10 その名は
「もう、いい加減泣き止んでよね。知らなかったんだからしょうがないじゃない。」
「……しくしく、宝物庫にしまってあるのに、大事なものでない訳がないではないか!」
バルド王は枯れることの無い涙を流し続ける。リヴィア姫は王からどれだけ大事な物であったかを説明されたが、「あ、そうなんだ」と軽い返事で済ませる。
「それより見てよコレ! 私の自信作なのよ!」
王の枯れそうな勢いで泣く姿に飽きた姫は、サラッと話題を変え、腕につけたブレスレットを見せてくる。こうなった原因が自分にあるとは当然思っていないのでタチが悪い。
「これはねぇ、魔石で作った特殊なブレスレットなのよ! 光球も中に閉じ込めてるからホラッ!」
金の腕輪に真っ赤な魔石がはめ込まれている。一際大きい魔石は、いくつもの小さな魔石を合わせた複合魔石で、一つ一つが小さな魔石のため、内包出来る魔力は少なく、初級魔法程度しか発動出来ない。
そんなブレスレットに、閉じ込めたという光球をピカピカ光せながら、笑顔のリヴィア姫が王にじゃれてくる。
そのブレスレットを死んだ魚のような目で見つめるバルド王がある事に気付く。
「ーーっそ、そういえばお主、昨日宝物庫から何か持ち出したと言うておったな、一体なにを持ち出したのじゃっ!」
昨日は昨日で衝撃の事実に、すっかりその事を忘れていたバルド王。実際あの場でペンダントを見ていたのは、フェア神官とラリィの二人だけだった。
「え? あー、あのペンダントならこの服に合わなさそうだから部屋に置いてきちゃったわよ?」
人差し指を顎の先に当てながらリヴィア姫は答える。何の為に宝物庫まで行って持って来たのか、という疑問はあえてしない。
「ペンダントじゃと? どんなペンダントじゃ?」
「え? どんなって、黒くて尖ってるペンダントよ?」
「……黒? 変じゃのう、あそこにそんなもの置いてあったじゃろうか......?」
リヴィア姫は手でペンダントの大体の大きさや、形を表現しながらバルド王に説明する。
しかし、頭を捻っても心当たりのないバルド王はフェア神官に助力を頼もうとする。
「……ん? フェアの奴め、肝心な時に何処へ行きおったのだ?」
「こちらですよ? バルド王よ」
舞台上を見渡していたバルド王に、舞台の下からフェア神官が声を掛ける。
「むう? ワシが大変な目に遭っていた間、何処へ行っておったのだ?」
「カッカッカ……大事な物を忘れてしまいましてのぉ、急ぎ取りに戻っておりました」
「それなら侍女にでも頼めば良いではないか?」
バルド王は精神の疲労を少しでも回復しようと、フェア神官に強気に当たる。フェア神官はそんな王の態度など、どこ吹く風といった様子で受け流す。
「大事な物ゆえ、自らの手で取りに行っておりました。ささっ、姫様こちらをどうぞ」
「あら? それはあのペンダントじゃない」
「ふぅむ、それが宝物庫に……?」
フェア神官の手の平にあったのは例の黒いペンダントであった。バルド王もその手の平のペンダントを目にするが、実物を見てもあまりピンと来ないようである。
「こちらのペンダントは、冥王の心臓と呼ばれる悪しき力を封印する、聖なる神器でございます。」
「ほほう、しかしそんな神器があったとはのぉ。」
「左様でございます。私もこの宝具を見るまではその存在すら忘れてましたからのぉ」
フェア神官の言葉に違和感を覚えるバルド王。
「? ……どういう意味だ? フェアよ」
「言葉の通りでございます。我々はこの神器の存在を忘れているのですよ、バルド王」
「忘れている? ……だと?」
ただならぬ雰囲気で喋るフェア神官に、バルド王は段々不安な気持ちに駆られる。リヴィア姫は二人のやり取りがいつもと違うことに気付き口を挟む。
「ちょっと、ちょっとぉ! 何を重い雰囲気にしてるのよ? 私の誕生日なんだから、もっと盛大に盛り上げなさいよ!」
「カッカッカ……さすが姫様。では……私から姫様に最高のプレゼントをさせて頂きましょう……」
神官の言葉にどんな物をくれるのかと、目を輝かせウキウキするリヴィア姫をよそに、バルド王は不吉な予感に嫌な汗が流れ始める。まるで背後から誰かの足音が近づいて来ているようで、今すぐこの場を離れたい気分になる。王は堪らず声を上げる。
「ふぇ、フェアよ! お主、一体何を考えておる!?」
「これはこれは、パーティを盛り上げるための余興ですよ。」
何かと大袈裟な動きしながら喋るフェア神官に、鋭い視線で睨み付けながらバルド王が続ける。
「余興にしてはちと、物々しい雰囲気ではないか?」
「カッカッカ......。とんでもございません。ささぁ、こちらをどうぞ。」
フェア神官は手の平のペンダントを再びリヴィア姫の前へと出す。しかし、リヴィア姫はキッパリと答える。
「イヤよ。」
目を点にしたフェア神官とバルド王。「へ?」という顔が間抜けで堪らない。
「最高のものっていうから楽しみにしてたのに、それ、私が持ってきたヤツじゃないのよ! バカにしないでよね!」
いや、まぁそうなんだけども、という感じでフェア神官が焦る。
「しかし、このペンダントには特殊な」
「イ、ヤ!」
両手を組んでそっぽを向くリヴィア姫は、絶対に受け取ってやらんという鉄の意思を感じる。
あ、あれ? おかしぃなぁ? こんなハズでは、、、というフェア神官の態度を見て、バルド王が大笑いしながら言う。
「残念じゃったのぉフェアよ! お主が何を企んでおるかは分からんが、リヴィア姫の機嫌を損ねてしまったようじゃのう!」
「ぐぬぅぅぅう、小娘めぇ!」
こうなってしまったリヴィア姫がテコでも動かない事を熟知しているフェア神官は、諦めて別の手段をとる事にした。
「こ、こうなってしまっては仕方あるまぃ。」
ペンダントを自分の首に掛けるフェア神官。そしてある呪文を唱える。
「ーー汝、終わりを告げる者なり。汝、絶望を与える者なり。……」
「こ、この呪文は……?」
両手を広げ、天を仰ぎながら詠唱するフェア神官。聞き覚えのない呪文に戸惑うバルド王。
「--汝、混沌を招く者なり。汝、苦痛と狂気を糧に……」
「ちょ、ちょっと何なのよーー?」
黒いペンダントが徐々に赤黒く輝き始め、フェア神官を中心に風が舞い、次第に強さを増していく。突然の出来事に混乱するリヴィア姫。
「ーー今こそ力を解き放ち、顕現せよ!!」
「お、おぃ! ありゃあなんだ?!」
「あれは……?」
「ば、バルド王!!」
「姫! リヴィア姫!」
さらに激しさを増す風の中、ペンダントの輝きが一層強さを増し、フェア神官の身体ごと宙に浮き出す。舞台の異常事態に、国民達が騒ぎ始め、ロス達が騒ぎの中心へと向かって走り始める。
恍惚として崇高なる者の名を呼ぶように、フェア神官は叫ぶ。
「冥王の心臓!」
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