薬草園
「着いたぞ」
声をかけられ、3度目となるエルフに抱えられての空中移動を経験し、俺はとある寺院の中庭に降り立った。
「ようやく揺れない地面に……って、ここどこ?」
寺院は良いんだが、どう見ても見覚えが無い。
国分寺は小学校の頃遠足で来たことがあるが、こんな高層建築みたいな塔は建ってなかったはず。
数えてみると1、2……13重の塔だ。各屋根の間隔が詰まっているという感じでも無く、普通に天井の高い階層が13階分連なっている。
建築基準的には普通のビルは14か15階ぐらいが制限だったはずだから、各階が高いこの塔は違法建築だ。
ほえ~、と見上げていると、潜水艦モドキを収納した仙人が説明してくれる。
「一般的な基準で計れるものじゃない。これでも千年以上倒れることも崩れることもないんだ。さあ、中に入るぞ」
「そうじゃなくて、こんな建物無かったよな?」
「うむ、この場は『日本地図』には存在しないのじゃ」
「それって……あ、異空間とか?」
「その辺りも説明せんといかんのう……まあまずは中で落ち着くのじゃ……力を使って疲れたのでわしは羊羹を所望する」
などと勝手なことを言いながら、エルフは仙人の後を続いて塔に入っていく。
しょうがないので俺も続く。
塔の開かれた入り口を超えると、そこに一人の男が立っていた。
こんな夜中だというのにスーツに身を包み、切れ長の目と七三分けで神経質そうな雰囲気がある。エリートサラリーマンとか官僚だとかのイメージだ。
「わざわざ筆頭が出てくるほどのことか?」
「東北で作戦指揮中だったのです。転送が使える以上、移動はすぐだし、何より超越者同士の争いなんて他のものに任せられるものじゃありません」
「久須見、まずはどこか落ち着ける場所に案内せい。それと茶と羊羹も頼むぞ」
「はいはい、わかってますよ。最上階で良いですね」
この一階は、板敷きでがらんどうの空間だ。落ち着ける場所は見当たらない。
じゃあ上? ということになるが、上がれる階段など見当たらない。もしかするとこの塔の上階は単なる飾りなのか?
「ほれ、東雲の、こっちじゃ」
エルフに手を引かれる。それを聞きとがめたのはエリートサラリーマン、確か久須見とか呼ばれていた。
「東雲? この地で東雲というと……」
「貰われ子らしいぞ。血は風詠の裔じゃ」
「はあ、なるほど……」
男は手元のスマホを取り出して何やら連絡をしている。何だろう? うちもそういう関係の家だったのか?
気にはなるものの、今はこの状況が解決しないと。
手を引かれて到着したのは一階の隅。何もないように見えるが……
「ほいほいっと……内側から出るなよ」
エルフがなんか床に書かれた○印をタタンと踏むと、周辺の床に光る円が現れる。
一瞬の地、浮遊感に包まれ、俺は自分たちが別の場所にいることに気づく。
そこは、一見同じ塔の中に見えるが一階より狭く見える。そして窓の外から強い風が吹き込んできている。
床は全面板敷きではなく、上がりがまちがあって、畳敷きのスペースがあった。
「さ、こちらへどうぞ」
いつの間にかいた、なんだかやり手の秘書という感じの人が案内してくれる。
スーツ姿だからきっと久須見という人の関係者なんだろう。
そして座卓の前の座布団に座らされる。一同も座る。
俺から見て正面が久須見、右に翠木、左に風間という並びだ。
「どうぞ」
さっきの秘書さんがお茶を出してくれる。ついでに羊羹。
様子をうかがっていると三人とも茶を飲んで羊羹を食べている。
なので俺も手を伸ばす。
そして俺は衝撃に心を震わせる。
考えても見ろ。30年ひたすら人のいない土地で酸っぱい果物と川魚で生命を維持していた人間に、羊羹の強烈な甘さは毒だ。
美味いけれど……だめだ、衝撃が強いので一口だけかじって、俺はお茶で流し込む。
そんな俺を余所に、話は始まっているようだ。
「どう考えてもエルフの血筋じゃ。そちらが手出しする筋などないのではないか?」
「ふむ……それは同意する。最初は修仙者だと思ったが、間違っていたようだ。だが、それとはちょっと別の事情があってな……まず少年、その力を身につけた経緯を教えてもらえないか?」
「えーと、30……いや、今日の昼過ぎに家に帰っていたら突然……」
俺はよくわからない土地に飛ばされ、脱出するために日記に書かれた修行をしたことを説明した。
「やはりな……その日記は、実は俺が残したものだ」
「え、あなたが師匠なんですか?」
心の中で俺は日記の著者を師匠と呼んでいた。
「師匠か……まあ、お前の資質がこちらにあればそうなったかもしれんが、不幸にも違ったな……まあそれはいい。問題はあの場所だ。あれはな、『葛城上人の薬草園』と呼ばれている。俺はずっとあの薬草園を追っていたのだ」
仙人風間は簡単に説明してくれた。
あの薬草園は日本全国のランダムな位置に出現し、人を飲み込む。そして出る時には一定以上の仙人でなければ開かない門を通る必要がある。
一般人があの場所から脱出するには、偶然仙人としての資質を持ち、偶然修行法を知っており、偶然自生している薬草の使用法を知っている必要がある。
「……俺は幸いすでに修仙の道に足を踏み入れていた。まだ虚舟と名乗る前の駆け出しの頃だ。だがあの場所の価値に真に気づいたのは脱出した後、中国に渡り宗門に入ってからだった」
「時間加速の上に天地の気が再現された薬草園、か……そんなもの貴重な薬草を育て放題ではないか。エルフでも喉から手が出るぐらいじゃ」
翠木曰く、ああした閉じた世界を作ることは可能なものの、同時にエネルギーも遮断されてしまうので薬草や霊草を育てても一定以上で成長が止まるのだそうだ。
その意味であの薬草園は、古代の謎の仙人である葛城上人(すでに真仙界に上がっている)の残した秘宝であるらしい。
「そこで、薬草園から戻った彼の手助けを得て、あの薬桑園を手に入れたい。もちろん見返りは約束する」
「それ……って俺みたいな下っ端でも役に立つんですか?」
「もちろん。俺以外で薬草園から戻れたものは君だけだ。今日この町に入り口が開いたということだけでも出現位置を絞り込む助けにもなる」
俺は翠木の表情を確認する。
どうやら自分は仙人ではなくエルフとやら(伝説や民話のあれだとしても、今だ詳細不明だが)らしいので、この人の保護下になるんだろう。
ならば一応意向を聞いておかねば、という意味だ。
「まあ問題無いじゃろ。ただ、こっちの事情を優先させて貰うぞ。なんせエルフは皆から狙われておるからな」




