小激突
俺としては状況に流されるままだ。
エルフ、仙界、妖精界、そして仙人。
昨日まで思ってもみなかった――というと嘘だ。俺は名も知らぬ仙人の手引きによって、あの空間で修行をしていたからな。
だけど、情報の増殖がついて行けないレベルでひどい。
「待て、そもそもどうしてこの子をお前が……」
「いいや待たん。明らかにその新たな修仙者は俺の系譜にいる。AAA統一階梯第六階、【元嬰期修仙者】虚舟こと風間修太郎、いざ参る」
言葉と共に彼の背後から飛剣が多数放射状に浮かび上がる。
「短気な奴め……よかろう、少し痛い目をみてもらう。AAA統一階梯第七階、【エルダーエルフ】『翠木』スミレ、受けて立つのじゃ」
エルフは弓をどこかに収納し、代わって両手に一対の短剣を装備した。
「行け」
浮かんでいた飛剣が3列になって殺到する。
それを彼女は手元の短剣を使って目にもとまらぬ速さの振りで迎撃する。弾き飛ばされた飛剣は、あるものは地面に刺さり、あるものは空中で止まったあと、男の背後に飛んで戻る。
男は剣指(人差し指と中指だけ伸ばした状態)を形作り、目の前の地面を指さす。
すると、河川敷の土の中から蔓が伸び、たちまち増殖してエルフに殺到する。
「エルフの、格上に、そんなものが通じると思うなっ!」
エルフは視線を向けただけで、その触手とも見まがう蔓は動きを止め、その先端からすごい勢いで枯れ果てていく。
「ならば……」
男は、腰に手をやり何かを取り出す。
遠目だがお札に見える。
「ふっ」
そのお札らしきものが霧散し、そして空に光が広がる。
魔法陣――いや、仙人が使うのだから仙術陣だろう。
多重に重なった円形の内側に何やら文字が書かれている。アルファベットでもないし漢字でもない。古代文字という奴だろうか?
「縛」
白く光るその陣から、光が伸びてエルフに収束する。
「なめるなっ!」
彼女は足をトンと踏みならす。
それにより、彼女の体の周りに半透明の大樹が現れる。
たちまち空に広がる陣すら覆い隠し、河川敷を越えてその先へと枝を伸ばす。
と、その瞬間に世界が揺れる。
気がつくと男が背負っていた飛剣も、頭上の陣も、エルフの彼女が生み出した大樹も、跡形もなく消え去ってしまった。
そして、争っていた二人とも膝をつき、力尽きたように息を荒げている。
「……翁か……」
「外で騒ぎすぎ……という事じゃな……」
俺は、争いが終わったのだと直感し、二人に歩み寄る。
俺としては、どっちに味方するのも違うと感じる。だが、どっちにも縁があるということも間違いない。
「とりあえず、平和的に話をするのはどう……ですか?」
とりあえず自分は両方から攻撃は受けていないし、その恐れもないだろうと考え提案する。だけどさすがに格の違いを見せつけられたので、ここからは敬語で丁寧に接しよう。
よく思い返してみたら30年前の俺って一人称『僕』だったし、気遣いの出来る物静かな性格だったと思う。まあ養子だったし。
それまでの人生のほぼ倍の孤独な修行でいつの間にか『俺』になっていたし、修行が進むにつれて自分が偉くなった気分でいたけど、実情はまだまだ雑魚ってことだ。反省しよう。
男の言っていた『元嬰』というのは仙道の遙か高みだ。
あの日記に書かれていた区分によると、仙人のランクは下から『練気』『築期』『開光』『結丹』『金丹』そして『元嬰』と続く。
自身の本質を不滅の金丹に凝縮する段階を超え、自分で金丹を砕いて不滅の霊的実体として肉体を離れた体を作り出す超人だ。そして名乗りによるとエルフはそれよりも上位らしい。
「ああ、そうじゃな……風間、場所を変えるぞ」
「……仕方有るまい」
二人は、ほぼ同時に立ち上がる。
「ところで、かなり被害があったと思うんだけど……俺の家とか……」
仙人の男は袖からなにか小さいものを出すと、それがたちまち頭上に広がり、大きなシルエットになった。
これは――船、というには異様な形で、つるっとしたシルエットで、浮かんでいるのを見ればまるで飛行船だが……
「潜水艦じゃな……相変わらずお前の趣味は……」
「21世紀に中国古代の楼船を模して作る意味が無いからな。この形状にしたことでステルス性も高い。仙界にあるどんな飛船よりも上だ……と、そうだった……少年の家だが心配なら途中で確認出来る。恐らく翁が動いた以上は問題無いと思うが……」
言いながら、男は光の玉になって飛び上がり、潜水艦の上に降り立つ。
「わしらも行くぞ」
翠木がさっきのように俺の腰を抱きかかえ、同じように飛び上がる。
「うわああっ」
二度目だが慣れるようなものじゃない。
俺は降り立ったところですぐにしゃがみ込んでしまった。
「元々高いところは苦手なんだよ……」
「それは困ったことじゃな。転移を使えるようになるまでは基本移動は飛行じゃぞ」
「文明の利器を使うつもり」
実はもうすぐバイクの免許が取れる。この夏休みで教習所に通う予定なのだ。
「あ……ああ……まあせいぜい頑張れ……(無駄だと思うがな)」
「何? 最後小さくて聞こえなかったんですけど」
「いや、何でも無いぞ。それよりほれ、お前の家が見えてきた」
いつの間にか移動中だったようだ。
今の潜水艦は基本円筒形だ。上面も湾曲しているのが普通なのだが、この潜水艦型の空飛ぶナニカは上部が甲板のようになっており、手すりもある。
俺は、立ち上がるのは無理だったので、四つん這いのまま手すりに近づいて見下ろす。
「ん? あ、元通り……なのか?」
「あの御仁が動いたということはそういうことだ。一帯ががれきの山になっても一瞬で戻し、死傷者も元通りになったことが何度もある。恐らく単なる修復ではなかろう……時間……あるいは因果の法則自体の操作か……」
いつの間にか後ろにいた仙人の男の声が斜め上から聞こえる。
「はあ……ところで俺たちどこに向かってるんです?」
「俺たちみたいなのが平和に話し合うなら場所は『国分寺』と決まっている。まあ……今は『国分寺跡』だが……」
その名は知っている。朝廷の命令で当時の各国に1つずつ置かれた地域鎮護の寺院だ。当然県内にもあり、その場所は……
「ああ、意外と近いっすね」
数駅先だ。
ならば、この居心地の悪い(怖いの婉曲表現)高所も、あとすこしの我慢だ。
俺は、手すりがしっかり固定されているのを確認して、それを握りながら……でもやっぱり若干中腰で流れる景色を眺めていた。




