第5話 聖女を守護する理由《黎明視点》
黎明は昔のことを思い出していた。
この世界は常に不均衡だ。
能力者と凡人に別れていることもそうだし、富裕層がいるのであれば貧困層もいる。
富の不平等のみならず、人間は足りないと喚くことが得意だ。
いまより高級な服がほしい、自分に相応しいあの綺麗な女がほしい、シェフの作った料理では足りない、もっと美味くて上質なものを――
手元に500万あっても、人はさらに金を欲しがる。そもそも500万など持っていない、明日のメシを用意するのですら難しいやつらもいるのに。自分より持たざる者には関心がない。
ただ上を。とにかく今より贅沢を。快適さを。周りの人間より、ちょっと良い生活を。
とにかく金、権威、女、贅沢品。求めて求めて――欲望には果てがない。
南の国の貧困街から、貴族の子飼いの暗殺者になり、叔父貴に拾われて能力者集団で群れるようになって。
黎明は思うわけである。
力と暴力の世界であれば、黎明こそが一番になれるのに。
最上級の能力を持った者こそ、玉座に、相応しいはずだ。
なぜそんなふうに世界は単純にできていないのだろう。
不均衡、不平等。
本当は自由でいられるはずなのに、俺は鎖に縛られている――
帝国歴1997年。聖女に出会うまでは、そんな勘違いをしていた。
◆
「あら、こんにちは。あなたが黎明?」
待ち合わせ場所にいたのは、ショートカットの銀髪の女だった。目は葡萄酒の色で、やけにきらきらしていた。もう三十を超える年齢だと聞いていたが、顔立ちも華奢な体も、ずいぶんと若く見えた。
恰好は身を隠すための外套を纏っており、やや不審者っぽい。
とはいっても、黎明も似たような恰好だが。
十五歳の黎明は、仏頂面で外套を纏っているので、女よりもだいぶ不審者感は強かった。
南の国の、とある喫茶店である。この喫茶店はマスターが隠れ武器商人の、いわゆる非合法な人間向けの店であった。
出された酒を口に含むと、腔内が少し焼ける。その感覚ももう馴染みのあるものだったが。
「そうだ」
「十五歳、って聞いてたけど、なんかそれよりも幼い気がするわね。大丈夫なのかしら」
「俺の仕事ぶりに不安がある、ってこと?」
「そもそも十五歳を任務に送ってくる美花が悪いと思うのだけど」
「実力は実戦で示す」
「そう、そこまで自信があるならいいけど。あなたって超越者なのよね。噂は聞いているわ。まったく、能力があると、大変よね……囲われたり、崇められたり、利用されたり。あなたもその傭兵家業、待遇いいの? いっしょに逃げる?」
神殿に閉じ込められて、崇められ疲れた、聖女らしい言葉だった。
軽い誘惑に少しだけ、揺らぐ。
王になりたい、でなければ、なにもかも破壊しつくして、一人になりたい。
人に使われるのは大変で、気楽に一人になりたい気持ちはずっとあった。
「楽しそうだけど、遠慮しとく」
「あっそう」
「それより、西の国に入る国境で、別の傭兵……セイレーンが待っているらしいわ。私はそこで引き渡してね? いい?」
セイレーンの名に、感情がわずかに動く。
西の国にいる、黎明と同じ超越者だと聞いていた。
彼、あるいは彼女は――王になりたいと、あるいは集団から孤立して、一人になりたいと思うことはないのだろうか。
一度聞いてみたかった。
「了解。じゃあ、島の国の聖女さん……改めて、柚月。南の国までようこそ。そしてこれから西の国まで送っていく。では、そろそろ行こう」
そうして二人は連れ立って、店を出た。
旅のはじまり。これが転換点。
◆
西の国へと抜ける、最短距離は砂漠を通り抜けること。
「聖女様を返せッ」
おおよそ見当はついていたが、島の国の追手はだいぶ脳筋だった。
まず策を練ることをしない。
砂漠地帯に入った途端、すぐに襲ってきた。
街で騒ぎを起こせば、南の国に即気付かれるとの判断で、これまで潜んでいたのだ。
