エルフ来襲
結論――外では時間が経っていなかった。
いや、今が深夜なので数時間は経っているということなのだろう。
コンビニで新聞を確認したら日付が――いや、さすがに30年前なのでおぼろげだが、西暦と7月中旬だということと曜日で同じ日であることが確認出来た。
「となると、家に帰れるってことか……」
さすがに連絡なしで深夜まで帰らないということで心配されただろうが、少なくとも失踪届という事態にまでは至っていないだろう。
まあ、気は重いが……
家路を急ぎながら状況を整理する。
あの空間と現実の時間の流れが違う可能性については日記に言及があった。いにしえの仙人の作り出す空間には1日で内部時間は何百年も経過するというものがあったらしい。
これは内部で閉じこもって修行する、と言う目的の他に霊草の育成という目的があるらしい。一年草、多年草、という区別を超越して数百年以上ゆっくり成長し続ける特殊な草が存在し、そうした霊草は修行を進める為の薬に加工される。
いくら仙人が何百年という寿命を持つにせよ、さすがに一生かかってようやく収穫できるような霊草を潤沢に手に入れることは不可能で、すぐに枯渇してしまう。
そのため仙人は修行資源の奪い合いに殺し合うというのが常態だったというのだから信じられないほど殺伐とした世界だ。
とはいえ全員が全員武闘派の仙人という訳でもなく、戦うのが苦手な彼らは様々な抜け道を模索し、その過程で時間の流れが速い洞天を隠し持つというものだったらしい。
あの空間も遙か昔のそうした仙人の持ち物が偶然、野に放たれたものだったのかもしれない。
30年が数時間、ということは倍率としては数万倍ということになるが、数百年が1日という倍率よりは緩いので、まあ、あり得るんだろうと思う。
それにしても、まさか本当に日付すら変わってないとは……
残念だがスマホの充電は切れているし、すでにバッテリーもへたっているだろう。だから事前に連絡を送ることも出来ず、俺は自宅に到着した。
「はあ……」
何度目かのため息が口をついて出る。
親戚に引き取られた養子ではあるが、俺もちゃんと自宅の鍵は渡されているので、それを使って玄関を開ける。
「……ただいま」
真っ暗だ。
今の時間はさっきのコンビニの時計からして11時過ぎだろう。
当然、いつもなら家族は寝静まっている。
今日は、俺が連絡もせずに帰らないことで心配して起きている、あるいは血相を変えて警察に電話でもしているかと思っていた。
家族との関係は悪くない……と思う。
剣術道場をドロップアウトしたことで、義父との関係はちょっと微妙になったものの、「なら、自分の道は自分でみつけないとな」と頭を撫でてくれたのでネグレクトとはほど遠い。
その代わりと言っては何だが義母はいっそう俺にかまってくるようになって、ちょっと義妹の視線が怖いぐらいだ。
その義妹にしたって、別に俺を嫌っているのでは無さそうだが……思春期なのかちょっと最近は関わりが薄いなあ。
ともかく、連絡無しに帰らない俺を放置してさっさと床につくとは考えづらいのだ。
「隠れてる?」
そんなユカイな一家だったかなあ……
俺は廊下の先、リビングに入って手探りで明かりを付ける。
え? 誰?
知らないシルエットがソファに座っている。
後ろから見た感じ髪の長い女性に見えるが……
「……誰?」
ソファから立ち上がり振り向いたその人は、後ろ姿からの想像以上に美人の若い女性だった。ちょっと外国人っぽい作りの整った顔立ち。それにしてはストレートな黒髪が腰まで伸びているのは日本人という感じがする。
しばらく見つめ合い、開いた口から出たのはこちらの質問への答えではなかった。
「――東雲は、わしが知っとる家系ではないのじゃが……もしかして、貰われ子か? なら元の姓は何という?」
内容に気になる点はいくつかあった――というか口調が偉そう、じじいかよ……ともかく、俺はこの不審な人物に負ける気は無い。語気を強めて言い返す。
「警察呼ぶよ。というか母さんと妹になんかしたか? お前は何者だ?」
そこでようやく、相手はこちらと会話する気になったようだ。
「ああ、先に自己紹介じゃな。わしは翠木スミレ。見てわかると思うが――」
そこで彼女は、髪を掻き上げる。
ほっそりした顎と形の良いちょっととがった耳――とがった耳?
