第22話 邪竜顕現
「な、なに……!?」
部屋を飛び出すと、埃がもうもうと舞っている。廊下の先が消えていた。
そこにたのは、黒曜石の鱗を持つ奇獣だった。
トカゲのような図体。それより数倍の大きさはありそうな巨大な翼。
――竜だ。
その大きさは、人間何人分だろう。雪姫の部屋よりもっともっと大きい。
竜によって、城の天井は破壊され、青空が見えていた。
【竜化】の能力による変化――
「まさか、星蘭ちゃん!?」
竜の眼は、赤く爛々としている。その眼は星蘭と同じだった。
竜は憂を認めた。表情は読めない。ただ見て、目を逸らした。口の隙間から炎がちらりと覗く。憂の周りの空気が熱くなる。汗がじわっと滲む。
「だ、だめだよ……星蘭ちゃん……星蘭ちゃん!」
憂の制止の声も届かず、星蘭は口の中で温めた炎を街に向かって吐き出した。
ぼっと蝋燭に火をつけたみたいに、建物群が炎が燃え上る。
竜は街に向かって咆哮した。
憂は耳を塞いだが、鼓膜が痛くなる。
城全体が振動する。
そのまま竜は翼をばたつかせる。
突風が生じ、憂はへたりこんだ。
竜はそのまま飛翔すると、街へと向かって行った。
揺れが収まってから憂は立ち上がると、走り出した。
牢のなかにいる女性たちを助けて、できるだけ早く黎明の元へ行かなければいけない。
◆
黎明と咲夜は、城のすぐ近くにいた。城に奇襲をかけるのは黎明の能力ならば容易いが、城に何人いるのか、どのくらいの規模なのか把握できない以上、手を出せずにいた。
竜が出現するまでは。
「なんだあ、ありゃ」
城の三分の一ほどもある巨大な竜の出現に、黎明は口を開けた。
あんなものが前線で暴れ回っていたっていうのか?
あんなの、災害じゃないか。
あの巨体の前では、黎明の力も効かないだろう。
「黎明さん、僕はあの竜を追います。ここまででありがとうございました」
咲夜の判断は素早かった。そう言うやいなや、すぐに駆け出す。
「なにがなんだか……、俺も行くか」
黎明は城に向かって行った。
城の入り口からは女性ばかりが走って逃げ出していて、それに紛れて出て来た憂とすぐにかち合う。
「黎明さん……っ」
黎明に憂は力いっぱい抱きついてきた。黎明も抱き返す。華奢な肩、小さな体が震えている。彼女の無事を心から噛みしめる。
「憂、この国からちゃっちゃと逃げるで」
「いいえ」
しかし、その答えは予想しないものだった。
「なんで?」
「怪我人がいるからです」
「そんなん俺たちに関係あるか。嬢ちゃんが嫌がっても、担いで逃げるで」
「やめてください。関係あります。……私は【聖女】なんですから」
決意を含んだ表情に、黎明は、柚月の面影を見た。
「他人を助ける義理なんか……島の国の聖女の話、覚えてるやろ? 死人ばかりの戦場で力を使ったりなんかしたら……」
「わかっています。でも、能力を使わないのが、正解だとは思えない!」
その勢いに、黎明は覚悟を決めた。
「わかった、行こう」
黎明たちも竜のいる方向へと、走り出した。
街は阿鼻叫喚の地獄となっていた。そこかしこの建物はひび割れ、傾いて、倒壊寸前で、人々はみな怪我をしている。
憂がその人たちに向かって手を広げると、金色の光が集まり、傷が塞がっていく。
人々はみな、驚き、つぎに畏怖し、逃げていった。
治癒しても、治癒しても、怪我している人々は減らない。むしろ増えていく一方だった。
そのうちに街のぽっかり空いた場所、竜が最初に降り立った場所に近づく。
建物の残骸が燃え、熱気がまだ残っている。
いやに赤い夕焼け。
傷ついて倒れた人々の中に、無傷の咲夜が立っていた。
「咲夜さん……!」
憂が近づこうとするが、彼女を黎明は後ろから肩を掴んで止めた。
「待て、なにかおかしい」
咲夜は抜き身の細い剣を持っていた。
