第13話 北方民族解放・革命・決着
中庭から隠し扉をくぐって、階段を降りる。
真っ暗な階段だが、今は廊下に青い焔の灯があった。
「なんやここ……」
「神殿なんだって」
大きな石の扉が眼前に現れると、黎明は圧倒されているようだった。
この扉が、開く方法は憂にはわからない。けれども、扉に手を合わせてみると、扉に刻まれた文様が青く光った。
ズズズ……と重い音がして動く。
扉のなかに広い空間があり、街が現れたことに黎明は目を丸くしていた。
「ツイユーは!?」
「あっちにいるよ」
地下に夜も昼も関係あるのかはわからないが、外が夜だからか、人通りは少ない。
白髪の大人に声をかけて、ツイユーの居場所を教えてもらうと、憂は迷わずそこに向かった。
街の奥深く、荘厳な柱が立っている場所だった。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
ツイユーはそこの玉座のような、真ん中に置かれた立派な椅子に座って、街を眺めていた。
「ツイユー! 上で騒ぎが起こってる。今ならみんな逃げられる!」
「そうなんだ。じゃあ、行こうか」
ツイユーは疑うそぶりもなく、無表情でそう言った。
ツイユーは立ち上がり、杖を地面にトンッと軽く当てた。途端、足元に青く発光する魔法陣が展開される。
「僕の声が聞こえているかい、みんな。今、上で騒ぎが起きている。逃げられるらしいから、行こう」
ツイユーはそれほど大きな声で言ったわけじゃないのに、無機質な声は空間全体に響き渡る。
街からは大人、子供たちが、家から飛び出して、列になった。
それを見て、憂は安心した。
◆
今、図書館に繋がっている隠し通路を、憂と黎明は二人で駆け上がっていた。
「言わんかったけど、ツイユーとか言うたあいつ、気配がおかしいで。超越者であることは間違いないけど、今までに感じたどの能力ともちゃうものを感じた。あいつ何もんなんや?」
「よくわかりません。指輪に魔法をかけてくれたし、本人は自分のこと特別とか言ってましたけど……」
「まあ、敵対の意志は感じひんかったから、いいけど」
図書館に出る。
そこからまたホールに移動した。
危険な、なにかが起きているホール。
逃げるだけならわざわざ行かなくてもいい。しかし、憂のなかでは、先生と第二皇子との決着がついていなかった。
幸いにも、どのようなことがあっても守ってくれる黎明がそばにいる。
ホールに辿り着くと、そこには、ホールを占拠する武装集団がいた。
よく見れば、彼らが先程まで弦楽器を演奏していた者たちであることに気付く。
弦楽器は床に置かれている。
武装集団のトップと見られる踊り子は、第二皇子を跪かせて、その喉元に半月刀を突きつけていた。隣には縛られている黒髪の男もいる。おそらくは第三皇子だろう。
ホールの入り口には見張りがいて、出ようとする者、入ろうとする者、すべてを阻んでいる。
黎明が手で薙ぐと、全員何かに押されたように倒れてしまった。
「あぁら~、黎明じゃない♪ 通してあげなさいよ。どうせ私たちじゃ黎明を止められるわけないんだから」
明るい声がした。
踊り子が嬉しそうに半月刀を持っていないほうの手を、ひらひらと振る。
「お前、セイレーンっ!」
「やっほー黎明♪ それと私のお姫様も♪」
ホールに入ると、貴族たちは人質にとられていることがわかった。
ざっと見まわしたがその中に、先生はいない。
「けったいな演目やな、踊り子さん。この国でなにするつもりだ? 西の国はうちに侵攻するつもりなんか?」
「そうよ♪ 皇子たちを人質にとって、私たちは帝国に侵略を開始する」
「なんやて?」
憂の隣で黎明が殺気立つのがわかった。
「俺が止めないとでも?」
「止めるの? この世界が、帝国が、腐りきっていることは、黎明が一番よく知っているでしょ? それに私はただの傭兵よ~。私を止めたって、第二、第三の刺客が送られてくるだけだわ♪」
「…………っち」
睨み合いの末、黎明は目を逸らした。
「理解してくれて結構♪ で、私のお姫様はなにをしに来たの?」
「そのままでいいから、第二皇子と話をさせてください」
「ちょっとここで話すくらいなら、許してあげる♪ あ、黎明はそのまま、距離をとってなさいよね。なにかしでかしたら、私の《《言葉》》でお姫様がどうなるか……わかってるわよね?」
憂は第二皇子に近づく。
銀髪の頭はうつむいていて、表情がわからない。
「恋日さん、顔をあげて」
恋日はのろのろと顔をあげた。
「その銀髪、あなたも北方民族の出身ではないのですか?」
「ああ、そうだ。……母も祖母もその家系だ。ただ血は薄い。皇帝は能力者差別をする反面、能力を利用したがっていた。だから側妃に私の母を選んだ」
「地下について知っていたのですか?」
「知っている」
「ならなんで、北方民族を守るために行動しなかったのですか!?」
ぐっと恋日は唇を噛んだ。
そして言う。
