終話 災厄の魔女、あるいは恋する女神
「ツイユー、私に会ったのね」
「悲哀神。ああ、ついに会ってしまったよ。ずいぶんと幼く純真でかわいらしい子だったじゃないか。最初は気付かなかったよ。それがどうしてこんなふうになってしまったのか……」
白髪を足元まで伸ばした女だった。身に纏っているのは、黒と紫の帝国服。
長い前髪の隙間から菫色の淀んだ目が覗いている。
女は豪奢な椅子の肘置き部分に儀悪く足をかけて座っている。
ツイユーは冷たい床に裸足で立っていた。
神様に会うときにはいつも服は最低限になる。
「だって、私はもう神様にまでなったんだもの。人であった頃の感覚などもう薄れている」
「でも人間の男にはご執心じゃないか」
「それはね、私を救ってくれたのは、黎明だけだったから」
「はぁ……」
ツイユーはため息をつきながら、かぶりを振った。
まったく理解できない感覚だった。
「それにしても【殺した人間の能力を奪う能力】ね。なかなか僕にとっても脅威だ」
「ふふっ、【世界を俯瞰し、すべての能力を管理する能力】そこから派生した【神と対話する能力】を持つツイユーが何を言っているのか」
「彼に僕を殺させるつもりだっただろう?」
「……ええ、まあそうよ。黎明にはずっと、この世界の六十億人を殺して、ここまで会いに来てほしいって思ってるから!」
きゃっと、小娘みたいに、甲高い声で悲哀神は笑う。
「そうしたら、君は幸せになるのかい?」
「んー……どうかしら。この世界の黎明は、きっと、私を最初に助けてくれた黎明ではないけれど。それでも嬉しいかもね」
ツイユーの頭のなかで、最初に出会ったときに悲哀神が零していた言葉が蘇る。
――私はかつて、選択を誤ってしまったの。
――私の能力は、人を進化させるだけじゃない。
――【能力】を進化させることもできる。
悲哀神のいた世界で、彼女は力を自分に対して使い果たした。
そうして彼女は究極の能力【並行世界の宇宙を渡り歩く能力】を手に入れてしまったらしい。
それにツイユーの【神と対話する能力】で実際に話せてしまっているのだから、彼女は紛うことなき【神】なのだろう。
「僕はそろそろお暇するよ」
「私はまた眠るわ。黎明にいつか会えるときまで、私の人格を温存しなきゃ」
「……もう人間であったころの憂とあなたはかけ離れていると思うけどね」
と言いつつ、ツイユーは目を閉じる。
そうすると体がふわりと浮き上がって、堅い感触が戻ってくる。
「ツイユー様! お目覚めになりましたか! それで神様はなんと……!?」
瞬きをする。
神殿の硬い床に寝かせられている。神と接続する前と、変わりない状況であることを確認する。
「神様は僕にすべてを任せると仰せになった。まずはここに拠点を築こう」
ツイユーが言うと、周りの白銀の頭の大人たちは拍手し、ツイユーを讃えはじめた。
ツイユーは無表情でそれを見つめながら、考えていた。
――願わくば、この世界の憂が選択を誤ることがないように。
――願わくば、悲哀神になんらかの救いが与えられますように。
神殿の外からは子供たちの笑い声が響いていた。
ツイユーは静かにそっと目を瞑った。
〈完〉
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ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました。
カクヨムの近況ノートに、簡易ですが憂の絵も載せています。
https://kakuyomu.jp/users/toumeinagisa/news/2912051604743687610
2026/07/24 結




