第11話 城・神殿・出生の秘密
数日の旅の末、馬車で湖の跳ね橋を超えて、城へとようやくたどり着く。城は豪華で派手な装飾がついた柱が何本も立ち、見た目が荘厳なつくりだった。
ここは山頂に聳え立つ離宮である。
「まずは体を綺麗にしましょう」
先生に連れられて来たのは帝国式浴室。サウナが本体で、壁の横に体を流す小さな洗い場がある。黎明の館にあったものは西の国風の浴槽とシャワーだったので、少し戸惑いながら、与えられたタオルで体をこすった。
先生は別室で風呂を済ませていた。憂は先生といっしょに風呂に入った経験はない。
「次はドレスね」
これまた帝国風の腰に帯を巻き、胸の前で襟を合わせるドレスを着させられる。
メイドたちがやってきて、何色か合わせてくれて、やはり紫色と青系統のものに決まった。
先生も風呂を出た後、帝国風ドレスを新しいものへと替えている。
「これで城の中を歩いても大丈夫になりました」
「はい……」
それから挨拶の仕方を教わる。拳に手のひらを合わせ、手をつき、膝を折り、軽く頭を下げる。憂は身分を持たないため、これでいいらしい。
「ここには今、第二皇子、第三皇子が静養にいらしゃっています。その他には、わたくしたち、親密な貴族たちしかおりませんので、通りすがったときの挨拶は略式で構いません。回廊ですれ違ったときは、他にメイドもこうした礼をしているはずなので、合わせてください」
「わかりました。あの……帝国の皇子さまに関して、私、まったく知識がありません。一体どのように判別したらいいのですか」
「第二皇子は白銀の髪が特徴的な方で、今年十八歳になる、女人と見紛うほどお綺麗な方です。第三皇子は黒髪で、十七歳。第三皇子は体が弱いので滅多に姿を見ません」
「帝国には第何皇子までいるのですか?」
「第十八皇子まで。皇女は十。正室に加え、側室とされる方は十人ほどいます」
そもそも憂はこの国の貴人について最初から知識がない上、世界を知りたいという希望のなかには政治は含まれていなかったが、とりあえず関心を持っているふりをして、うなづいておいた。
「では、夕食の時間まで、自由行動をしてよいです。あなたも城に興味があるでしょうし。わたくしはほかの方々への挨拶もありますので、いったん、別行動。あちらには図書館、城の中心には中庭があります。時計は廊下にもかけられているので、確認しながら、十六時になったら、この部屋に帰ってきてください。人に絡まれたら碧桜に招かれたと言うのですよ」
「あの……先生、話は……」
「それは今夜、宴が終わってから。それまで図書館に行ってらっしゃい」
はい、と憂は返事をしたが、気が重かった。
城の中でべつに見て回りたいと思うところなんてない。
先生が出て行ったあと、部屋でしばらくじっとしていたが、あまりにも暇だし、考えることが多いので、気分が悪くなってきた。
――今、黎明さんはどうしているのだろう。
強引に、わがままを言って、館を出てきてしまった。
本当によかったのだろうか?
黎明は傷ついていないだろうか?
勘違いをさせていないだろうか?
「…………はぁ」
ぐるぐる同じことを考えてしまって、一歩も前へ進めない。ため息をついてしまう。
このまま部屋にいても気分が悪くなるだけだと思ったので、憂は扉を開けた。城を見て回れば、少しは気分が晴れるのではないかと思って。
◆
道は案外簡単で、図書館は迷わずに見つけることができた。
書架の間で本を開いて見ながら戻すという行動を繰り返していると、ふと視線を感じた。
後ろを振り返ると、白髪の少年が本の棚から隠れ盗み見るように、こちらを見ていた。
貴族の……子供?