白いローブを着て、目元のぎりぎりまで布で顔を覆っている、おそらくは壮年の男。
男が操っているのは、石の巨人だった。茶褐色の大きな石を能力で繋げて、腕、胴体、足を作っている。男はその巨人の肩に乗って命令していた。
少年ならば誰しもが憧れそうな、見た目からして強そうな敵だった。
「大丈夫?」
などと言いつつ、柚月は全然心配そうな声ではなかった。
黎明は視線だけくれてやり、なにも答えず、ただ指を敵に差し向けた。
――その瞬間、能力は、弾ける。
瞬く間に男の衣服は燃え上がり、火だるまになった男は、石の巨人から崩れ落ちる。石の巨人は形を保てず、がらがらと音をたてて崩壊した。
耳をつんざぐ叫び声。砂の上で蟻に攻撃される芋虫みたいに、のたうち回る男。
今回の仕事は終わった。腕を引っ込め、仏頂面で佇む黎明。
もうなにもしなくても男は火傷で死ぬ。
「もう行こう」
「まだだよ。殺しちゃだめだよ」
「え?」
柚月は火で焼けている男に、近づき、男に砂をかけた。
火が多少治まる。
まだ微妙に火は着いていたが、そこへ躊躇なく、柚月は手を重ねると、顔を近づけて、ふっと息を吐いた。
燐光が集まり、皮膚が再生していく。衣服は焼け焦げてしまっているが、男の外見は元通りになっていた。
「これで死なないね」
「柚月……殺しておけばいいのに」
「そんなことできないよ。私、聖女なんだからさ」
柚月は治癒のために突っ込んだ、自身の焼けただれた手をみせた。
「自分の傷も治せよ」
「治せないの。聖女の能力の弱点。自分の傷は治せない」
「じゃあ危ないことはするな」
「えへへ、守れないな。だって聖女だからね」
「ちっ。仕事を増やすな。守護する立場の責任のことも、考えてくれ」
柚月はまたえへへと笑った。
変な女だ――柚月のことをそんなふうに思った。
柚月は怪我のために毎夜、発熱した。また、塗り薬を塗っていたが、痛みで眠れないようだった。
砂漠は十日もせずに抜け切る予定だったが、度々襲ってくる敵と、柚月の体調の悪さで、延長し続けていた。
食糧も心もとなくなってきた。
黎明は水を操ることもできるため、飲み水には困っていないのは救いだった。
「おのれ、超越者風情がッ!」
なにかを喚き散らしている追手も今日も倒し、岩陰に寝床をひき、横になる。
初日以来、黎明は相手を殺すことは避けていた。せいぜい失神させる程度。でないと、柚月がうるさいと察してのことだ。また無茶をされては困る。
最近は昼間は暑いため、天幕を張ってしのぎ、夜間に進むということを続けていた。
「明日には着くだろう」
「ええ、明日には。よかった」
「それにしても、島の国の追手は単調だったな」
「ええ、まあ、うちの国には能力者は少ないからね……超越者が生まれる環境でもないし……」
そのまま柚月は寝てしまった。
そうして。
明くる日。街に着いて約束していた宿に泊まった、夜分。
踊り子の衣装を着た女が二人の部屋を訪ねてきた。
西の国らしい、麦酒の色の髪に、褐色の肌。青い瞳。快活そうな笑顔。
「予定よりずいぶん遅れたじゃない。くたびれた~。退屈だった! もう死んじゃったのかと思ってた! 長いこと待ってたわ♪」
「お前がセイレーンか」
「そうよ、あれ? あんた、南の国の訛りはどうしちゃったのよ。うるさい南国訛りって聞いてたけど」
「それはね、私の前で恥ずかしがってるだけなのよ。私って美女だから」
えっへんと胸をはる柚月に、黎明はため息をつく。
「なにいうとんねん」
急に口調を崩し、仏頂面を壊した黎明以外の二人はからからと笑った。
真面目な任務で初対面の相手には、南国訛りを出さないようにしていた。
十五歳のちょっと変な方向の背伸び《プライド》である。
「ほな約束通り柚月を引き渡すからな」
「ここまでありがとう、黎明。感謝してる」
支払いはもう組のほうへ済んでいる。
ここまでで、黎明の仕事は終わりのはずだった。