「黎明さんと憂さん」
咲夜は沈痛そうな面持ちで、黎明たちを呼ぶ。
「僕たちは、ここからも飛び立たないといけないみたいです。花の国は楽園なんて、嘘でしたね」
「……なにを言って」
「その前に、黎明さんに勝負を挑みましょう。僕の気配に見覚えがあると疑っていましたね。種明かしをしましょう。僕は前皇帝の落胤、あなたが殺しそこねた子供です。あなたは僕を殺せなかったけれど、妹を殺めた。許せません」
「……憂、先に行け」
憂は逡巡する様子を見せたが、黎明が頷くと、走り出した。
本当は最後まで守ってやりたかったが、難しいらしい。
「それで、お前は俺を殺すんか」
「僕が負ける気しかしませんけどね」
ふふっと、咲夜は軽く笑った。
黎明が指をさすと、咲夜の前でシュッと音がして、煙がたった。だがそれだけだった。
黎明は眉をひそめる。たしかに火をつけたはずだったのに、どうして。
「言い忘れていました。僕の能力は、【能力の無効化】。僕にはあなたの力は効かない。それが殺し損ねた理由でもある」
「……わかった、尋常に打ち合おう」
黎明は袖を振る。シャンッと隠し剣が飛び出した。
こういった場合に備えて、黎明はいつも隠し剣を準備している。
だが、隠し剣は短剣。リーチが狭いため、咲夜の細剣より劣る。
あとは咲夜の身体能力が、黎明を上回っていないことを祈るばかりだが――
細剣を下段で構える咲夜は、にぃっと笑った。
「無傷で勝てるとは、思わないでくださいね」
――最初に動いたのは、黎明だった。黎明は脇を締めて構えた短剣で、腹を狙いに行く。
だがもちろん、そんな簡単な軌道は読まれてしまう。
細剣は黎明の右腕に刺さり、血と肉が弾ける。短剣の先もぶれる。しかし、黎明は止まらない。
「はっ」
短い呼吸。踏み込み。
左腕で黎明は、咲夜を下から殴りつけた。
咲夜は躱そうとしたものの、すべての勢いを殺せず、体に衝撃が走った。咲夜は口元を拭いながら、それでも剣を取り落とさず、黎明を睨んだ。
「……能力なしで殴り合うんは、何年ぶりやろか」
「は……はは、強いなあ、黎明さんは」
「なあ、なんであの竜は急に暴走したん? あれは星蘭なのか?」
「ええ、星蘭ですよ。あの子の持っていた鏡、あれは神と対話できる魔法具なのです。それで星蘭は、命令を受けていました」
「命令?」
「ええ、どこで暴れろとか、誰を殺せとか」
「そんな物騒なことをほんまに神が言うんか?」
「たしか喜悦神……と言ったかな、彼に星蘭は力を授けられたそうなんです。だから、彼のために働く、と」
そこで言葉は途切れた。
「次は心臓を狙いますよ」
「やれるもんなら、やってみい」
二人は円を描くように回り、間合いを測る。
二人が動いたのは、同時だった。
黎明の肩口を細剣が貫通し、黎明の短剣が咲夜の喉元に迫り、かすった。
「ふふ、勝負あり、ですかね?」
「まさか」
黎明は不敵に笑うと、ぐぐっと、《《体を押し込んだ》》。
痛覚がないとでもいうような様子に、咲夜は驚愕が隠せない。
そのまま咲夜の手元から細剣の持ち手を奪うと、すぐさま咲夜に飛びついて、喉元をしめあげた。殴り合いになるが、黎明は何度も何度も諦めず喉元をしめあげた。
「妹のことはごめんなあ、せやけど、俺も死ぬわけにはいかんねん」
「くく……クズだ……あなたみたいなっ……」
咲夜は何かを言おうとしていたが、黎明が力を籠め続けると、脱力した。
勝負は決した。
黎明は肩に剣を突き刺したまま、ふらふらと歩き出した。
ものすごく傷が熱いし、脂汗も滴ってくる。視界は暗くて、足元はふらふらする。
――死ぬかもしれへん。
それは黎明が久しぶりに感じた、死の予感。
それでも。
――憂を守らんといかん。
その一心で黎明は歩き続けた。




