第6話 聖女を守護する理由2《黎明視点》
最初に宿の窓硝子が割れた。
ッターン
という、音だけが聞こえた。
そしてもう一発。
建物が振動した。
「伏せてッ」
柚月が叫び、黎明とセイレーンはそのとおりにすぐに床に這いつくばった。
止めにもう一発。
黎明の顔すれすれのところを、銃弾が掠っていった。
聖女の体が床に倒れる。
銃声がやむと、聖女の足と脇腹は血に染まっていた。
「私を本気で返さないつもりね……」
柚月は目に見えてわかるほど大量の脂汗をかきながら、天井を仰いでいた。
「これが長銃……!」
セイレーンがつぶやく。
ぐっと、柚月の食いしばった口の端から吐息が漏れる。
黎明の世界は能力者同士の争い、能力者主義の世界であり、一般人から攻撃を受けることは稀である。というか、国には睨まれているが、能力者と一般人をそこまで敵対させる準備が国側には整っていないと言うべきか。島の国の能力者人口ならともかく、帝国で表立って能力者と一般人を敵対させたら泥沼の戦争になってしまう。だから帝国ではあくまで平和主義、平民には銃は流通していない。数ある兵士たちにしか支給されていない。
……というのは建て前も含まれていて、実際には黎明の属す組織は、銃の取引もしているが、すべて上司がやっており、黎明はそれに関わったことがなかった。
しかし、事前に渡された資料には、銃の使用など想定されていなかったのに。
「参ったわね、動けない……私たちは遠距離に通用する能力をもっていない」
セイレーンが冷静に言う。
「正気か……! 聖女を傷付けて……!」
柚月は自分を治癒できないと言った。
出血量的に、いますぐ治療しないと死んでしまう。
そのとき、部屋の扉が蹴破られた。
「あんたたちの仕事はお終い! 聖女は私たちが治療するから、観念して、捕縛されなさい」
入ってきた大人たちは皆、銃を持っていて、銃口を黎明たちに向けていた。
聖女を人質にとられて、自分たちの身もいよいよ危険となれば、できることはない。
「こう……さん……」
セイレーンが微妙に口の端をヒクつかせながら、両手をあげて、降参のポーズをとった。
黎明も動くことはできなかった。
◆
「あんたたちは丁寧に土に返してやる……と言いたいけど、大陸の黒社会とは仲良くしておきたいってことで、送還してやるからありがたく思いなさい」
輸送車のなかで、セイレーンと一緒に檻に入れられて、移送されている途中である。
南の国と西の国には、鉄道が存在する。地図では砂漠の北側、西の国から南の国へと繋がる緑地地帯に輸送車は通っている。
だいぶ鈍行だし、しょっちゅう止まるし、なかなか目的地に着かないが。
帝国で鉄道が導入されていないのは、コストに見合うクオリティではないから、見送られているためだ。あと貴族たちが対立しあっているのでややこしいことになっている。
とりあえず、すでに島の国と西の国の間では政治的な話がついているとみた。
問題は南の国だが――
「もう私たちだけで逃げちゃう?」
セイレーンがそう囁くように言う。
目隠しされて拘束されているが、お互いの位置はなんとなくわかる。能力者は一度接触した能力者の気配を覚えていることが多く、視力に頼らず位置情報を把握できる。相手の力が強大であればあるほど、遠距離でも感知できる。
能力者の発する気配と呼ばれるものが、ひとりひとり違っているため判別できるのだ。また、能力が近しい者は似た気配を発する。
もちろん能力者が高度であれば高度であるほど、隠す術も身につけていることが多いが。
聖女はそれに当てはまらない。
だからもし聖女が少しずつ離れ始めたら、それがわかる。
「いや、南の国で聖女を船に乗せたあと、俺たちは解放されるはず。そのときにもういっぺん。任務遂行できなかったら、あんたも評価に響くやろ」
「まあねえ」
セイレーンはこくりとうなづく。
柚月が動かせる体調であることを祈るばかりだ。予定変更してでも、帝国へ――黎明の所属する組の領域まで入れば、治療も保護も、なんとかなるはずだった。だって金はもらってるんだから。
食糧も水も満足に与えられず、数日。
たまに体調と思わしき、オネエ口調の男が見回りにくる。
「あんたたち、超越者なんでしょ? いいわね、神様に祝福されてて。人は一つしか能力が持てないのが普通なのに。ねえ、特別に能力を複数持ってるってどういう気分なの?」
「どうもこうも知らん。能力がひとつしかないんは可哀想やなぁ、俺に負けて野垂れ死ぬしかないんやなあって思うだけや。それに神様なんておらんやろ」
「ひっどいわね、あんた。でも、わかるわよ。あんた強いもの。ここで静かにお話しできる環境でよかったわ」
「俺はあんたともう話したくないね」
「私も最低な気分よ~」
セイレーンも加勢してくれる。
やがて機会はやってきた。
なにか爆発音がして、地面が揺れた。と同時に緊急停車する。
「南の国だろうな」
正直来ると思っていた。
南の国は島の国と睨み合いが続いている。
ここで島の国の聖女を奪い取ってしまえば、島の国の国力を削ぐことができる。また、なにか島の国に不利な条件をつけて返還することも可能だ。
なんにしろ、確保するメリットが多すぎる。
黎明がふっと息を吹きかけると、目元を覆っていた皮布は眉間のところで切れて散らばる。
拘束具も同様に、見えざる刃で切ってしまう。
