上半身を可動域限界まで反らし笑うフェア神官の姿はおぞましく、口を手で押さえ呼吸を忘れる者や、目を覆い震える者、目の前の光景に立ち尽くす者で溢れていた。
そんな中でも勇敢に動く者達がいた。
「バルド王! ご無事ですかっ!」
「ーーっう、うむ、騎士団長か、ワシは無事じゃ!」
「姫! ご無事ですかっ!」
「ラリィ……?」
ロスとラリィがそれぞれ無事の確認を行う。王と姫には特に怪我はなかったかが、リヴィア姫は突然の出来事にまだ立ち上がれずにいた。
ジオラルとハイドはそれぞれフェア神官との間に立ち、剣を抜いて身構える。
「一体どうなってやがんだこりゃあ!」
「わかりません! しかし、ここに居ては危険だ! 一旦外へ出ましょう!」
会場の人々も徐々に会場の出口を目指す者が現れる。しかし、フェア神官が突然笑うのを止め、ニヤケた表情のまま呪文を唱える。
「守護結界 神の寝室」
舞台下に仕込まれていた巨大な魔石が、最上級魔法を発動させる。すると輝く六角形の板が高速で会場の内側を覆い尽くしたのだった。
せっかく出口に辿り着いてもビクともしない。大勢の人間が押し寄せるが出られない事と、未知の恐怖に混乱して酷い有り様となっていた。
「ーーこ、これは! まさか!」
「カッカッカ……そう、そのまさかじゃ! 王国を守るバリアをここに発動させたわぃ」
「ーーっ、なっ、なんてことを! それでは外が大変な事に……!」
「外ですと? カッカッカ! 自分達の立場がまだ分かっていないようじゃな」
メイムはクラーゲン王国を守るバリアであったが、フェア神官の術式により、この会場内へと効果を限定させたのだ。
すると会場の外は今、無防備状態で吹雪に晒され大変な事が起きているということになり、バルド王が動揺するのも無理のない事であった。
「それよりも、さぁこの瞬間を共に喜ぼうではないか! ついに蘇るのだ! 真の支配者が!」
益々激しさを増す輝きに、誰もが身の危険を確信したその時。
「ーーちょっくら、大人くししててくれやっ!」
「これも国の為です!」
不意にフェア神官の後ろにジオラルが現れ、素早く袈裟斬りする。
さらに横からハイドがお腹当たりを一文字に切り付ける。
絶妙なコンビネーションで綺麗な血が溢れ出るが、まだ絶望は始まったばかりであった。
残心を残したままでいる二人に、フェア神官が再び声を上げて嗤う。
「ヒィーーーーヒッヒッヒッ! 肉体など我々にはもう意味がないのですよ! アーーーーハッハッハッ!」
「ーーっち! バケモノがっ!」
「……」
残心を解いて再度間合いを取る二人。
「王よ、あれは一体何なのですか!?」
「……すまぬが、ワシにも分からん」
ロスもフェア神官の異常さに目が怯えの色に染まりつつも、答えを求めるがバルド王に答えられるわけもなく、ただただ行く末を見詰めていた。
「姫様、まずはここから離れましょう!」
「あ、あれは一体……?」
「姫様! リヴィア姫!」
「ーーだ、だって! だってアレは私が宝物庫から持ってきたものなのよ!?」
「っ! 姫様……」
必死に呼び掛けるラリィだが、リヴィア姫は混乱が収まらず、その翡翠の瞳は動揺で揺れ動いていた。
ゴゴゴゴ…………
地面が揺れ、腹の底から響く音に会場中が阿鼻叫喚の巷と化す。
外からの援軍も期待出来ないこの状況でさらに悪化していく。
「さぁ終わりの始まりだ。」
フェア神官の言葉と共に黒い宝玉から、煙のような霧のような物が勢い良く天井へと吹き出す。
四人の騎士も、王も姫も動けない、いや正確には動いてはいけなかった。
黒く溢れ出した物は、まるで生き物のように動き出す。まるで獲物を探す獣のように。六人は息を殺し、その獣を見詰める。
それを見た人々は余計に混乱し、少しでも会場の奥へ行こうと必死になる。
黒い何かは、暴れる人々に反応する。
(ーーーーだ、ダメ! お願い! )
リヴィア姫の心は恐怖に染まりつつあったが、それよりも何よりも、会場の人々の身を案じた。
しかし、その願いが叶うことはなかった。
黒い何かは一瞬で会場を埋め尽くさんばかりに広がり、大勢の人々を呑み込む。
六人はあまりにも一瞬の出来事で何も出来ず、ただただ見ている事しか出来ない。
