第23話 滅びの聖女は愛に殉じる
夜空が煌々と、炎と金色の光に照らされている。
憂は次から次へと、怪我人を治癒させた。金色の光はあたり一帯を眩くさせているのに、まだまだ全員を治癒するのに足りない。倒れ伏したままの人もいる。間に合わなかった人たち。
竜は依然として暴れている。街をすべて破壊するまで、止まらないらしい。
なんで彼女は暴れているのだろう。なにがそんなに気に入らないの?
この世界すべてが憎いの?
「はあ……っ、はあっ……」
自分の荒い呼吸音がやけに大きく聞こえる。
聖女の力を拡大させていく。
一分、一秒が、永遠に感じる。
黎明が後から来ないことも、不安に拍車をかけていた。
「はあ、はっ」
どれくらい時間が経っただろう。
遠くから足をひきずってくる影を見つけて、憂は顔をあげる。肩になにかが突き刺さったままだ。
そんな恰好でも、その体格、その髪型、見間違えるわけがない。
「黎明さんっ!」
駆け寄ると、黎明はどさっと地面に倒れた。
「はは、ちょっと嬢ちゃんの姿見て、安心したら気ぃ抜けたわ」
「黎明さん、どうしたらいいの? 抜いて、治癒したらいい?」
黎明の顔色は悪い。頷いているのか、呻いているのか、わからない。
「抜くね、抜かないと、治癒できません……」
黎明の口に手巾を噛ませる。そして、一息に剣を抜いた。黎明の体が痛みで震える。血も溢れる。満身創痍。死にかけ。
そんな黎明を見たことがなくて、憂の目からは涙があふれた。
「死なないでください、死なないで、死んじゃだめ……」
両手を黎明の体にかざし、力を使う。
黄金の光は黎明の体の穴を塞ぎはじめる。
完全に穴を塞いだというのに、黎明の顔色は悪いまま、目を覚まさない。手も冷たい。胸に耳をあてるが、鼓動も弱弱しい。呼吸もしていない。
「そんな……」
憂は顔を覆う。
ドンッと鈍い音がした気がした。周りを眩しくさせていた光が、より一層強くなる。
憂の絶望に合わせて、その光を増す。
力を当てられたものたちの変化はすぐだった。
周りから、植物が生えはじめた。まだ炎も残っているというのに、すくすくと、育ち始める。
死んでいた者の体がぶわりと、膨らみ、弾け、芽吹きはじめる。そこからはもう、著しいスピードで進んでいった。肉色の樹が巨大な幹をそびえ立たせた。太くて頑丈な蔦はそこらじゅうに溢れ、炎を消していった。
いたるところに植物が溢れていく。
憂は意図していなかったが、竜の足元にもそれは現れ、蔦が竜に絡みつき、進行を阻んでいた。竜が焼き払っても払っても、植物は竜に絡みつき、その体を完全に封じてしまう。
いつしか憂と黎明の周りは、植物で隔てられていた。
もう怪我人なんて、見つけられないし、わからない。
黎明はまだ目を覚まさない。
「黎明さん……、起きて」
憂は黎明の手を握って揺さぶる。
「起きてってば、黎明さん……」
「ねえ、返事してください、無視しないで」
憂は黎明の胸元に縋りついた。
「……は」
かすれた呼吸が幽かに聞こえた。
憂は跳ね起きる。たしかに黎明は呼吸をはじめていた。
そして、目を開ける。
「……そんな耳元で喚くなって」
「黎明さん!」
憂は感極まって、上擦った声で黎明に抱きついた。
黎明は片手でぽんぽんと憂の肩を叩いた。まだ起き上がることはできないみたいだ。
彼は周りを見て、ほーっと感嘆の声を漏らす。
「これ嬢ちゃんがやったん? すごいことするなあ」
「……もし、黎明さんが死んだら、私は世界を滅ぼします。この力を使えるだけ使って、滅ぼします」
「それは怖いな」
黎明は憂の頬を指で撫でた。
「黎明さん、あのね……」
「うん?」
「私はどんな黎明さんだっていいから、ずっと一緒にいたいです」
「それは俺もよ」
「なら、私と生涯添い遂げる、娶ると、誓ってください」
黎明は逃げ場所を求めるように視線を泳がせた。
「……逃げないでください。本当に、本当に、私は黎明さんがいいんです。黎明さんだけが、この世界で大切なんです。黎明さんの伴侶にしてください。永久に私の隣にいてください」
「でも、俺の過去は」
「過去なんてどうでもいいんですっ!」
憂ははっきりと断言する。
「私たちが見るべきは未来! 過去なんかに縛り付けられたら、どこにも行けなくなってしまう! 私は黎明さんと未来を歩んでいきたい!」
憂は畳みかける。
「私、黎明さんが隣にいてくれないなら、世界なんかどうなったっていい!」
はあ、っと黎明はため息をついた。
「でも俺は、人にめっちゃ恨まれとるで?」
「いいんです。黎明さんの足をひっぱってくるやつ全員、私が全員倒しますから。幸せになる権利がない、なんて言わないでください。黎明さんだけじゃなく、誰でも、過去から解放されて、前に進む権利はあるんです」
「……そっかあ」
しばしの無言、黎明はぼうっとなにかを考えているみたいだった。
殺してきた人間を、人生を、振り返っているのかも知れなかった。
「繰り返しになりますが、私は黎明さん以外いらない。黎明さんだけいてくれたら、それでいい。世界なんかどうなったっていい」
「……世界を人質にとった愛ね」
「そうです」
「……そこまで言うなら、ええわ。俺の負け。むしろ俺の方が責任取って、結婚してもらわんと」
その言葉。憂がほしかったもの。
黎明は頭を掻いた。
「なんや? あんまり嬉しそうじゃないやん? 口先だけだったんか?」
憂はゆっくり笑顔になって、黎明にまた抱きつく。
「そんなわけないでしょう。私、黎明のことが好きです」
「俺も憂のことが好きや。愛している。……生涯で愛を誓うのはひとりだけ。こんなこと憂以外には言わないからな」
「もちろん。私も黎明さんのことを、愛しています」
二人は一度離れて、今度はおずおずと憂が近づき、二人の影は重なった。
怪我人も、死人も、目に入らず。
まるで世界には二人しかいないというように――
そこには柔らかで陽だまりのような光が溢れていた。




