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「ルーク君、呼んでるよ?」
「いーよ、ウザいし」
うわ。さては、気付いていたのに無視してたな? 素直になれないお年頃のオトコノコはこれだから!
「や、でもせっかく来てくれたんだしさぁ」
あれはおそらく「折れぬ牙」のメンバーだと思われる。妖精さんの方は見たことあるもん、テレビで。
「あれ、キリルさんだよね? ナマで見たの初めて~」
「あっそ」
なんと気のないお返事か。そりゃ、他人にああしろこうしろって言われるのが大嫌いなるーきゅんとしては、不本意な状況なんだろうけどさ。
「ちょっと、聞こえているんでしょう! 早くこちらへいらっしゃいな!」
ほらぁ! しびれ切らして怒りだしちゃったよ? ヤバいよ?
「せめて私だけでもあっちに預けちゃったら? そしたら戦えるでしょ」
ね、そうしようよ、としつこく背中をぺしぺし叩けば、るーきゅんはやっと観念したようにそちらへ足を向けた。
誘導されるまま小道に駆け込んだ直後、後ろで悲鳴が上がった。後ろって言うか、私は後ろ向きに抱えられているから目の前なんだけど、怖くて目を閉じてたんだ……!
それでもそうっと薄眼を開けてみれば、魔物がひっくりかえって吠えていた。前足から血を流している。
なんだ? 何が起こった?
るーきゅんは私を奥に押しやると、そのまま魔物へと近付いて行った。途中、ひょいっと何かを避ける動きで気付く。
わ、ワイヤー張ってある! 床から10センチくらいの場所に、妙に鈍く光るワイヤー張ってある!
そっか、あれに引っかかって……。痛そう。
と、それはともかくご挨拶しないと。
「『折れぬ牙』の方ですね? お迎えありがとうございます」
助かりました、と頭を深く下げる。どんなにるーきゅんがいらないと言っても、やっぱり助かったには違いないし。私大人だし。
ところが、そんな私の気持ちはキリルさんの放った一言でどこかへ吹き飛んだ。
「噂に聞く『幻』様がいらっしゃると聞いて、さぞや見事な戦いを見せていただけるのだろうと期待しておりましたのに。正直ガッカリしましたわ」
……え、なにこの小娘。
「き、きりるちゃんだめだよ! しつれーだよ!」
「ヴィトだって、失望したでしょう? なんですのあれ。あんなザコから逃げるなんて」
「う、で、でも……」
子狐がわたわたしながらキリルさんの足をつつく。うむ、この子狐は良いモフモフだ。あとでふしゃふしゃさせてもらいたい。
しかしこのタカビーちゃんはどうしてくれよう。(ぐぬぬ)
「あぁ、ご挨拶が遅れましたわね。わたくし『折れぬ牙』のキリルですわ。この子はヴィト。見習いですの」
「ああの、あの、はじめまして」
「はじめまして」
キリルさんとは目を合わせず、ヴィトちゃんににこりと笑ってみせると、なぜか怯えたように縮こまってしまった。
え、なんでだ? 私何かしたか?
「ヴィト、怯えることはありませんわ。『七罪』といえども、むやみに子供に危害を加えたりなさらないでしょう」
「なっ!」
「お気に障ったならごめんあそばせ。でも、『七罪』の『暴食』様といえば、子供にとっては恐ろしい存在ですの。ご存じでしょう?」
いーえ、まったくこれっぽっちも存じません!
「悪い子は、口が耳まで裂けた『暴食』様に攫われて、食べられてしまうという噂ですわ」
「私は都市伝説ですかっ!」
そこへ、いつの間にかハリネズミモドキを倒したるーきゅんが戻って来た。
るーきゅんは、私の手をぐいと引いてさっさと歩きだす。え、えーっ? まさかの無視?
「あ、え? いいの?」
「はじめまして、ルークレスト。『折れぬ牙』のキリルですわ」
「あっそ」
るーきゅんは振り向くことも足を止める事もせずにすたすたと進む。というわけで私もすたすた。
や、だってさ。さっきのアレといい、どうしてもご一緒したいヒトじゃないし。子狐だけ抱っこして連れて行きたいけど、そうもいかんしなぁ。
「ねぇねぇ、この先の厄介なのの巣って何?」
「あー、ムカデみたいなやつ」
「るるるるるるーくくん、おねーさん、ごく標準的な女性だから虫も大分苦手だよ?」
「めんどくさいなー」
「あぁら。『暴食』ともあろうお方が虫ごときを? でも、まぁご安心あそばせ。今頃『折れぬ牙』の者達が、片付け終わっているでしょう」
「ところで、喉乾かない? おなかすいてない?」
「まだいいよ」
「そっか。あんなに動いたのにすごいね」
「あのくらいで音を上げるようでは二つ名など恥ずかしくて名乗れませんものねぇ」
「ルーク君、敵は手ごわいよ……。そろそろ突っ込んじゃいそうだよ、どうしよう」
「構うとつけ上がるよ。気をしっかり持たないと」
「う、うん」
でもやっぱり、るーきゅんの二つ名(笑)とか、すごく突っ込みたいよ。心が折れそうだよ。っつーかせっかくの私とるーきゅんのでぇとなんだから、一々口挿まんでくれって言いたいよ!
「なんなんですのその態度はっ! 失礼じゃありませんことっ?」
「きりるちゃんがさきにしつれーなこといったんだよ? ぼく、ぼく……。うああん」
場の緊張感に耐えられなくなったのか、とうとう子狐が泣きだした。
うんまぁ、子供にはちょっと過酷なプレッシャーだったかもしれん。大人げなかった悪かった。
「ぜ、ぜっがぐるーくれすとざんにあえたのにぃっ! きりるぢゃんのぜいでぎらわれだぁ! ぎりるぢゃんだって、だのじみだっだぐぜにい! ばかぁ、つんでれぇ! うあああああああん」
「なっ! べっ、別に私は! 楽しみで昨夜眠れなかったなんてことはありませんわっ!ヴィトがどうしても迎えに行きたいとねだるからっ」
「うぞだもん! きりるぢゃんがりーだーにおねがいしにいっだの、みでだもん!」
「み、見間違いですわっ!」
「あーもー、うっさい」
突き放すようなセリフとは裏腹に、るーきゅんはとうとう足を止めた。
はいはい。泣く子には勝てませんな。(はふぅ)