悲鳴すら呑み込み、その何かは再びフェア神官の頭上辺りまで戻ってくる。
「ヒャーーーーハッハッハッ、素ぅうん晴らしい! やはり貴方様こそ、真の支配者でございますぅぅううう!」
生き残った六人は、喋り方まで壊れ始めるフェア神官を睨みつける。
「姫様には感謝せねばなるまぃのぉ!」
「ーー!?」
「貴方が見つけて下さらねば、この神器は一生忘れられたまま宝物庫の中だったのですからなぁ」
目に涙をためつつも、何か言えば襲われるかもしれないと思い、歯を食いしばりリヴィア姫はフェアを睨む。
黒い何かはグルグルとフェアの頭上を渦を巻くように動き始める。それをチラッと窺いつつ、バルド王が口を開く。
「……我々は忘れていると申したな? 一体それはどういうことだ?」
待ってましたと言わんばかりに、仰々しく王へと向き、勿体ぶりつつも説明をする。
「そうですね、折角ですから教えて差し上げましょう。我々は皆生まれる前の事を忘れてしまっているのですよ」
「生まれる前だぁ? そんなの当た、、、」
ジオラルが口を挟もうとするが、フェアの「シッ!」という人差し指を立てる合図で制止される。
「忘れているからこそ我々はこうして生きている、と言えばわかりますか?」
「……我々が生かされているとでも?」
正解! とでもいうように指を鳴らし、ハイドへ指を差す。
「この神器に閉じ込められた存在を、ある人物から守るために我々は存在している。」
「ある人物……?」
ロスが疑問を口に出すが、フェアの次の言葉に全員が固まる。
「リヴィア姫ですよ」
「ひ、姫が……!?」
ラリィがリヴィア姫の顔に視線だけ向けるが、リヴィア姫は何の事か分からないといった様子でフェアに質問する。
「! どういうこと!? ちゃんと説明してよ!」
「ですからね、我々は貴方を見張るための駒だったのですよ!」
姫の表情が強ばり、青ざめる。そんなリヴィア姫を見ていられないとばかりに、ラリィが食ってかかる。
「嘘だっ! なぜ我々が姫様を見張らないといけない! それにその存在とやらを守ることになんの意味がある!?」
「意味? おかしな事を聞きますね。我々の生きる意味だと申したではありませんか。まぁ良いでしょう、言葉で理解出来ないのでしたら、実際に思い出してみましょうか」
我儘な子供を諭すような表情で、フェアは首元のペンダントを両方の手の平に載せるような形で差し出す。
すると、鈍い光が徐々に強さを増して輝いた。
辺りが一瞬光に包まれ、リヴィア姫は目を瞑ったあと、ゆっくり開ける。ジオラルやハイド、ロスやラリィ、バルド王までその場で俯いたまま固まって動かない。
表情が見えないので急に不安になるリヴィア姫、っとそこでジオラルとハイドが構えていた剣を落した。
ガシャン、、、ガシャン、、、
やけに広く感じる会場に不気味に音が残響する。
剣が落ちた音にビクつくリヴィア姫、かなり心の余裕がない状態で、か細い糸が辛うじて意識を繋いでいるだけであった。
何があったのか二人を見つめていると、俯いたままリヴィア姫に身体を向ける。腕はだらんと力が抜けた状態で、様子が明らかに変であると察する。
「ヒッヒッヒッ……」
ねっとりと、耳にまとわりつく様なフェアの笑い方が心の恐怖心を増長させる。
堪らずリヴィア姫が声を発する。
「ちょ、ちょっと、ジオ! ハイドも! こんな時にからかうのはよしなさいっ!」
「「…………」」
反応がない。今度はロスに助けを求める。
「ちょっとロス! 二人の様子が、、、」
と言いかけた所で今度はロスの様子がおかしい事に気付く。背中の大剣を取り出したと思ったら、そのままリヴィア姫へと構える。
「ーーーーっ! 父上助け、、、」
ロスの後ろにいたバルド王も俯いたまま、リヴィア姫に身体を向けたまま何も言わず佇んでいる。
「父、、、上?」
信じられず言葉が詰まる。涙も自然と流れ頬を濡らす。目の前の光景を受け止められず、混乱しているリヴィア姫に影がかかる。
動揺しながらも視線だけはそちらへと向ける。
「ら、、、ラリィ……」
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