第19話 憂を守護する理由《黎明視点》
部屋を追われた黎明は、近くの酒場に来ていた。
カウンター式で、中は仄暗い。小洒落た雰囲気だ。
マスターにいっとう強い酒を注文する。
「お客さん、花の国の酒は、本当に強いよ? 大丈夫かい?」
「いいよ、それをくれ」
一瞬、マスターは渋い顔をしたが、商売勘定に切り替えたのか、すぐにその表情を消すと、酒を注ぎにいった。
黎明はグラスで出された酒を、雰囲気もなく大きく煽った。喉の奥が火傷するくらい熱くなる。
酔いたい気分だった。
憂をはじめて見たとき、細っちょろくて白い子供だなあと思った。
十八歳とは聞いていたが、とてもそうには見えない。背も低いし幅もなく、十四、十五と言われても納得しただろう。
帝国の離宮でセイレーンに対して物怖じせず向かって行ったときは、度胸があるなと感心した。黎明をツイユーのところまで導いたこと、恋日殿下を言葉で否定したこと、どれもこれも彼女の持つ本来の「芯」を感じた。
そして、花の国で聖女の力を使ってしまった憂をおぶったときには、安心した。
憂は【聖女】――否、【進化】の力に怯えている、子供のままだという気がした。
しかし……彼女は、黎明にとっては、衝撃的なことを口にした。
いわく、女性にみられたい、と。
衝撃は受けたが、うすうすは察していたことでもある。
憂からの好意は感じていた。
けれども、帝国を出るときに小指を絡め合って「生涯を賭して約束する」と誓ったのは、守護することに関してだった。
例えるなら、お姫様の騎士。殺し屋傭兵じゃそんな恰好は着かないけれど、憂を本気で守ろうと思っていた。彼女の自由のためならなんだってする。命だって捧げる。
自分はただの騎士だから、彼女を束縛することは絶対にしない。
憂が黎明に依存しているのは、塔から助けてやったからだ。雛鳥がはじめ見たものを親鳥だと思い込むような、そんな勘違い。
思い込みから目が覚めたら、彼女は光の世界に羽ばたいていける。
黎明はそれを邪魔してはいけない。
そんなふうに考えていたのに――正直、むしゃくしゃした。
咲夜が憂に近づくこと、話すとき憂と距離が近いこと、憂をダンスに誘ったこと、すべて。
イラッとした。
「はあぁ」
嘆息すると、マスターがまた寄って来た。
「お客さん、なんか悩みでもあるのかい?」
「あんたには関係ない話や」
「いや、鬱鬱とした気分のまま、そんな強い酒を飲んだら悪酔いするよ。話せることなら話してみなさい」
まあ、それもそうか。
黎明はそう思いなおした。
「ガキ扱いしてたお姫様から想われてる。俺の心境は複雑。それだけや」
「お姫様扱いしてたガキの間違い、じゃないのかい……」
「どうでもええやろ、それは」
ごほん、とマスターは咳払いした。
「それは答えは決まっているだろう。好きなら、直接、向かい合うんだよ。正直に、逃げないで、思っていることを話すんだ」
「……俺が、とてもじゃないが、そのお姫様に触れられんくらい、汚れていても?」
「ああ、そんなのは関係ない。誤魔化しちゃだめだ。誤魔化したら、一生、取りかえしがつかなくなる」
「それ、どれくらいの信頼度?」
「何年、ここで店を構えていると思っているのかね? 恋愛相談、人生相談を受けたことは数えきれないほどある」
「あっそ」
黎明は酒をすべて飲み干して、硬貨を置いて店を出た。チップは多めに支払った。
この時間の街はすっかり夜の顔をしている。道には、やけに派手な化粧をし、露出の多い女どもや、彼女らを侍らせ歩く太った男性などが多く出歩いている。
「お兄さん、そこの色男のお兄さん」
見知らぬ女が黎明の腕をとる。
普段は振り払う手を、今日は振り払えない。
「うちの店にちょっと寄っていきなよ。お客さん、カッコイイから、サービスするわよ」
「…………」
無言で黎明は手を引かれるまま。店の前へと導かれる。
そこはおそらく売春宿だった。
さっきのマスターじゃないけれど、女を抱いたことなど、数えきれないほどある。黎明は見た目が綺麗で、言い寄れば女は大体靡くという自覚もあったし、帝国で縄張りを張っていたころには外交手段のひとつでもあった。女人を宛がわれてもてなされ、抱かなければ失礼にあたる。
でもちゃんとした恋人がいたことは、ほとんどない。
「お客さん、立ち止まっちゃって、どうしたの? 店に入らないの?」
「ああ、今日はやっぱりそんな気分じゃない」
「そう……?」
歩き始めた黎明を、女は追ってはこなかった。
そこから、街の汚い道をただひたすらに歩いた。
とある路地では、残飯を漁る貧民がいて。
そのまた別の路地では、薬をきめた亡者たちが呻いていて。
「なんだあ、兄ちゃん、やんのか!?」と小汚い男に凄まれたこともあったが、黎明は徹底的に手を出さなかった。なんだかんだ相手も手を出さず、喧嘩未遂で終わった。
ここは都市の治安の悪い部分だが、黎明のやってきた仕事に比べれば、しょうもない悪事しか転がっていない。
――俺が背負っているものとは全然違う。
そのうち夜が明ける。
黎明は、曙光の眩しさに目を細めて、そっと息を吐いた。
――憂に触れるには、俺の罪は重すぎる。
ある種の失意を抱えたまま、部屋に戻る。
憂は泣き腫らした顔で、黎明を出迎えた。
中に入ると、黎明に抱きつくような勢いで迫ってくる。
「黎明さん、大変です! 星蘭ちゃんが誘拐されたかもって!」




