第14話 砂漠にて
あのあと春燕が西の国の傭兵を背後から襲い、跳ね橋を操作して、憂と黎明は無事に城外へ脱出することができた。ツイユーが先頭になって、北方民族たちも一緒に逃げた。逃げられる状況は揃っていたが、貴族たちがどうしたのかは知らない。
今は憂と黎明の二人は砂漠を歩いている。二人とも髪、顔すべてを覆い隠す、砂色の布を体に巻き、荷物を背負っている。
風が吹くたび、砂塵が舞い上がる。
「せやから、聖女を守りたいと思ったんや」
黎明は島の国の聖女とのことを語り聞かせていた。
憂はふんふんと頷いている。
夜。眠りに着く前、見上げた空は、満点の星空だった。
濃紺の生地に墨を染みこませたような濃淡の空に、明るい輝きがぽつぽつとある。
「黎明さんは良かったんですか?」
「なにが?」
「国を捨てて」
ふんっと黎明は鼻を鳴らした。
「俺は己の進む先に救いがほしいと思っとった。けど、殺しの先に、そんなものがないとわかってもいた。……だから捨てたわけやなくて、俺が逃げたんや」
「逃げたんじゃありませんよ、私を選んだんです」
「ハハッ。こっからは嬢ちゃん守ることに専念するわ。聖女様の行く先に、この能力を役立てられるなら、ちっとは救いがあるかなぁなんて」
「ずっとそばにいてくださいね」
「あぁ、心配しなくても居るよ。もう組織は解体して、戻るべき場所なんてないんやから」
続けて、黎明は言う。
「俺にさらわれたのが運の尽き」
憂はふふっと笑った。
「黎明さんと出会えて、私は救われました。だから……ありがとう」
あのあと。
西の国が宣戦布告を言い渡し、帝国の中は混乱した。
西の国が能力者の待遇を約束することで、帝国の能力者は決起。
帝国側は窮地に陥った。
西の国は能力者贔屓の国である上に、利権などに幅を利かせている帝国が疎ましかったのだろう。
西の国はさらに南の国をそそのかし、帝国は二国に攻め入られ、滅びに向かっている。
黎明は組織の幹部にだけ、解散を告げて、すぐに国を離れた。
滅びの結末は知らないし、あまり興味はない。
虐げられていた能力者たちが、解放されつつあるという事実にのみ興味がある。
あとは先生がどこかで生き残っていてくれればいいなと思うだけだ。
春燕と最後に交わした会話が脳裏に蘇る――
「あたしはまた放浪の旅に出るからね~。もう黎明にこき使われることもなくなって、楽だわ~」
春燕は今度は放牧民族の衣装を着ていた。もうすぐにこの地を離れるらしい。
憂は寂しさが込み上げて、鼻がつんとなった。
「また会えますか?」
「会えると思うよ。死んでなければ」
春燕は拳を憂に向かって突き出した。
「まあ、また今度、黎明がどうしてたとか聞くからね。また会いましょう」
春燕の拳に、憂は己の拳をぶつけた。
そして最後に笑ってみせた。
別れるときは笑顔がいいと思ったから――
あのとき自分は上手に笑えていただろうか、と憂は想いを巡らせる。
「まあ、明日には、虹色のバカデカい山? も見えるはずやから、今日はゆっくり休も」
「はい」
二人は、見たことのない未知の景色を見に行こうとしている。
明日は虹色の山、その次は地下に広がる古代の遺跡、とんでもなく高い山頂に小さくある神殿。
国を出る前に黎明は、憂に「なにがしたい?」と問いかけた。
「なにが憂の幸せなんや? 教えてくれへん?」
「私の幸せは、黎明さんと一緒にいることです」
「アホか……。子供に求婚されて喜ぶのはクズだけやで」
「それでも一緒にいたいんです」
「わかった。ほな、一緒に行こか。一緒にいるためには、目的が必要よな。俺は未知のものが見たいねん。不思議な土地に行きたいねん。憂はどう?」
「はい、目的なんかなくても、私は黎明さんとなら、どこまでも、喜んで」
「はぁ、終身契約かぁ。高くつくで?」
黎明と憂は小指を絡めあった。
略式上の、生涯を賭して約束するという印だった。
塔から出て、様々な人間と出会い、人の欲望は醜いと知った。
多くの人民をまとめ上げるために差別は有効な政治的手段だし、能力者と徒人は分かり合うことは多分ない。
それでも黎明さんがいると、毎日幸せだ。
黎明さんと見る未知の世界に胸はときめいて。
――世界はこんなにも美しいなあ、と思うのだ。
まだ見ぬ明日に期待をして、憂は眠りに落ちた。
黎明は寝息をたてる憂を穏やかな目でじっと見守っていた。