「――エルフじゃ」
見ての通り、というが確かに耳がちょっととがっている感じがする程度だ。耳の形は人によって千差万別だと思うので、中にはそんな形の人もいるんじゃないだろうか。
「おぬしと同じじゃな」
「ちょっと待て、何が同じ――」
その自称エルフは突然消えたと思ったら俺の背後に現れ、そして俺の耳をつまんで引っ張る。
「ほら、鏡で見てみよ、わしよりも目立たぬがとがっておるじゃろ?」
目の前に差し出された手鏡越しに見ると、たしかに俺の耳の形が変わっていた。鏡を見るのが30年ぶりなので、元がどうだったかはうろ覚えなのだが、こんなにとがった耳ではなかったのは間違いない。
「え? どうして……俺は仙道の……」
あ、思わず漏れてしまった……いや、エルフがどうとか言っているのだから今更仙人修行の事なんて大したことは無いのかもしれない。
「ほう……まあ、それは後で聞くとして、おぬし貰われ子じゃろ? 元の家はどいずこか? 翠木は違うとして葉歌か?」
「元の苗字ということなら風詠だよ。風詠葵。10歳で両親が死んで引き取って貰ったんだ。それより、母さんと妹は無事なんだろうな」
「おお、あそこか。元々血の薄い筋じゃからもうエルフになれる子孫なんて出てこないと思っておったが……ああ、家族は騒ぎにならないように先に眠ってもらっておる。記憶も差し替えて問題ない」
「そうか……なんかいろいろ説明してもらわないと――」
「伏せろ!」
突然引き倒される。
一瞬の差で、窓から飛び込んできた光るものが俺たちの頭上を薙ぐ。
「な、何が……」
「エルフには敵が多いのじゃ……大抵は西洋魔術師じゃが……これは……いかん!」
飛んできて壁に突き刺さった、あれは……剣か? それが振動し始めたのを察知したのか、エルフは俺の胴に手を回す。
そのまま俺は翠木に抱えられて、宙に放り出される。見慣れたリビングの風景が遠くなり、そして見慣れた河川敷に降り立った。
「河川敷……って2kmは離れてるだろ……」
「なに、『超越者』ならこんなの当たり前じゃ……と、話している場合ではないな」
翠木は手をかざすと、そこに弓が現れる。
現代的なそれでも、ファンタジーによくある装飾されたそれでもなく、単に弓の形をした木の枝といった見た目だ。
どこから取り出したのかわからない矢を引き絞ると、彼女は斜め上にそれを放つ。
頭上でドカンと音がして、真夜中の空に光が広がる。
「さすがに飛剣が一つという事はなかろう……こっちか!」
さらに別の矢を手元に出すと、今度は川の方に放つ。
飛んでくる光るものに命中すると、やはり爆発が起きて水面に光が広がる。
「いい加減姿を現せ! どうせおぬしじゃろ、風間」
叫ぶ声に応じて、堤防の向こうから今度は光るもの――剣をスケボーの様にして飛んで現れた人影がある。
その人影は俺たちから少し離れた位置に降り立つと、そのまま剣をどこかに収納し、代わりに手をかざして光球を作ると、頭上に浮かべる。
男だ。
青年と中年の間ぐらいに見える。年齢で言うと30代ぐらいだろう。
長身で、ややがっしりした体、そして中国風のボタンが縦に並んだ黒い服を着ている。
見た目通りの低い声で、彼は口を開く。
「エルフの長老よ、なぜ修仙者に接触した? 仙界と妖精界の全面戦争を望むのか?」




