第7話 好き
「ええぃ、俺がいない間になにサボってんねん! オドレらは! どう落とし前つけるん!?」
「申し訳ありません、黎明様っ」
館の広間で部下たちは黎明に土下座をしていた。
先刻、館に襲撃が入り、ちょうど玄関の先の廊下を掃除していた憂が連れ去られたというのだ。
館に来て早々、憂だけをさらっていくのは手際が良すぎる。そもそも黎明の組織は大きいので、喧嘩を真正面から売ってくるやつなどいない。正気ではない、なにもかも。
「ちっ、あのガキ、チクッたな……」
情報の出所はあのガキくらいしか思いつかない。
最近この街で、半グレどもが騒いでいるのは監視していた。しかし、この館にまで手を出してくるほどアホだとは思っていなかった。
「この俺をコケにしたこと、後悔させたる」
黎明は背を翻し、館を出た。
◆
憂は両手を縄で縛られて、椅子に足を縛り付けられていた。
ただっぴろい倉庫である。置いているものは輸入してきたような、機械と、荷物。工業会社の倉庫かと思われたが、知識のない憂にはよくわからない。なにかが腐っているような不衛生な匂いがする。
憂を囲んで、鉄パイプを持った大人が数人、たむろしている。
「……それで、私をさらってどうしようって言うんですか」
額に布あてを撒いた、目線があちこちへと移動する男が叫ぶ。
「あんたって災厄の魔女だろ? それをを殺したら俺らは英雄様。お前の小さい死体を高いところから吊り下げて飾ろうかなって思ってるんだが、どうだ、いい考えだろう?」
「いや、恭二、なにを言ってるんだ。そんなことしたら身代金がもらえないだろ」
「身代金? 黎明の前でこの女を殺して、俺らに屈服させてやるって話は?」
てんでばらばらな意見だった。この大人数人が、組織として機能しているのも怪しい。
恭二と呼ばれていた男は、
「あーあ、薬の時間だ!」
と、叫びだすと、懐から取り出した箱のなかから、注射器を取り出し、腕に打った。
憂は薬物中毒者に出会った経験はないが、本などでなんとなく知っている。
理性が効かなくて、薬のためならなんだってするんだって。殺しだって、盗みだって。薬の快楽に脳を浸らせて、凶暴になるんだって。
憂は己が身がまた危険に晒されていることを感じ取り、身を竦ませた。
「とりあえず、この女は適当に拷問でもしておくか。そのほうが黎明がおとなしくなりそうだから」
「ああ、そうだな」
私はどうしたらいい?
聖女の力を使えば、奇怪な生き物に進化させて、きっと切り抜けることはできるのだろう。ただ力の使い方もわらかなければ、人間を壊す度胸はない。こんなロクでもない人間たちでも、人の人生が壊されるべきだとは思わない。
私はこのまま襲われてしまうの――?
目を見開き、自分に伸びてくる手を見つめていたが、ふいにその手は止まる。
「おい、やっぱ、拷問はあとでにしようぜ」
「黎明、相当怒ってやがる。気配も隠さずやってくるなんてなあ」
「手厚く出迎えてやる!」
薬を打っていた男が機械のほうへと走り出す。
「恭二、いけ!」
奥にあった工業機械と思わしきものが動き出す。
それは、ヴヴヴと音を立てながら、《《直立した》》。
「なに……あれ……!?」
赤く塗られた胸部装甲に、金属の腕と逆関節の足、目には黄色く光るライト。
それはまるで機械ででた人型の生き物みたいで。
「っはっはー! 恭二様の、世界初であろう産物! 機械礼装だ!」
恭二は頭部と思わしき場所に乗っている。
そのとき、倉庫の扉が完全に割れた。
人影が姿を現す。
「黎明!」
――きっと来てくれると信じていた!