「僕が皇帝になることで、世界を変えようと思っていた。僕は失敗作で能力はないから、権力を得ることでしか世界を変えられないと思っていた」
「…………」
「仕方なかったんだ。僕が地下の北方民族を救ったら、皇位継承権を失うことはわかっていた。一人も犠牲を出さずに、国を変えるなんてこと、できないんだ!」
「私は」
憂は言葉に力を込めながら、伝える。
「私はあなたの行いを、唾棄すべき行為として捉えます」
憂は背を向けた。
その背に、恋日の悲鳴にも似た叫び声がかかる。
「お前の思想は甘い! 理想だけで国は救えない!」
「それでも、私は虐げられている能力者たちを救うべきと考えます」
一回だけ憂は振り返って言った。恋日の返答はなかった。
「お話は終わった? もういいかしら?」
「はい、終わりました」
黎明の元に戻った憂は、セイレーンに頭を下げた。
「いいのよ。私も当代の聖女の決意を見れて、感動した♪ あなたたちの先行きに幸福があらんことを♪」
その言い草に黎明ははぁっと嘆息した。
「ほなさっさと行くで、憂」
憂は黎明と手を繋いだ。ぎゅっと、力を込める。
「はい!」
◆
碧桜・織は部屋に隠れ潜み、混乱した頭と動悸をどうにか落ち着かせようと試みていた。
ドレスには大きな染みが広がっている。逃げるときに慌てた貴族に飲み物を零されたからだった。
頭の中では〈革命〉という単語がちらついて、次に死を連想し、がたがたと震えてしまう。
憂のことは完全に頭の中から飛んでいた。
「跳ね橋は機能していないんですよね」
「そうやね……みんな、どこぞに隠れとる。と言うても、逃げ場所はないから、じきに捕虜にされるやろうけど」
くぐもった声が扉の向こうから聞こえてきて、碧桜はビクリと体を震わせた。
声はだんだんと近づいてくる。
そしてガチャと、音がしてドアノブが回る。
「はっ」
碧桜は吐息を発し、隠し持っていた小刀を脇に構え、侵入者に突撃した。
「おおっと」
しかし、小刀は見えない弾力に弾かれて飛んでいく。
何が起きている――!?
理解が追い付かないまま、侵入者が黎明であることに気付いた。
「当たりやな」
黎明は、小刀が向けられたことは些事とばかりに頭を掻いている。
「先生」
黎明の後ろから、憂が姿を現わす。
「あなた……」
碧桜の声が震えた。
「あなたたち、何をしに来たの!? わたくしを殺しに来たの!?」
「……先生、私の心配はちっともしてくれないんですね」
悲しそうに憂が言うが、碧桜にはどうでもよかった。
だって、碧桜にとって憂は政治の駒でしかない。
聖女否定派が塔を襲ったあの日、黎明も聖女を殺すための念押しにやってきたことを知っていたのは、単純に政敵が碧桜の手駒を潰そうとしていたのを察していたから。襲撃を予見していても、碧桜家は憂の生存のためには動かなかった。
この策がうまくいかなかったら、次の策。
十個策をたてて、その一割でも役に立ったなら御の字。
そう碧桜・織は教育されてきた。
憂と接している間、多少の同情はあったけれど、それは家畜に情がわいているのとあまり変わらなかった。やがては屠殺される運命にある家畜だって、世話をしている人は多少の感情が動いているだろう。でも屠殺をやめさせようとは行動しない。それと同じ。
だから――
「先生は私に真実を教える気はあったのですか?」
生存本能が剥き出しになっているとき、そう問われて、叫んでしまった。
「まさか。立場を弁えなさい!」
「先生が私に見せていた優しい顔は、嘘だったのですか?」
「嘘もなにも、最初からわたくしはあなたなんか、どうだってよかったのよ。あなたは爆弾だった。諸外国を退け、国内の政敵、人民ですら忌避する爆弾。ただ利用しやすかったから、利用していただけ。情などあるものですか!」
「……先生、私、悲しい。悲しい時は先生はずっと、牢の外から手を繋いで、優しくしてくれましたよね。あれも全部、嘘……?」
「それは……」
碧桜の心が揺れる。
全部、嘘というわけではなかった。
そういう温かな記憶もあった。
「でも私は、ここで……先生にさよならを言いに来たんです」
憂は目元を拭った。
「さようなら、先生。嘘でも私に優しくしてくれて、本をくれて、外の危険から守ってくれて……ありがとうございました」
「待って、待って、憂……!」
なにかを言おうとしていた。
身の内から湧き上がってきた、なんらかの感情によって。
それがなんなのかわからないまま、憂をここに引き留めたいと思っていた。
「先生、さいなら」
ひらひらと黎明は手を振って、憂を連れていってしまう。
碧桜・織は、いつの間にか、泣いていた。
どうして自分が泣いているのかわからなかった。
――小さな憂に絵本を読み聞かせしてあげたこと。
――憂が熱を出して、看病していたこと。
――押し花をあげたときに、喜んでくれたこと。
全部、全部、思い出として記憶に残っていたのに。
「わたくしが、愚かでしたね」
泣く権利はないと知っていたが、涙は零れ落ち続けた。