教わった挨拶をするべきか迷ったが、二人しかいない図書館で、しかも子供相手にそんなことをしていいのかわからず、動きを止めてしまう。
憂は子供と話したことがほとんどない。黎明に連れられて行った市街や奴隷市場で、子供を見て、いくらか会話した程度。どう話しかければいいかもわからなかった。
「ええと……」
「お姉ちゃん、逃げ出してしまったの?」
「……? 私たち初対面ですよね?」
憂が言葉を発したことで、少年が安心したのか、姿を現す。
ひざ下まで隠れるローブに、背丈ほどもある、不思議な木の杖を両手で支えている。木の杖の上部には、白濁した大きな石が嵌まっている。
「あぁなんだ、お姉ちゃん、成功体なんだ。聖女様の気配を感じる。じゃあ、逃げ出したわけじゃないんだね」
「……気配? 私についてなにか知ってるの?」
憂が後ずさりすると、少年は一歩踏み出した。
「お姉ちゃんこそ、なにも知らないの? 来て」
少年は踵を返す。
憂は一瞬迷ったが、ついて行くことにした。
知りたい。
私のこと、この能力のこと、なぜ私が塔にいたのか
知らなければ――
――黎明にあんなふうに言ったことが、嘘になってしまう。
少年がなにか書架の本を出し入れすると、それがなにかの起動の合図だったのか、機械が作動する音がした。
壁際の本棚がずずずっと重い音を立てながら、動く。
本棚が動いた後には、深い闇に続く階段があった。
少年の持っていた杖の白濁した石の部分が、にわかに光り始める。階段が降りれる程度に明るくなる。
少年はなにも言わずに階段を降りていく。
憂も今更逃げるわけにもいかず、ついて行った。
青い光に照らされた場所に出る。そこには水に浸った、石の門があった。おそらくは異能の青い炎が壁際にいくつも並び、広い場所を照らしている。
ひんやりとした空気で手足が冷たくなっていく。
「ここは僕たちの神殿」
石の門は重そうでまったく動きそうに見えなかったが、少年が杖をかざすと、これまた重い音をたてて開いた。
ざわっと、空気が騒ぐ。
人の気配が出迎える。
「おかえりなさい、ツイユーお兄様。見張りには見つかりませんでしたか?」
子供たちが駆けつけてくる。
どの子もみんな白髪だ。憂と少年と同じ、白髪。
子供たちの奥に、街が見える。石造の建物と、横穴のように掘られた住居。
大人たち。
だれもが皆、白い頭をしている。
「お姉ちゃん、もう察してるかもしれないけど、ここはお姉ちゃんが生まれたところだよ」
「……え」
「北方民族はここで《《飼育》》されている。養殖と言い換えてもいいかもね。僕はここで神官をしてるんだ。僕は特別だから」
少年が無表情で述べる。
憂は頭がくらくらとした。
「なんで……飼育? 養殖……?」
「北方民族は異能の起源だから。僕らの血を引いている者は、異能力を発現する可能性が高いから。帝国の増強のために、僕らは収容された」
「北方はもうみんな雪ばかりだって」
それは本で知っていた。帝国より北は、平地が広がり、放牧民族が暮らし、それより北は雪ばかりに覆われて人が住める地域ではないと。
「北方に、雪の積もる地域に僕らの国はちゃんとあったよ。でも、まあ言ってしまえば、捕獲……というよりも鹵獲されてしまったんだ。僕らは。だから北方の国は亡びた。残っているのは、だいたい帝国の管理を受けている北方民族だけ。ここでは能力の研究と、交配が行われている」
「そんな……実験動物みたいに……」
動悸がする。
こんなの人間に対する扱いじゃない。
でも、もしかしたら、私も、地上の塔で幽閉されているだけで、ここにいる人たちと生活はそう変わりないのかもしれない。そう想像がついてしまうことも、怖かった。
「ねえ、お姉ちゃんは、聖女様だ。聖女様の能力って、生物を進化させる、まったく新しい生命を作ってしまえる能力だって、僕は知っているよ」
「…………」
「僕たちは陽の下に出たいんだ。力を貸してくれない? その力があれば、帝国の偉い人たちをみんな、肉塊にできるんじゃないの?」
「……それはしたくない。ごめんなさい、お手伝いはできない」
考えるより先に出た言葉だった。
能力を使いたくはない。どんな人だって、人の人生を壊したくない。
「そっか、残念だ」
「ねえ、ここに私のお母さんはいるの?」
「お姉ちゃんの名前は?」
「憂」
「残念ながら、憂という子を産んだ女性は知らないな」
憂はそれを聞いて、気持ちが落ち着いた。
もしここで母に会えていたら――憂は気持ちがぶれていたかもしれない。
「私、約束があるんです。そろそろ帰らなきゃ」
素直に少年が憂を帰してくれるか不安だったが、少年はまた無表情でうなづいた。
「ねえ、その指輪。それは大切な人からもらったものかい?」
「え? そ、そうだよ」
会話の行先がわからず、恐々と憂は答える。
「じゃあ、ここで会った記念。魔法をかけてあげる。お姉ちゃんは気配も感じ取ることはできないみたいだからね」
少年は指輪の上に手をかざし、もう片方の手で器用に杖を振った。
「また会えるといいね」
「ありがとう」
なんの魔法なのかはわからないけれど、少年からは邪気を感じなかった。
憂は少年の肩に触れる。そして小さな体を抱きしめた。ローブに包まれた、骨ばかりの硬い感触。
「私も、親族に会えて、よかった」
彼と会えるのは最後になるかもしれないとわかっていた。
「……おいで、中庭にも扉があるんだ。そこから帰してあげる」
少年の案内で中庭の隠し扉で陽の下に戻り、憂はほっと息を吐いた。
地下にいたときは気付かなかったが、冷や汗をかいていた。
温かな空気に、筋肉の緊張がほどけていく。
明るい空を見上げていると、憂はさきほどまでのことが夢のように思われてきた。
自由にしてあげられるなら、してあげたい。
でも。
私になにができるんだろう。