「あんたのも切ってやろうか?」
「おねがーい」
セイレーンの拘束具も切ってやる。
そうすると彼女は、口の中から針金を出して見せ、檻の鍵を難なく開けてしまった。
「俺、あんたの持っとる能力、全然わからんわ」
「私のはつまんない能力よ〜ん♪」
そこへ隊長が入ってくる。
「あ、あんたたち、ひ、人質もいるんだから」
隊長は腰から半月刀を抜き放ち、何事か喚き立てようとした隊長を遮って、
「【踊りなさい】」
余裕綽々、堂々とした声で、セイレーンは命令する。
「あ、あれっ、足が、勝手に」
隊長は半月刀を放り出し、ステップを踏み始めた。手もひらひらとさせて、それは南の国の伝統舞踏だった。
「……あんた、恐ろしい能力持っとるやん」
「耳がない相手には効かないよ」
「攻略法教えてくれて助かるわ。あんたと敵対した時には参考にする」
地面に落ちた半月刀を奪い、二人は地上に降り立った。先頭車両のほうが騒がしい。悲鳴も銃声も上がっている。
「黎明、銃弾を塞ぐ手立てはあるの?」
「ある。ハナから来るとわかってればな」
ちょうどそのとき、発砲音が響いた。
土煙を裂いて、こちらへ向かってくる弾丸。
刹那の間にそれを視認。
もう弾丸は黎明を撃ち抜くかと思われたが……。
「はっ、やっぱりいけたわ」
弾丸は空中で止まっていた。
そして勢いを失うと、ころんと地面に落ちた。
「なにその能力?」
「腕や。透明のデカい腕。何本あるかは教えられんけどな」
「ふーん」
珍しく、黎明はセイレーンと会話するのが楽しくなっていた。黎明の所属する組織には、超越者はいない。能力者は自らの能力を秘匿するのが常識なので、あまり能力をひけらかす機会もない。
黎明とセイレーンだから教え合うことができる。
そのまま2人は戦場を突っ切って行く。
見えざる腕は弾丸を防ぎ、刃を塞いだ。
そして、聖女のところへ到達する。
「柚月、迎えにきたで」
簡易ベッドの上でたくさんの点滴チューブに繋がれた柚月は、声に反応し、黎明を見やった。
その目は、出会ったときとは輝きを失った、虚な目だった。
「柚月?」
「黎明……」
「助けに来たで、ほら、一緒に行こう?」
「私は……」
柚月の声はか細く震えていた。
「私はもう二人とは一緒に行けない……」
その返答に、黎明はさほどショックは受けなかった。予想はしていた。箱入り聖女なんてそんなもの。
だが、そんなふうに冷徹に俯瞰して眺める自分に対する嫌悪感はわずかに芽生えた。
「わかるで。俺は柚月の気持ちがわかる。こんだけの犠牲を払いながら、逃げようとしている自分の行動、それへの反響。全部怖がってんのやろ? でもな、別にええんちゃうの。島にいて崇められてもなんの自由にもならんくて、そんなの生きてるのとちゃう」
「ううん、もういいの。黎明と旅してる時ね、私、楽しかったの。初めて外の世界に出て、初めて砂漠の砂を噛んで、遠くまで来たって思えたの」
「だから、諦めてしまうの?」
「私の心だけ、心だけは一瞬解き放たれた……! 本当はもっと自由に、普通の人みたいに生きたかった。でも、能力者はどこに行ったってしがらみからは逃れられないんだから! 私は一瞬心が自由になっただけでいい!」
柚月は自分に言い聞かせるみたいに断言する。
その言葉は黎明の中で、響いた。
――どこに行っても、能力者は自由になれない。
――でもおそらく、本当に縛られたがっているのは、能力者の方なのだ。
――能力者自身が自由を信じ切れていないのだ。
黎明の右肩を、セイレーンが掴む。セイレーンは首を振っていた。
「この人は生き残る気がないんだわ。死んだも同然。大陸を横断する覚悟がないなら、連れて行くことはできない」
「……そう。だから捨てって行って。最後に、ねえ、セイレーン、ちょっとこっちにおいで」
柚月が手招きするのに、セイレーンは近づいて行く。
「あなたにこれを渡すわ。ちゃんとお礼できなかったから。売ったらいいわ……」
それは銀の鎖に繋がれた、薄紫色の宝石だった。
「ありがとう。行きましょう、黎明」
「そんな……」
黎明は状況を冷静に理解できていたが、それとは別に心がついていかなかった。
ここで置いて行くには、あまりにも――
あまりにも……。
自らのなかの希望の火を吹き消すような行為だ。
諦めたくなかったが、今戦闘から離脱すれば、おそらく南の国は黎明たちを追ってこない。今がちょうどよい機会であることは明白だった。
「行くのよ。私たちもここから脱出しなければならない。【帰るのよ、黎明】。でないと私たちも死ぬ」
「クソッ」
足が勝手に動いた。明後日の方向に逃げるように駆け足になる。
戦闘から離脱して、何度も何度も後悔して、その度に罵倒を吐いた。ギリギリと、すり減るのではないかというくらい、奥歯を噛み締めた。
今も後悔している。
このとき諦めるべきではなかった。
あのとき、柚月をなにがなんでも守っていれば。救い出してさえいれば。
3年後の災厄も、回避できたはずなのに。
黎明は、自室で窓から遠い空を見つめて、声に出さずにつぶやく。
――今度は本物の自由をくれてやる。
――力と暴力の世界からかけ離れた平和な自由を。
――能力者だって、自由に生きられることを証明してやる。
王とか一人になるとかどうでもいい。
ただ、己が道に救いがほしい。
それは帝国歴2012年の――現在の黎明の信念になった。