憂は嬉しさでいっぱいになったが、その直後、別の男に顎を掴まれる。
「嬢ちゃん見てなよ。今からお前の黎明が人を殺すところを。お前は塔から出たことないんだって噂で知ってんだよ。当然、黎明の能力も知らないよな?」
「知らない……! けど!」
顎を掴む手を離してもらたいたくて、顎をひいて抵抗する。男の手に嫌悪感がわきあがってくる。触れられているところが汚くなっていく気がした。
男は黎明に向かって大きな声をあげた。
「おい、黎明様とやら、この女の前で人を殺してみろよ。どうせできないんだろ」
他の男も騒ぐ。
「俺らを無血で逃がせよ。あの冷徹な黎明様にお目溢しをもらったってだけで、俺らの名は轟く!」
そして、男は憂の耳元で囁いた。
「――あの男の能力は『殺した人間の能力を奪う能力』だよ」
憂は瞠目する。
黎明は少し黙った。
「憂」
そして、静かに憂を呼んだ。
「少しの間だけ、目ぇ閉じとけ」
言われたとおり、目を閉じると、髪の毛をぶわりと舞わせる風の余波を感じた。切り裂くような突風が、さきほど男のいた場所を過ぎて行ったのが、見なくてもわかった。
それからウィンウィンという機械の音が途切れて、なにか爆発する音。
悲鳴。
憂は安堵していた。
その悲鳴が、黎明のものではないことに。
人の気配が消えていくごとに、心は凪いでいくようだった。
「目ぇ開けてもいいぞ」
間近で声がして、腕の縄も解かれる。
あたりは血液で染まっていた。男たちの姿はどこにもない。
血腥い匂いが立ち込めている。
黎明の赤い足跡が、点々と憂の周りについていた。
「俺は俺に歯向かってきたやつらは全員殺さないといけない。そうしないと、この裏の仕事はやっていけない」
「…………」
「俺のこと、嫌いになったか? 怖くなったか?」
憂はゆっくり口を開く。
「いいえ」
深く息を吐き出すようにしながら、憂は続ける。
「私は黎明さんのことを知りたい。ずっと世界を知りたいと思っていたけど、黎明さんのことも、知りたい」
「俺のことを知ってどうするんや?」
「私、たぶん、黎明さんのことが好きなんです」
ふふっと笑った。
黎明は虚を突かれたようだった。
「好きって言ってもなあ、それは雛鳥が生まれてすぐ見たものを親鳥と認識するようなものか、あるいは、俺に捨てられたら生きていけないとか無意識に思ってのこと、ちゃうかな。あんた子供やし」
「それでもいいんです。この地獄を、黎明さんと一緒に歩けるなら」
憂は黎明の手をとった。
「教えてください、黎明さんのこと。知りたいです」
それからぽつぽつと、黎明は憂に話を聞かせた。
南の国の貧困街で生まれ、ギャングに染まり、人を初めて殺めた時に、『殺した人間の能力を奪う能力』が宿っていることに気付いたらしい。
それからは殺しばかりやっていて、やがて貴族に飼われるようになって、この地域に移動し、そこで叔父貴・美花に会ったという。
叔父貴は黎明という名を与え、躾直してくれたそうだ。
「昔の名前は過去と一緒に捨てたんや」
黎明はにかっと笑った。
部下の人たちが遺体の処理にくるまで、憂と黎明は話していた。
黎明は言った。
「あんたは光のところにおれや。裏の仕事は全部俺がしたる。あんたは綺麗な道だけ歩めばいい」
――それは、きっと難しい。
だって私だって、汚れているんだから。
私は世界を滅ぼせる能力を手にしている、醜い人間。
黎明は忌み嫌われる能力を持って、黒社会に染まっている人間。
私はこんな自身をおぞましいと感じていたけれど、黎明も同じなのだと知れて、安心した。
――私たちは環境は違ってもきっと似たもの同士のはずよ。
憂はそれに気がついていたけれど、そう言ってくれる黎明が眩しくて、少し微笑んだ。




